第178話 南の姉弟が死んだ

「どうしよう……」


 ダークエルフの村のダンジョンに来て、数日が経過した。

 当初の目的である転生者の仲間も、強力なNPCの仲間も、まだ見つけることさえできていない。

 このままでは、リックたちが言ったように、本当に湯治に来ただけになってしまっている。

 そして、それがあまり悪いことではないと思ってしまう自分もいる……。


「ゲームの世界なのに、なんでこんなに満足できる温泉があるのさ……」


 むしろ、ゲームの世界だからこそ、元の世界よりも無茶苦茶な効能があるんだろうけど。

 魔王なんていない世界だったら、気兼ねなくこういう場所を楽しめたんだろうなあ……。


 利用者は、非常に多い。

 日中にダンジョンを探索し、戻ってきてからここで疲れと傷を癒す。

 僕もこの温泉の恩恵に授かり、似たような日々を送ることになっている。

 それが一番効率的なのは、どの種族も同じなんだろうね。


 あのダンジョンは、ドワーフダンジョンと違って、罠だけでなくモンスターも多い。

 しかし、奥に進みすぎなければ、危険性はぐっと低くなる。

 まるで、誰かが深度によって、難易度を設定しているかのようだ。

 と考えると、やっぱりこのダンジョンも、ゲーム中に登場したものなのだろう。

 相変わらず、知らないことはまだまだあるみたいだ。


「違う。違う」


 名前を見る。ステータスを見る。転生者はいない。有力NPCもいない。

 日課となりつつある鑑定をすませ、今日もだめかと湯に浸かる。


「なにが違うんですか?」


「うわっ!」


 いつの間にか近くにいた、褐色の肌の少年に声をかけられて、ついつい驚いてしまった。

 こんな子いたっけ? 思わず目を合わせるも、鑑定をそのままにしていたため、この子のステータスまで見てしまった。

 ……いた!! ようやく見つけた! こんな小学生くらいの子まで、転生者なのか。


「どうしました? もしかして、温泉に浸かりすぎて逆に体調崩しちゃいましたか?」


「い、いや……そうじゃなくて、君……」


「ぼくがどうかしましたか?」


 ああ、落ち着け。

 前に転生者の女性二人に声をかけたときのような、失敗をしてはいけない。

 いきなりステータスを見て、転生者だとわかったから勧誘なんて、怪しまれるだけだ。


「ええと……君もダンジョンの探索に? ハーフリング……ではないよね?」


 鑑定したから知っているけれど、この世界では子供かと思ったらハーフリングだったなんてこともありえる。

 勝手に鑑定して得た情報は一旦忘れて、怪しまれないように会話しないと……。

 小学生相手にこんなこと考えている時点で、僕って不審者だよなあ……。


「ええ、ぼくは南の国の人間ですよ。お兄さんは、肌の色からすると勇者リック様と同じ国の方ですか?」


「あ、ああ。リックなら、たしかに同じ国にいるよ」


「リック? もしかして、お兄さん勇者様の友人なんですか?」


 あ……さすがに勇者であるリックを呼び捨ては、よくなかった。

 いや、逆にこの子の興味をひくことになったから、結果としてはいい方向に向かってるんじゃないか?


「一応、そうなのかな……?」


「じゃあ、もしかして今日も一緒に?」


「いや、リックたちに勧められてここにきたんだ。僕なんかにかまけてる暇があったら、彼らには魔王を倒してほしいからね」


「そうだったんですか。……お兄さんって、勇者様のパーティなんですか?」


「そんなにすごいものじゃないよ。僕なんてまだまだ弱いから」


 そう、弱いんだ。

 だって、目の前の少年でさえ、僕よりもレベルもステータスも高いのだから。

 ……やっぱり、もうちょっと危険覚悟で戦うべきなのかな?


「そうなんですか。でも、お兄さんしっかりしてそうですよね。ぼくなんて、すぐ無茶するからお姉ちゃんに怒られちゃうんですよ」


「お姉さんもいるの?」


 目の前の少年が転生者なのは間違いない。

 そんな彼の姉ということは、もしかして転生者の姉弟なのか?


「ええ。……そうだ。よかったら、一緒にダンジョンに入ってみませんか?」


「いいの? 僕、たぶん弱いと思うよ?」


「大丈夫です。ぼくたちけっこう強いので、役に立ちますよ」


「それじゃあ……お願いしようかな」


 うん。ダンジョンの奥まで進む気はないけれど、そこそこの収穫だと思う。

 おおとり広貴こうき。間違いなく転生者だ。

 鑑定をして、ジノが考えた転生者の共通点も満たしていることは確認済みだ。

 ……というか、あからさまに名前が日本人のものだから、それ以前の問題か。


 きっと、姉のほうも同じく元日本人なのだろう。

 できることなら、約束をした明日の探索で、二人に仲間になってもらいたいものだ。


    ◇


「あ、どうもお兄さん」


「やあ、昨日ぶり。……ええと」


 危なかった。

 ついつい広貴くんと呼びそうになってしまったけど、考えてみれば彼の名前を聞いていない。

 そして、こちらも名前を名乗っていなかった。


「あ、そういえば自己紹介していませんでしたね。すみません。ぼくは鳳広貴っていいます」


 ……名乗るの?

 てっきり、日本人名を名乗りたくないから、昨日は自己紹介をしなかったのかと思っていた。

 だけど、この様子だと単純に忘れていただけってことみたいだ。


「僕は、国松くにまつ幸夫ゆきお。よろしくね」


 なら好都合かもしれない。

 こちらもあえて、日本人のフルネームとして名乗ることにする。

 この名前に食いついてくれたら、転生者同士ということで話ができそうだ。


「それで、こっちがぼくのお姉ちゃんです」


 広貴くんがそう言いながら紹介してくれた女性は、彼と同じく褐色の肌が特徴的な女性だった。

 年齢は、僕やジノと同じか、それよりも少し上くらいだろうか。

 見た目の特徴からすると、広貴くんと同じく南方の国に転生したんだろうな。


おおとり愛美まなみよ。昨日は弟が世話になったみたいね」


「いや、僕は温泉で話しただけだから」


「そう。温泉があるのよね。ここ」


「そうだね」


「まさか、ゲームの世界で温泉に入れるなんて思わなかったわ。あなたもそうでしょ?」


 ……隠すつもりはないってことか。

 ということであれば、話は早い。

 ダンジョンに潜る前に、ぜひとも今後について話をしたい。


「まあ……元のゲームにも、一応こういう回復施設はあったからね」


「あら、そうだったの。それを知っているってことは、やっぱり国松も転生者ってことでいいのよね?」


「そうだね。君たち姉弟も同じだよね?」


「ええ、それなら話が早いわ。国松、あんたゲームをやったことあるみたいね。私たちに協力しない?」


 なんだかとんとん拍子に話が進む。

 やっぱり、ゲームをプレイしたことがある転生者という触れ込みは、正しかったんじゃないか?

 前回失敗してしまったが、あれはたまたまだったのかもしれない。


「協力っていうと、魔王を倒すってことでいいのかな?」


「まあ、女神が言ってたからね。魔王を倒せって。でも、今はそんな先のことじゃなくて、このダンジョンの攻略よ」


「ここの……?」


 はっきり言って気が進まない。

 だって、少し潜っただけで、とんでもないピンチの連続だった。

 麻痺の状態異常を付与してくる蛇の敵。どこにでもあるのか、相変わらず当たったら死にかねない岩の罠。

 強制移動させるゴーレムに、見た目だけではわからない凍結の罠。

 それらが、矢継ぎ早に襲いかかってくるのだから、たまったものではない。


 どれもこれも、鑑定を常に使うことで事前に回避できたけれど、奥に進むとなると危険はさらに大きくなる。

 特に墓地を鑑定したときはぞっとした。

 墓の中に無数のアンデッドの存在を確認でき、ドラゴンゾンビなんて強敵まで隠れていたのだから。


「やめたほうがいいと思うよ。ここ、かなり危険なダンジョンだから……」


「何言ってんのよ。毎日何人も探索して無事に帰ってきてるじゃない。それともなに? あんた、もしかして少しでも怪我する可能性があったら、逃げるってこと?」


「いや……本当に、油断したら簡単に命を落とす場所なんだって」


「国松。ここは最近発見されたダンジョンなのよ? つまり、ここの奥に配置されたアイテムはまだ手付かずの可能性が高いの。ゲームをクリアするのなら、こういうアイテムはしっかりと集めないと」


「言いたいことはわかるんだけど、ゲームとして言うのなら、ここは僕たちのレベルに見合ってないよ」


 少なくとも、あの罠やモンスターにいちいち手間取るようじゃ、適正レベルを満たしていないといえるだろう。

 それは、僕よりも高レベルな広貴くんにも、同じことがいえるかもしれない。

 ……あれ、そういえば愛美さんのレベルとステータス、僕より低いな……。


「もう……そんなことじゃ、魔王なんて倒せないわよ? いいわ。それじゃあ、あんたは一番後ろでいい。危険だったら私たちを置いて逃げなさい」


「さすがに目の前で死なれるのは……」


「私たちが良いって言ってるんだからいいの! 広貴。あんたもいいわよね?」


「うん。大丈夫だよ」


 仕方ない……。どうせ、すぐに危険の連続なんだ。

 幸い、逃げ方だけはうまくなっているし、この姉弟を連れてなんとか逃げ出すとしよう。


    ◇


「昨日までと、ぜんっぜん違うじゃない!!」


「お姉ちゃん、危ない!」


 やっぱりだ。

 大量のシャドウスネークに襲われ、ミストウルフに不意打ちをされ、罠がいくつも起動する。


「早く、こっちへ!」


「国松! あんた先に逃げなさい!」


「そんなこと!」


 できないと言う前に、思い切り胸を押された。

 押したのは、愛美さんと広貴くんであり、二人のその行動が僕を守るためだったということは、一瞬で理解できた。


「広貴くん! 愛美さん!」


「おいおい……あの二人死んだんじゃねえか?」


 僕の声は二人には届かない。

 モンスターから逃げていた周囲の探索者たちも、その惨状に二人の死を予感している。

 大きな岩の下敷きになった二人は、もはや生きていないだろう……。

 岩の下から大量の血が流れる様子を見て、僕は……卑劣にも一人で逃げ出した……。

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