寝すぎ12 20年越しの夢。……おじサマだけの、おじサマのための、お店?

「はい。オジサマ。あ〜ん」


 ――左に顔を向けると、口の中いっぱいにみずみずしい果汁の味が広がった。


「ん。ネルおじ。こっち。あ〜ん」


 ――右に顔を向けると、菓子チョコの甘味が口の中で、ほどけるように広がる。


「「どう? おいしい? 結局、病院では何もできなかったから、よかった。うふふ」」


 甘い余韻に浸りながらこくりとうなずくと、すぐ近く、両どなりに座るパフィールとスピーリアの美しくあどけない顔の娘姉妹が花咲くように笑った。


 ……え? え? 何これ? もしかして、天国か? 俺、いつのまに死んだ?


 と、思わずネルトが錯覚するような、ハワードの娘姉妹パフィールとスピーリアとのイチャイチャパラダイスが繰り広げられているのは、病院に迎えに来た静音で走る黒塗りの高級車、リムジンの後部座席。


 ネルトを真ん中に三人並んでふかふかのソファに座り、目の前のローテーブルにはよく冷えた果実のジュース。


 手を伸ばせば、ぱふむにゅ、すぴむにゅ、と見事に育ったそれぞれのふたつのふくらみにすぐにでも手がとどく超至近距離のまさに両手に花といった状況で、ネルトは甲斐甲斐しく娘姉妹に世話を焼かれている。


 最初は菓子ののった皿を口もとに寄せてくれるくらいだったのが、妹のスピーリアがフォークであ〜ん、とネルトにしたのから始まって姉パフィールも頬を赤らめ恥ずかしがりながらも負けじと対抗してエスカレート。いまではすっかり桃色ピンクなこの甘々空間ができあがっていた。


 ネルトは、満たされていた。起きて20年ぶりに初めて口にした食べ物が果実と菓子で、すごく美味かったという事実などどうでもよくなるくらいに、その胸のうちは万感の思いでいっぱいだった。


 ――俺、俺……! 寝る前の20年前から、いつか、いつかそういう店に行ってみてぇとはずっと思ってたけど……!


 思い起こすのは、いつかの少年のあの日。過酷な冒険を乗り越えたその日の夕暮れ。


 報酬に受け取った幾許かの銀貨を握りしめ、裏通りの〈女の子が接待してくれるお店〉のある裏通りをウロウロと何度も何度も行ったり来たりしたあの日。


 結局勇気が出なくて、行けなかった……結局は、ハワードと男ふたりっきりで慣れない酒を飲み明かし、ついでに酔い潰れて朝酒場で起きたら財布スられてたあの日。 


 悪ぃ……! ハワード……! 俺、俺……! 20年越しの夢……おまえの大事な娘たちに、叶えてもらっちまったぁ……!


 万感の思いと、けど、それを親友の娘姉妹にやってもらうのマジでどうよ? な、葛藤をキンキンに冷えたジュースとともにネルトは飲み干す。


「「はい。オジサマ。ネルおじ。あ〜ん。」」


「あ〜〜ん」


 そして、一日かぎりの開店となる(多分頼んだらまたよろこんでやってくれそうな)ネルトのための、ぱふむにゅ、すぴむにゅっと〈ピースフル姉妹が接待してくれるお店?〉の至れり尽くせりのサービス(無料)をネルトは到着までの間、黒塗りの高級車の中20年の万感の思いをこめて、心ゆくまで楽しんだのだった。


 ――けど、娘姉妹の父ハワードには絶対言えねぇ……!


 とこの秘密を墓場まで持っていくことを心の底から誓いながら。

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