寝すぎ14 セキュリティ認証と、乙女心。……スレスレで、正常?

「あ。ネルおじ。やっと来た」


「もー! オジサマ、遅いわよ! いったい何してたわけ?」


 ピッ、ガーッ。


「いやー、悪ぃ! さっき病院から送ってくれた執事服の運転手いただろ? 同い年だってことがわかってよ! つい話しこんじまった!」


「へー? そうなの? じゃあ、あたしたちのパパとも同じってこと? ……そう言えば学校通ってたときから何度も送り迎えしてもらってるから、けっこう付き合い長いけど、何も知らないわね……? 今度機会があったら、ちょっと聞いてみようかしら……?」


 ピッ、ガーッ。


「ん。名前は、ジョウ・ファー。ネルおじやハワぱぱと同じ35歳。元冒険者で、その腕と魔導車の運転技術、あとその実直な性格を買われて、このタワーマンションの運営会社に雇用。家族構成は、妻とは離縁し、娘が――」


「ちょっ!? ちょっと、スピー!? あんた、さっきからスマホぽちぽちやってると思ったら、何他人の個人情報さらっとあさってんのよ!?」


「ん? そんなに深くは潜ってない。このスマホを通じて、軽く魔導サーバーに走らせたわたしのスキル〈精神超感応〉ですぐにヒットした、このマンションの運営会社の社員名簿くらい。パフねえの知りたいことくらいなら、これくらいで十分だと思うけど、どう?」


「え、ええ! ありがとう! 助かったわ! さ、さすがスピーね! でも、もう十分よ! だから、それ以上探るのはやめなさい! いいわね!」


「うん。わかった。ふふ。パフねえの役に立てて、うれしい」


 ピッ、ガーッ。


 ――姉妹でちょっと危ういズレたそんなやりとりをしている間にも、すでにパフィールを先頭にネルトたち3人は、このタワーマンション内の登録生体魔力認証によるセキュリティを3つ通過していた。


 このタワーマンションの一階は、ほとんどが厳重なセキュリティゾーンとなっており、いまネルトたちが通過中なのが第一エリア。


 生体魔力認証と、たとえそれを何らかの方法で偽装し潜り抜けたとしても、少しでも不審な動きを見せたものは、さっきからギラリと目を光らせている交代で常駐する元冒険者や元軍人の屈強な警備員によって容赦なく拘束されることになっている。


 ピッ、ガーッ。


 そして、いよいよ第一エリア最後の扉を開き、第二エリアへと差しかかった。


 ……もっとも、見るのも経験するのも初めてな最後尾のネルトは、残念ながらもの珍しさにへー、ほー。と辺りを見まわす余裕もなく、遅れないよう先を行く姉妹に必死についていくだけだったが。


「……ここからよ! オジサマ! 絶対にあたしたちから離れないで! いいわね!」


 次の第二エリアの認証装置は、たった一つ。内部は狭く、第一エリアと違い、常駐する警備員もいない。


 ――では、パフィールは、何をそんなに焦り、怖れているのか?


『警告。この第二エリアの認証装置では、対象の生体魔力認証に加え、を行います。対象の魔力および精神に少しでも不審な点が確認され次第、生体魔力ドレインによる強制的な無力化措置が行われますので、注意してください』


 ――強制的な生体魔力ドレイン。もちろん死には至らない、ただし数日間昏倒することは確実な現在の法的に許された限界スレスレの防犯措置。


 これを備えていることが、このタワーマンションのセキュリティが鉄壁であることのあかしでもある。


 ……ただし、このパフィールとスピーリア、英雄冒険者ハワードとフィーリアの血と才能を色濃く受け継ぐ娘姉妹の二人なら、そのスキルと才能を全開にすれば、おそらく強引な突破は可能だろう。


「うっへぇ……! 生体魔力ドレインとか、穏やかじゃねぇなぁ……!」


 ――もちろん、そのハワードを正面から破ってみせた実力を持つネルト一人でも。


「さあ、行くわよ! オジサマ! もっと寄って!」


 ――そんな事実は露とも知らず、同じく強引な突破など考えたこともない純心なパフィールは、緊張の面持ちで大事な妹のスピーリアと大事なオジサマのネルトとを後ろでにかばい、認証装置の前に立った。


『対象を確認。では、登録生体魔力認証を開始します。……登録生体魔力認証クリア。続いて、対象の精神走査を開始します』


 ――パフィールの緊張は、あこがれのオジサマ、ネルトの前であること。


 さらに、そのネルトのために普段はいちいち面倒なので説明を切っている警告音声を久しぶりに――それこそ、子どもの頃には生体魔力ドレインというそのあまりに物騒な内容に、半泣きでガクガクブルブル震えたそれを久しぶりに耳にしたことが拍車をかけている。


『精神走査完了。過去に比べ、大きな興奮、動揺、および高揚状態が見られるものの、状況を加味し正常の範囲内と判断。二段階認証クリア。転移装置エリアへのロックを解除します』


 ピッ。


「……? えーっと? つまり、どういうことだ?」


「ん。パフねえがいつもよりすっごくドキドキしてるってこと。……ネルおじがいる、から?」


 ネルトの疑問に、妹のスピーリアがさらりと答える。


 後ろで待つ二人へとくるりと振り返った姉パフィールの顔は真っ赤で涙目、口もとはかたく引き結ばれ、肩はぷるぷると震えていた。


 ガーッ。


 そのまま、口をかたく閉じたまま、ゆるく巻いた金色ツインテールを揺らし、開かれた転移装置エリアへずんずんと進む。あわてて二人もそのあとに続く。


 真ん中を挟んで5個ずつ並ぶ転移装置――手近な魔法陣の一つに入ると、ふたたび操作のための二段階認証が始まった。


『極めて大きな興奮、動揺、および高揚状態が見られるものの、状況を加味した上、過去の履歴と装置の不調の可能性を考慮し、スレスレで正常の範囲内と――』


「ん。やっぱりパフねえ、すっごくすっごくドキドキしてる」


「さっきよりひどくなってんじゃないわよっ!? スピー! あんたもだまってなさい! あー、もう! 説明キャンセルっ! 52階! 転移ぃっ!」


 そうして、複雑な乙女心をデリカシーのない魔導装置と空気を読まない妹に二度にわたって暴露されたパフィールの悲鳴のような叫びとともに、ネルトたちはようやく、ついにピースフル家の――これから、3人で住む家のある最上階へと転移するのだった。

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