寝すぎ40 あたしの原風景。オジサマになった日。……そして?

 ――いまでも、覚えている。そのときの衝撃と、胸の高鳴りを。


 だって、その日。その瞬間から、いつも病院で寝ているあのおじさんが――オジサマに。


 あたしにとっての憧れの英雄ひとになったのだから。


 当時のあたしは、まだ小さくて。


 いつも忙しくしているパパとママとの久しぶりのお出かけがうれしくて。


 おもいっきりおめかしして、一つ下の妹スピーとはぐれないようにきゅっと手をつないではしゃいでいた。


 でも、当時のあたしはやっぱり小さかったから、まだ、わかっていなかった。


 それが――違う人たちの出てるつくりものなんだってこと。 



 ――パパ! ママ! あぶない! まだそのまもの! いきてるよ!


 映画館の中、小さなあたしは、赤い瞳をまんまるに開いて、大きなスクリーンを食い入るようにして見つめていた。


 もちろん、そんなあたしの声は画面の中にはとどかない。


 パパが倒したと思ってママたちのもとに戻ってきたそのとき、片翼とともにその半身を斬り裂かれて地べたで死んだふりをしていたその大きな鳥はガバァと大口を開けて、衝撃波を放ってきた。


 避けようもないタイミング。ママはパパの傷を残り少ない魔力で癒していて、パパは背を向けていた。


 ――だめ! パパが! ママが! しんじゃっ……!?


「が……はっ……!?」


 突然、割って入ってきたその人は、パパとママを力いっぱいに突き飛ばした。


 代わりに避けられず身をていしてその衝撃波の直撃を受けて、がくんとひざをついて地面に倒れ伏す。


「いやあぁぁぁっ!? ネルトさんっ! どうしてっ! なんで、私たちをかばって……!?」


 泣きじゃくるママが倒れたその人を起こして、その大きな胸の中にかき抱く。


「おおおおおっ! よくもネルトをっ! フィーリアをっ!」


 パパは、怒りのままに走りより、今度こそその魔物の生命を振り下ろした剣で断ち切っていた。


 ――よかった! パパもママも、ぶじ! でも……!


 スクリーンの中では、身をていしてかばった男の人がママの胸に顔をうずめて、息も絶え絶えに喘いでいる。


 あたしは、怖かった。パパとママの代わりに、この人が死んじゃうんじゃないかって。


 ――でも。


「へ、へへ……。親友と惚れた女を守って……最後にその胸の中で……俺の最高の親友……ハワードに託して……逝けるんだからよ……」


 ――わらった。そのひとは、わらった。


 もう息も絶え絶えで、顔色も真っ青で、いまにも倒れてしまいそうなのに。


 とても、きれいな笑顔で、泣きじゃくるママを安心させるように。


 それから、震える手で最後に親指を立てる。


(この人は、僕たち家族の恩人で親友なんだよ)


 ――あ。おじ……さ?


 そのとき。パパがずっと言い聞かせてたことが、あの病院で寝ているあの人が、小さなあたしの中でつながった。


「いやあああっ!? ネルトさんっっ!?」


 ――ママ。だいじょうぶだよ。


 いまはまだねてるけど、いつかまたぜったい目をさまして、またわらって……おやゆびを立ててくれるから!


 ――あたしの、あたしたちのオジサマが!



 *



 そして、人々の間で、いつしか伝説の冒頭5分と呼ばれるようになった時間が終わり、ナレーションが流れだす。


『志半ばで倒れた親友の想いを胸に〈英雄冒険者たち、いま世界の果てへ〉』


 そして、映像でバーンとタイトルが表示されると同時に、頬を赤らめながら、パフィールはくるりと振り返った。


 いま観ていたのは、思い起こしていたのは、あたしの原風景。とてもとても大切な記憶。


 それを観て、オジサマは――


「ゔあああああああああああええああおおおおあああああああっ!?」


 頭を抱え絶叫、していた。


 ――えええっ!? な、なんでぇっ!?

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