第170話 竜人棒
「断るっていうのかよ」
「いいえ、条件次第ではと何度も言いました。ロペス様は、まともな境遇で私たちを雇っています。なぜ、それよりも遥かに劣る境遇に乗り換えなければならないのでしょうか?」
「ふざけんなよ……お前らダークエルフが、他の種族のために働くのは、遠い昔から決められていることだろうが」
「ええ、ですから、他の種族であるロペス様のもとで働いておりますが? ああ、そういえば同じハーフリングでしたね」
まるで今さらそのことに気づいたような態度が気に障る。
比較されている。そのうえで、俺を遥かに劣ると言われている。
同じハーフリングなのに、こうも違うのかと侮蔑されている。
たかだか、ダークエルフの分際で……。
くそっ……くそっ!!
どうなっているんだ! 本命の商店どころか、撒き餌の宿さえ用意できない!
「おい、お前。宿と商店の話はどうなったんだ?」
「さすがに、昨日の今日で建つとは思わないが、なにか準備しているようには見えねえが」
そのとおりだ……。
獣人たちが言うとおり、俺はなにも準備すらできない。
ダークエルフたちを利用して、建築をして、そのまま店で働かせる。
たった、それだけのことだったはずじゃないか……。
「……ダークエルフたちが、働かない」
「はぁ? ダークエルフどもが本気で抵抗するって、反抗的なやつを見せしめに殺しでもしたのか?」
ダークエルフは、元迫害対象種族だが、今では違う。
奴隷のように扱えば、女王たちが命を賭して抵抗するということは知っている。
女王としても、そんなことをすればダークエルフという種が絶滅するし、俺たちとてそれなりの被害が出る。
なので、よほどのことがない限りは、最終手段ともいえるダークエルフと他の種族の戦争なんて起こらない。
なので、当然俺がそんなへまをしたわけではない。
ひどい労働条件で、酷使するような真似なんてしていない。
というよりも、そもそも働かせることさえできていないのだ……。
「そんなわけないだろ……ロペスのやろうのほうが条件がいいから、俺の指示では働けないだとよ」
「また、あのハーフリングかよ!」
そう、またあいつだ。
あの野郎は、暗黙の了解を破りやがったんだ。
「ロペスは、ダークエルフに給金を支払って働かせている。甘やかされたダークエルフどもは、もう俺たちの指示では働かない」
「おいおい……あの種族を人並みに扱うだと? 便利な種族のまま扱うためにも、そんなことしちゃいけねえって、わかってねえのかよ」
わかって……るか微妙だなあ。
あいつは転生者だ。もしかしたら、そんな暗黙の了解までは、理解していないのかもしれない。
だが、相手はロペスだ。そのほうが金儲けになると思ったのなら、平気でルールも破るだろう。
なんせ、実際に定められたルールではないのだから。
「さすがに、それを見過ごすわけにはいかねえな」
「ああ、結局のところ、全種族の共通の労働力を独占したってわけだからな」
獣人たちが、真剣な表情でロペスのもとへ向かう。
どうするんだよ、ロペス。知りませんでしたでは許されないぞ。
痛い目を見ることになって、そのまま店もダークエルフどもも奪われるだろうな。
……それか、最悪、殺されるかもな。
◇
「おい、チビ野郎!」
よほど頭にきているんだろうが、その言葉はハーフリングという種族への悪口か?
ロペスの身長は、ハーフリングの一般的身長であり、そいつをチビということは、俺たちハーフリング全員を罵倒しているようなもんだぞ。
「なんだよ。また、あんたか」
昨日と同じ牛の獣人の顔を見て、ロペスはうんざりした表情で迎えた。
だが、そんな態度をとっていられるのも、今のうちだと思うぞ。
「ダークエルフどもに、金を払って働かせているっていうのは、どういうことだ!」
「はあ? そりゃあ、そうだろ。あいつらは、こちらの指示に従って働いた。ならば、こちらは労働の対価は払うべきだ」
「いらねえんだよ! てめえが、余計なことをしたから、ダークエルフどもが、これまでどおりに働くなくなってるらしいじゃねえか!」
「金払えよ。あいつらは奴隷じゃねえんだから」
「似たようなもんだろ!」
おい、獣人。さっきから口が滑ってるぞ。
ダークエルフたちは奴隷じゃない。そこだけは認めてやって、やつらのわずかな矜持は保てるようにしてやる。
それが、やつらをうまく扱うコツじゃないか。
「まあまあ、ロペスも獣人のあんたも落ち着けよ」
これ以上の失言で、ダークエルフどもと、本格的な戦争になんてなってもつまらない。
面倒だが仲裁してやるしかないか……。
幸いなことに、騒ぎを聞いていた他の獣人や人間たちも、俺の言葉に賛同してくれた。
ああ、まともなやつが多くてよかった。
おかしいのは、短絡的な獣人と、ロペスのやつだけだ。
「なあ、ロペスよ。わかるだろ? これまで俺たちは、ずっとうまくやってきたんだ」
現に、これまでダークエルフや他の迫害種族が、本当に反乱を起こしたことはない。
「別に毎回ただ働きってわけでもない。そいつらが絶滅したら、俺たちだって困るんだ。ちゃんと、生きていけるだけの報酬は渡しているさ」
だから、その対価の額をお前が勝手に引き上げたら困るんだよ。
俺だけじゃない。ダークエルフを利用する全員が困るんだ。
それを大っぴらに言うつもりはない。そんなことをしたら、女王がなけなしの意地をこじらせかねないからな。
だけど、お前なら、ここまで言えば、わかるだろ?
「馬鹿だなあ、お前。そんなんだから、金儲けが下手なんだよ」
「は?」
「ダークエルフたちを長年、様々な種族が利用したってことは、それだけこいつらを労働力として認めているってことだろ」
だから、それを奪うような真似は許されないと……。
「そんなやつらを、まともな賃金を出すだけで全員雇えるのなら、普通は金払うだろ」
言ってることは……わからなくもない……。
それなりに使える労働力が、通常の給金で一気に手に入る。
しかも、連中にとっては破格の条件であるため、いつまでも自分に従うだろう。
だけど、今回ばかりは、お前の発想に負けたなんて思わない。
その発想が俺にもあれば、俺が先駆者となれたのになんて思えない。
お前は知らないんだろう。
そうやって、周りを出し抜いたと思っているんだろうが、それは単なる裏切りだ。
迫害すべき者に加担しているだけの裏切り者は、血の気の多い連中に何をされても文句は言えない。
「おい、聞いただろ。こいつはもうだめだ。ほうっておくと、ダークエルフどもがつけあがる」
「そうみたいだな……ロペス、残念だよ」
一応同じ種族ということもあって、穏便に済ませられればという気持ちが、ほんのわずかにはあったからな。
だいたいだ。力のない俺たちハーフリングが、他種族の怒りを買うなんて、馬鹿なことだと気づけなかったのか?
牛の獣人は、ロペスの胴体ほどに太い腕で、顔面に向かって拳を振り抜く。
まもなく、ロペスは顔面が潰されることだろう。生きていられるかは、運しだいってところかな。
「なんだよ。ぶちのめしていいって聞いたが、こんな雑魚が相手か」
その言葉は、牛の獣人のものではなかった……。
そいつは、もう気を失っている。
ロペスに拳が届く前に、突如現れた男に殴られて、一撃で気を失ったからだ。
なんだこいつ……。
ロペスを守ったということは、ロペスの味方なんだろうけど……。
「てめえ! ふざけやがって!」
「あぁ? 雑魚のくせに、生意気にも俺に挑もうとしてんじゃねえよ」
柄が悪い……。
獣人たちと変わらねえ……。というか、下手したら獣人よりたちが悪そうだ。
なんなんだこの男は。
「おい、ロペスよぉ。こんなのしかいねえのかよ?」
「どうやら、そのようだな。高い金払ってあんたを雇ったはいいが、どうやらもっと弱いやつでも、よかったのかもしれねえな」
こいつ……。あらかじめ、こうなることも予想して護衛まで雇ってたのか。
だが、その判断はしゃくなことに正解だったらしい。
なんせ、この男はこの場にいる誰よりも強い。
すでに、挑んだ獣人が何人も一撃でのされてしまっている。
もはや、ロペスという裏切り者への制裁などを考えている場合ではない。
そんなことのために、この男に挑むような蛮勇は、すでに気絶している獣人どもくらいだ。
「さすがは、ドラゴンだな。これからも、頼りにさせてもらうぜ」
「金さえもらえりゃあいいけどよ。せめて、もっと強いやつじゃないと張り合いがねえよ」
ドラゴン……? うそだろ。
いや、だけどたしかにあの鱗や尻尾の特徴は……ドラゴン族のものだ。
それも、竜人になれるほどの力を持つドラゴンが……。
無理だ。
ドラゴンでさえ、恐ろしい強さを持つというのに、竜人の相手なんて誰もできない。
それこそ、勇者パーティくらいの実力は必要だ。
「おい、てめえら。てめえらみたいな雑魚の相手は、面倒だから忠告してやるよ。こいつらに手を出すな。そうすれば、あの雑魚どもみたいにはならねえ」
「ということみたいだ。それじゃあ、このもめごとは忘れようじゃないか。うちも、金さえ払ってもらえたら、ちゃんと宿も貸すしアイテムも売るからよ」
結局……ロペスの思い描いたとおりの結末ってわけか。
こうなった以上、俺たちは野宿するか、ロペスの宿に泊まるしかない。
ごねようものなら、あの恐ろしい竜人にぶっとばされる。
「……とりあえず、一部屋貸してくれ」
「ああ、毎度あり」
先ほどの騒動のことを忘れたように、あっさりと商売に切り替えやがった……。
本当に、ムカつくほどに先を見据えたやつだ。こいつは。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます