第一章 白き人間と黒の蜚廉(6)
「何で虫ケラ風情が俺と同じ顔してんだって、ムカついたんだよねえ」
カナメの息が、止まった。
しなびていた触覚が、伸びる。
「死ぬまで飲まず食わずで臥せってたら、分かるわー、みたいな顔でこっち見てやがって」
思い出す。あの時の感情を、言葉に込める。
呼吸に、震えるほどの熱が入る。
「ちょっと真面目に、ブチ切れたから。この腐った根性叩き直してやろうって、思った」
料理を、作った。
かつての戦い、旅の間では、仲間たちに割と好評だった品の数々だ。
「見向きもしねえ。どれだけ匂わせて、目の前でかっ食らってやっても完全無視。下らねえって上から目線で見下されてるみたいでなおムカついて、終いには鍋と一緒に煮てやろうかとも思ったけど、それは負けたみたいでなんかイヤだった」
何か食わせてやりたかった。心ゆくまで食らわせてやりたかった。
いつの間にか忘れていた、下らない、
それだけがミズノの勝利だと、そう思って、いたのに。
「滅多に飲まなかった酒なんて買ってきて、コップに入れておいといたら。
沈んでやがるんだよなあ、このクソゴキブリ」
浮かないんかい。
すげえどうでもいいツッコミが出たのを覚えている。
「まあ案の定死んでなかったから、でも酒だけには手付けやがるし、試しに簡単なツマミ作ったらまあまあかっ食らうわこの酒カスゴキブリは。そんでまあ、働きもせず、昔の貯金切り崩して、毎日ひたすら酒飲むとかいう地獄みてえな生活続けてたらさ。
ロリかわ黒髪幼女が、隣で寝てるじゃん」
遂にやらかしたと、滝汗かいた。
彼女の傍ら、転がる楕円の指輪を見るまでは。
うずくまっていたカナメから、くすりと、息がこぼれた。
ゆっくりと、上げられた顔には、懐かしむような笑みが浮かぶ。
「その後は、大変じゃったな。お前は誰だ、から始まって」
「ロクに事情も説明できない内に、あっちこっちで他の蜚廉が目覚め始めてね」
「ようやっと平和を得た世界に、古代種の侵略だ、じゃもんなあ……」
正確には、本当に古代からの生き残りは、カナメ一人であるらしい。他はどうやらカナメに呼応して目覚めてしまった純粋な末裔で、正しく生まれたばかりの有り様で。それを思えば、彼らもまた、ただの被害者に過ぎなかった。
「見過ごすことなど、できなかろう。儂の力で助けてやれるなら、なおさらじゃ」
「そうだね。俺も、同じことしたと思う」
だから、と。
続けようとした言葉は、しかし、カナメの「だから」に遮られた。
「同じ、なのじゃろう? つまるところ」
伝わったと、そう思えた笑みを作るカナメの瞳は。
何故だか、酷く、悲し気で。
「安い――共感じゃ」
違う、という思いが言葉になる前に、カナメは音を立てて席を立つ。足早に去ろうとする背に、飲みかけの清酒と食べかけの串焼きを残したまま。
「悪酔いした。少し、外に出てくる」
待って、と情けない制止の声が届くはずもなく、小さなベルの音を後に、扉が閉まった。
耳に、痛いほどの静寂が下りる。いつもはガヤガヤとうるさい酔っ払い共が聞き耳を立てていたことに気付き、背もたれに寄りかかって、深く息を吐いた。
「よう。フられたな、色男」
「ツンデレは間違いないと思うけど、意外と身持ちが固いものね」
「ダラダラやってんのが悪いんだよ。ロリババアなんてなあさっさと押し倒してチン――」
案の定ゾロゾロと集まってきた黒影だの青フードだの飲んだくれ共の中、何か言いかけた全身鎧がその場の全員に引き倒されスカボコにされていた。さっきセッとか言いかけてた馬鹿だ。学ばないことである。ミズノは鼻から長く息を吐きつつ、腕を組み、
「まあ、言うて俺も、純愛攻めすればすぐにでも落とせると思ってたからなあ……」
「「「分かるわあ……」」」
「おいイ? 俺が殴られた意味はア?」
手順の問題である。純愛堕ちしたロリババアがセッチンに弱いのは共通認識であった。うんうんと頷くポンコツ共へ、ミズノは己を棚上げにしつつ問いを投げる。
「なあ、お前ら他に対ロリババア的な攻略案ねえの? 純愛セッチン以外で」
「最悪のワード並べやがったなこのクソロリコン……。他、他にかあ」
「事故装って唇奪って乳を揉め。それで勝利ヒロインだ」
「ハーレム系ラブコメじゃねーんだわー。次ー」
「ガキの頃に結婚の約束は鉄板だろ。そういうのねえのか」
「俺がガキの頃はカナメさんまだ眠ってんだわー、次」
「あったぞ! 前世でヒロイン封印した当事者もしくは家系だ!」
「どっちか死ぬビター系じゃねえか! ヤメロ不幸で悲しいのも捗るけど辛い!」
「前世で縁作ってねえとかロリババア攻略する気あんのかおめえはよー?」
「それはマジで不甲斐ねえ……。前世の俺が役立たず過ぎてスまねえ……」
「言うてお目覚め刷り込みに強制結婚まで入ったんだろ? 因縁系積む必要あるか……?」
「確かに導入としては十分だよなあ……。強いて言えばあとは面白男要素くらいか……」
「「「お前はもう十分面白動物だよ」」」
「お前ら今色々とすっ飛ばしやがったな!? ケモノか!? ヒトですらねえかオイ!?」
言うてミズノもヒトである自信は大概無かった。そもこれより対峙するはロリでババアでゴキブリで、王で神で侵略者だったりする超絶面白女であれば、ケモノの括りさえ枷になろう。一体どこまで盛れば気が済むのか。属性過積載も遠慮がなさ過ぎていっそ清々しい。
下らない茶番を挟みつつも会議は紛糾する。一人一冊ロリババア系創作を一般向けからエロまで片手に、酒場の奥で輪になって熱い議論をぎゃあぎゃあと交わす傍目的にも実際的にも馬鹿の集団は、最終的に揃って神妙に腕組みして「うーん」と、
「「「やはり純愛セッチン……!」」」
「おいイ? 俺が殴られた意味はア?」
馬鹿が何か言っているが結果論である。重要なのは過程なので何も解決していない。仮に過程さえセッチンだとしても現状のミズノにカナメを組み伏せる力なぞなければ無理矢理なのもノーサンキューである。どうにか純粋に純愛系で行けないものだろうか、などと考えていれば、地べたから復帰したセクハラ全身鎧が首をゴキゴキ鳴らしつつ、
「ったく情けねえ。全種族の長を殴り倒した英雄も、惚れた腫れたにゃ形無しのヘタレか?」
「うるせえデカブツ。全身酒くせえんだよ、鎧ごと風呂に沈めてやろうか」
「んだと若造が一端に酒臭くなりやがって、ロリ本のカドで撲殺すんぞ」
「ああ? やってみろやこちとら世界最強だぞセクハラフルアーマーが……!」
血の気も多く酒瓶とロリババア本を両手にバチバチとメンチを切る。最悪の構図だろうが誰もツッコミはしない。ここに集うは全員雁首揃えて馬鹿ばかりであった。せめて酒瓶くらいは剣に持ち変えるべきだろうか。我ながら最悪の二択を外しつつ、大剣の柄へと手を伸ばし。
ふと、気が付いた。
視線を戻せば、馬鹿共が偉そうに、各々ミズノを見下すような視線を向けている。
「酔いは覚めたか、英雄」
鼻で笑う全身鎧に、舌打ちする。下らない話だ。下らない話だが、最適解であった。むしろそれ以外の選択肢など、元より在りはしなかった。
「そうだよな。それがこの世界の、流儀だもんな」
デカブツを押し退けて、店奥の階段へと歩みを進める。
結局のところ――ミズノもまた、この星に生まれ育った、馬鹿の一人でしかなかったのだ。
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