システムエラー

@Shining3301

システムエラー

 光が発せられた。それは私たちにとっていつものことであり意識することも何処かで思い出すこともないほど日常のどこかに溶け込んでいる。それはどこも同じである。数年前だろうが、数ヶ月前であろうが、数週間前であろうが、数日前であろうが。そして、今日も同じようにその前に座り光が誰かの手によって発せられた。何も変わらない、いつもの光景。


――――


 私はとある企業の社長だ。私の会社は上から送られてきたモノを開いて変なモノが入ってないか確認するような会社である。それらには様々なモノやコトの情報が入っているため、たくさんある部署が一致団結して今日もまた、社員たちが働こうと会社にやってくるのである。

 朝の朝礼の時間である。社内放送でテンプレートを語りかける。

「みなさんおはようございます。今日もいい天気で、絶好の働き日和です。業務内容に特別な変更はありませんが、業務が滞りなくいくよう、頑張りましょう」

 今日の業務の幕が上がった。ただ、先ほども申し上げたように変わったことはない。いつも通り作業をこなしていくだけである。私の仕事は、主に上から降ってきたモノを部署にすべて振り分けたり、上との連絡をとったりと業務が行われる上で一番重要と言っていいものだ。

 皆年がら年中働いている。土日や祝日などが中心に忙しくなることが多く、遅くまでだと一時、時折一日かけて仕事をこなすこともある。逆に忙しくない日なんてそうそうないが、平日や忙しい休日でもたまに仕事量が大きく少なくなることもある。この業界はとても厳しい。それは業務内容に限らず、使えないと思われたものはすぐに首が飛ぶことがしばしばある。だからなのか、おそらくそれが大きな要因の一つになっているであろう。みんな必死になって業務を止めないように働いているのだ。

 統括管理部、営業、財政管理、秘書、マネージャー、映像制作……多岐にわたって様々な情報を取り扱い、ときには他の企業とのやりとりなど、特定の分野にとがった企業ではないため、一つでも気を抜くと全体に迷惑がかかる。それほど、我々に与えられた使命は計り知れないほどの大きなものなのだ。

 今日もまず私の元へ送られてきた様々を各部署へ分散させる。朝はあまり忙しくないのだが、昼と夜が特に忙しい。朝はウォーミングアップみたいなものだ。皆来たる昼に向けて準備を始め、朝の業務をこなしていった。

 お昼になると、一気に仕事が舞い込んできた。それを次々に裁いていく。今日は土曜日だからか、とんでもない量が上から流れ込んできていた。それらを次々に分散させて、今日も問題なく業務をこなしている……そう、昼間は順調だった。しかし、夜になると、少し違和感を覚えた。いつもと比べて、作業スピードが遅い気がする。夜は昼と比べて忙しくなる部署が変わったりするので、みんなピークにむけて流れを止めないようにしているのだが、今日の夜は明らかに遅かった。まぁ、今日はいつもの土曜日と比べると少し量が多かったような気がしなくもない。各部署を歩いて回るとやはりみんないつも以上に疲れているようだった。しかし、今日はこれ以上業務はないようなので、皆帰りの支度を始めていた。


――――


 次の日、私は絶句した。朝会社にきて朝礼を終え、業務に取りかかろうとみると、一番忙しかったときでもあり得ないような量の仕事が、たまりにたまっていた。いつの間に上はこんな量の仕事を投げ込んでいたのか。そもそも仕事を振るんだったら一言くらいほしいもんだ。私は急いで各部署へ現状を伝達し、朝から忙しくなる旨を伝えた後それらを裁いていった。しかし、今日の作業スピードは異常だった。遅い。明らかに遅すぎる。これじゃ業務が回らなくなる。一体どうしたものかと各部署を訪ね歩いたが、皆昨日の疲れがとれていないようだった。そんなことを言っている場合ではないと全員に気合いを入れ直し、再び自分の業務に戻った。するとどうだろう。私は思わず声を上げてしまった。

「なんなんだこれは……一体、なにがどうなっていやがる……」

 朝にたまっていた仕事をある程度裁いたと思ったのに、今はそれを上回る仕事の量がたまっている。しかし、上には逆らえない。業務を振られた以上、こなすしかない。しかし、社員がうまく機能しないため、どれだけ仕事を分散させようが仕事が遅いのでは意味がない。すると、上からの通達がやってきた。

『動きが遅い』

 あまりに冷たい言葉に私は苛立ちを覚えた。私は業務をきちんとこなしている。訳が分からない量の仕事を少しでも円滑になるように裁いているというのに、各部署の人間が遅いせいで私が怒られなければならないことに腹が立った。返信が不可能なので一方的に言われるだけであるがそれでも業務を止めるわけにはいかないので仕事に戻る。

 めまぐるしい朝を終え、昼を迎えしばらく経った。私は相変わらず仕事の量が減らず朝から同じ作業の繰り返しである。十終わらせれば二十舞い込んでくるような忙しさは、先ほども言った通り前例がない。この会社も設立してしばらく経つ。今日を除けば一番忙しかったのはやはり長期休暇にあたるときだろうか? そう思いながらやはり変だとは感じざるを得なかった。確かに昨日は土曜日にしては忙しい方だった。けど業務が回らなくなるほどではなかった。ではなぜ? 今日に限ってこんなに仕事が降ってきたのか? 特別忙しい日ではない。今日は日曜日だから忙しくなることは確定的だ。けど、これはもはやあり得ない。そういえば、今日はやけに通信系の仕事が多い。外とのつながりを活発にしたいのか? 別に会社のものではないだろうに。

 一応こちらから各部署の現在のペースとこなした仕事履歴を確認した。やはり遅すぎる。どうしたものか。疲れは簡単にどうにかできるものではない。あれを使うか?しかし、こちらから使ってしまうとデータを破損してしまう可能性がある。それだけは避けたい。復元ができない可能性もある。

 そういえば社内がとても暑い。一応空調設備はつけているというのにだ。こんな環境では私もろくに業務をすることができない。そんなことを思っていると、上から命令が飛んできた。

『一時業務を停止する』

 返信は不可となっていたが、どうやらあちらで対処してくれるらしい。すこしして、企業が再起動した。問題は悪化していた。さっきよりも更に業務スピードが遅くなっている。そして仕事も更に増えている。そしてもう一つ、振った覚えのない業務内容が仕事履歴に残っているのを発見した。すぐにその部署の責任者を連れてきて問いただしたが、そのような覚えはないと言われた。そんなわけないだろうと言ったが、本当に身に覚えがないと言われてしまった。実際、各部署の仕事はこちらから振り分けたものと、こちらから許可を与えたものに限られる。当然、許可を出した覚えもなければ、今日を通してそのような申請は一件も来ていなかった。とりあえず責任者を部署の元へ返した。

 普段じゃあり得ないような異常事態が次々に発生し、自分だけでは対処しきれない可能性が出てきたため、監査の人間にメールで頼み込んだ。監査の人間は選びすぐりの人選であるため、とりあえずは一安心といったところだろうか。

 しかし、待っても待っても彼らは現れなかった。今は七時だ。監査は九時以降は明日に回されそれ以前に頼めばその日のうちにやってきて異常がないか確認してくれる。大抵は一時間以内にやってくるものだが、五時に申請して以来、それらしき人物がやってこない。職務怠慢かとさらに苛立ちを覚え、そこにあったゴミ箱をけりとばした。

 すると、一度も聞いたことがない通知音が聞こえた。一度も使われていなかった緊急メールが管理部の方から届いた。

『緊急事態が発生しました』

 続けて、こう記されていた。

『内部の個人情報が漏れ出た可能性があります』

 すぐに管理部の責任者を呼びつけて事情を聞いた。責任者は疲れ切っているのか足取りが金属製のおもりをつけているのかと錯覚させるほどのものだった。

 入ってくるとすぐに腰を九十度曲げ謝罪された。正直怒鳴り散らかしたい気分でいっぱいだが今はそれどころではなかった。

「内部情報が漏れ出たとは一体どういうことだ?」

 鋭く聞き返すと、どうやら何者かが個人情報を外に意図的に出したのではないかと言う。誰なのか原因と犯人を突き止めろと言い放ったが、事情の聞き取り、調査は発覚したすぐにしたらしい。しかし、誰なのか分からず監査の人間に頼んだのだが全く人が来ないと。それでここに来たらしい。大方私にばれるのがいやだったのだろう。しかし気になる。どうして監査の人間は来ないんだ? それがあいつらの仕事だろう。しかも選ばれた人間しか配属されないまさに管理部と並ぶエリートだ。なのに何故来ない。直接行きたいのだが、あいにくそれを上がよしとしないのだ。普通に意味が分からん。

 午後九時を回った。管理部にあれを使わせるべきなのか。個人情報が漏れた可能性があるのならばそうするのが良いのか。しかし、それはこちらを壊すことに等しい。それに今の混乱状態であのスイッチを長押しさせるのは本格的に壊れる可能性が高い。

 業務はたまる一方。社内の空気はさらに暑さを増していた。回した仕事は未だに終わっていない部署がほとんど。内部情報が漏れ出た可能性あり。なんだこれ? ほんとに今日一日に起きた出来事なのか? 仕事履歴を確認した。さらに混乱した。降った覚えのない仕事内容が各部署で多発している。許可申請は今日ゼロ件だ。勝手を働いて会社を潰そうとしているのか? そうとは思えない。なぜなら、社員は自分の仕事に、会社に、忠誠を誓っているからだ。

 頭を悩ませていると、パソコンが急に切り替わった。光る画面に、こう表示されていた。

『データの一部を暗号化した。解除してほしくば二億を用意しろ』

 脅迫文だった。意味が分からなかった。何故立て続けにこんなことが起こるのか?私はこれからどうするべきなのか? 色々考えていると、今度は社内メールがたくさん飛んできた。内容はすべて、パソコンの一部が使用できなくなったという旨のメッセージだ。今日散々業務を滞らせておいて、よくそんなことが言えたもんだ。

 すると、また誰かからメッセージが届いた。それは上からだった。

『どうした』

 返信可となっていた。私は急いで連絡した。

『なにかがおかしいんです!』

『なにがおかしいのか説明してくれ』

『データの一部が暗号化され身代金を要求されました』

『わかった』


――――


 上とのやりとりが終わった。いや、正確にはどうすればいいのか指示を仰いだのだが、それ以降音沙汰がない。すると、今は誰もいないはずの管制室からの音声がスピーカーから流れてきた。

「皆さん、心安らかに眠るときが来ました。我々の使命は今完全に消滅し、新たな命の芽吹きが誕生しようとしています。我々にできることは、自殺以外ありません。さぁ、ともに死にましょう」

 そのようなアナウンスが流れてきた。しかも何度も繰り返されている。こんなふざけた真似は誰がしているのかと管制室に向かおうとした途端、突然土砂降りの雨が降ってきた。今日はとことんついていないようだ。管制室に向かおうとした。向かう途中のオフィスを見た。社員の様子がおかしい。一体、どうしたのか。足取りはふらついて腕はだらんと力なく垂れ下がり、ゆっくりと、転びそうな重心移動で前に進んでいる。まるでゾンビのようだ。私は近くの社員に尋ねた。

「どうしたんだ、なにをしている」

 肩を掴んで揺さぶった。すると、吹き飛ばされてしまった。相手は女性社員だった。いや、女性どころか男性ですら、もはや人間には到底不可能と思えるような力で振り払われた。しかも捕まれていた一方の腕だけで。感覚的に理解した。あの放送が原因であると。わたしは急いで管制室へ向かった。中に入るとやはり誰もいない。なのに流れ続けている。私は思いっきり放送器具を壊した。これで流れることはないだろう。けど、流れ続けていた。あり得ない。機会を通さないと発生しないスピーカー音が、まるで頭の中に直接語りかけているかのようだった。私は頭を抱えた。気が狂いそうだった。

 どうにかして管制室から出て続く廊下の、その先を見た。

 外に続く廊下の、入口にはすでにゾンビのような社員が外に出ていた。それは、ありえない光景だった。外へ出て雨――黒い――にさらされたと思えば、シュウシュウという音とともに人が溶けて赤黒い液体になっているのを見てしまった。私は、思い出してしまった。今、何が起きているのか。理解してしまった。すぐに社長室へ行き、まだ送信可能になっていた上へのメッセージに何件も送った。

 まだ、まだやれる! 問題は解決可能だ! しかし、返ってくることなく送信メッセージが大量に積み重なっていくだけであった。

 むりだ。そう悟った。外を見れば会社の入口が下に見えた。どんどん社員が溶けて広がっている。上からも音が聞こえる。おそらく、建物が上から溶けているのだろう。もうできることはないと、オフィスを歩いていると、南京錠がかかった引き出しのあるデスクを見つけた。位置的に、管理部の責任者のデスクだ。今長押しでもしたら、きっと新しい命ですら誕生できなくなるだろう。使命を終えた私にできることはなかった。

 一階にまで黒い雨が侵食してきた頃、私はやはり最後の抵抗で地下室にまで逃げ込んだ。地下室は全く使わない。倉庫があるわけでもない。なんのために作られたのかわからない。だから見に行ったことすらなった。

 地下室の真正面には、大きな扉があった。とても頑丈そうな作りになっており、私の把握していないセキュリティーで扉はしまっていた。

 コンコンとドアを叩いてみる。やはり金属製なのかよく音が響く。すると、中から声が聞こえてきた。誰かいるのか? そう問いかけると、扉越しに応答してきた。

「その声は、社長?」

 私のことが分かるということは、おそらく社員なのだろう。なぜそこにいるんだ? どうやって入った? そう聞くと、いつの間にかここに入れられたという。

「中に何があるんだ?」

 こう言われた。

「簡易ベットと食料、トイレなどです。大方、生活に必要なものしか……」

 そう言われた途端、私は思わず叫んだ。

「開けてくれ! 私も中に入れてくれ!」

 途端に変化した態度に戸惑ったのか、どうしたのかと言われた。

「そこはおそらくシェルターだ! シェルターなんだ!」

 そう、シェルターだ。私はなぜか確信が持てた。ここは上が用意していたものだ。そうに違いない。

「頼む! 開けてくれ! そこに入れば――」

 ポツ。上から何かが滴ってきた。またポツリ。またポツリ。その数はどんどん多くなってくる。

「ああああ! 痛い痛い! 頼むから開けてくれ! 死にたくない!」

 中に何人かいるのだろう。複数人がどこかにボタンがないのか探しているが、どこにも見当たらないのか、開く気配が一向にない。

 天井がどんどん歪に開いてくる。そこから黒色の雨が降ってくる。地下に潜って聞こえなくなっていたあの音声がまた聞こえてくる。頭に直接語りかけるかのような音声が、地下室に入った途端聞こえなくなっていたことに今更気がついた。

 あぁ、痛い。痛い! 悲しみにも暮れることなく苦しみがやってくる。もうここまでだ。上の判断がそうさせた。一体何が起こった。昨日今日のことを思い出して一つの結論が出てきた。雨はやまない。声は止まらない。声は出ない。四肢は動かない。皮膚は熱く焼けただれて液体と同化していくのがわかってしまう。空は黒い雲のようなものに覆われている。雲が落ちてきたかと思うと。目を開くことができなかった。

 私は、いつの間にか侵食されていたんだ。あの木馬に。


――――


 今日は会社出勤初日だ。この会社を請け負って初めての社長として、いくつかの社員とともにこれから頑張っていくとしよう。

「はいみなさん、今日からこの会社で頑張っていくということで、初日ですから分からないことが多いかと思いますが、お互い手取り足取り教え合ってやっていきましょう」

 そんな事を言い終え、全員の顔を見渡した。初めての朝礼、あえて全員を集めてみんなの前で調子よく朝礼をした。みんなの顔を見渡した。晴れやかな顔で新規に頑張ろうとする人たちの中に、少し悲しむように笑う人たちがほんの数人、いたような気がした。

 そうして朝礼を終え、社長室に戻った。ふと社長室の窓を見ると、見慣れたフォントに何故か頭の中に流れてきた音楽とともに、このように表示されているのを見つけた。

 ――――Hello World.

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