寝すぎ53 本当の本気。――まずは先手、いいぜぇ! なら、今度は……!

 タワーマンション屋上のプール。


 水の中に浸かる、相対する二人の男を高く昇る太陽が照らしていた。


「へっ……! 理由はどうあれ、まさかこんなに早くまたおまえと決闘する日がくるとは思っていなかったぜ……! ハワード……!」


「はは……! そうだね……! ネルト……! 僕も思っていなかったよ……! けど、今日はあの病院の屋上のときとは、決定的に違うことがある……!」


「へぇ? そりゃ、いったい何だよ?」


 ――その瞬間、ゴゥッとハワードの体から目に見えるほどの強烈な魔力が立ち昇る。


「勝たせてもらう……! 僕のフィーリアへのこのあふれんばかりの愛にかけて! 油断も出し惜しみもしない! 今回は、最初から本当の本気だ……!」


「まぁ……! あの人ったら、もぅ……!」


 いつかと同じように、少し離れたところで見守るハワードの家族たち。


「「………………」」


 頬に手をあて、うっとりするようにぽうっと赤く染めるフィーリア。そんな真ん中の、結果的には親友をだしにして惚気る黒水着ビキニの母親を左右からはさんで娘たち二人がまじまじと見つめる。


「さあ……! まずは先手は、以前負けた僕からいかせてもらおうか……! はあああああぁぁっ……!」


 そう告げるハワードは手に持つ〈水泡球アクアボール〉に魔力をそそぎこみ、さらに水を追加。


「あれは……! ハワぱぱ……!」


 見つめる娘姉妹の妹スピーリアがつくりだした身の丈を超える〈巨大ビッグ水泡球アクアボール〉――とは言わないまでも、本来よりふたまわりほど大きな水の玉を形成させる。


 ――今回の決闘のルールは、至極単純。いかなる方法でもかまわない。相手から放たれた水の玉を受けきれず、体にあてられたほうが負け、というもの。


「よし……! 待たせたね……! じゃあ、いくよ……! ネルト……!」


「ああ……! 来いよ……! ハワード……!」


 つい先ごろ、ネルトと娘姉妹が興じていた対決遊びとほぼ同じ。このプールという舞台にあわせて整えられた決闘のルールのもと、必ず勝利をつかむべく覚悟を決めたハワードは手段を選ばずの行動をとった。


 すぅ……!


 呼吸を止めたハワードが強烈な魔力の放出で、水の大玉を一気に上空に噴き上げ、さらにそれを追って高く高く跳び上がる――そして。


「〈肉体活性――瞬・極〉!」


「えっっ!? パパっっ!?」


 それは、見つめる娘姉妹の姉パフィールが一度は考えながらも、どう考えても打つ水の玉のほうが強度的に耐えられない、とあえなく断念した自身のスキルによる肉体強化。


 パァァァンッッ!


「なっ……!? うわっぷっ!?」


 だが、父ハワードは躊躇なくそれを行い、そして予想どおり強烈な力に耐えきれず即座に表皮が割れた水の大玉を――その外形かたちに、対峙するネルトまでとどかせた。


 それは、英雄冒険者として極限まで鍛えられたスキル、肉体、技術により成した、まさに神業。


 そして当然、すでに割れた水の玉など返すことも受けることもできるわけもなく。


 バシャッ……!


 水飛沫を上げて降り立つハワードがふぅ、とある種のやりきった涼しげな笑みとともにその青い瞳を――敗北のあかし、全身から水を滴らせるネルトに向ける。


「まずは先手、でいいかい? ネルト」


「へ、へへっ……! ああ……! もっちろんいいぜぇ……! ハワード……!」


 ともすれば、ルール違反すれすれと言えるその戦法。


 ネルトが断るはずはないと確信しながらそれでもハワードは問い、その期待どおりにネルトはそう答えた。


 ――そして、次の行動に移る。


「なら、今度は俺の番だな……? 装着……! 自在創造甲マテリアル、形態変形……! 〈百万人甲ミリオンズ・アーム〉……!」


 ――それは、あのダンジョンで過去からのしがらみを断ち切るときには使わなかった、いまのネルトの持つ、もう一つの切り札。

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