第121話 踏んだ後に体重をかけてはいけません。足をぐりぐりしてもいけません。

 初日は入口で全滅した。理由はわからないが、幸いなことに命までは失わなかったため、すぐに撤退することになった。

 翌日は入口と最初の部屋の途中の通路で全滅した。恐ろしい罠だった。岩肌の亀裂から毒が混ざった霧がかかり、なんとか撤退することができた。


 自然にできた場所ではないことはわかっていた。

 話に聞くドワーフたちの国で発見されたような、かつて魔王が作ったダンジョンだと女王様は早々に結論を出した。

 だが、すでに管理する者のいないダンジョンのくせに、住み着いたモンスターたちのせいで異様なほどに危険な場所となっている。


 毎日毎日、少しずつ進んでいったが、さすがに一つ目の部屋の攻略に七日もかかるのは途方もない。

 いくら自分たちが長命種だといえ、終わりの見えないダンジョン探索に、ほんの少しだけ心が折れそうになる。


「なんだか、この前と違ってずいぶんとモンスターの数が減っていないか?」


 発見して以来、定期的にその洞窟の調査をしていたダークエルフだからこそ、その変化にすぐに気がついた。

 これまでに散々自分たちをはばんできた魔王謹製の悪辣極まる罠。

 そして、それらを利用するかのように、従来のモンスターとは異なる嫌らしい動きをとるモンスター。

 そのどちらもが、今日はやけになりを潜めているのだ。


「もしかして、ダンジョンの魔力が切れた……ってことはないみたいか」


 魔力の総量こそ測定できないが、そこは相変わらずこれまで訪れたどの場所よりも魔力に満ちている。

 であれば、ダンジョンの魔力切れで罠やモンスターが減ったというのは考えにくい。


「連日訪れたせいで、残っていた罠は全部起動させてしまったのかしら?」


「あのモンスターたちは、普通のものよりも賢く、罠を利用していた。その罠がなくなったことで、奥まで引っ込んだのかもしれないな」


 仲間たちの考えに納得する。

 たしかに、遭遇したモンスターたちは、本能のままに襲いかかる存在ではなかった。

 まるで互いに個性や性格があるようで、それゆえに連携がとれた攻撃には苦しめられたものだ。

 あいつらなら、罠がなくなったことくらい理解して、有利な場所まで退避くらいするだろう。


「逆に、あいつらがいない場所なら、罠がある可能性も低そうだな」


「ああ、たしかに。これまでどおり慎重には進むけれど、注視すべき視点は変えたほうがよさそうね」


 気を抜くわけにはいかないが、それでもほんのわずかに気が楽になる。

 ダークエルフたちは、そのまま未踏の場所目指してダンジョンを進んでいった。


「くそっ! また逃げられた!」


「でもいいじゃない。倒せないけれど、負けるよりはずっとましよ」


 たしかに、これまでは下手したらあの狼たちに敗北していた。

 初日は完全な敗北で、それ以降はなんとか逃げることだけは成功している。

 ここまで、こちらが優位なまま戦闘が終わるのであれば、相手の逃亡を許したとしても十分な成果だろう。


「なんか、すぐに逃げ出すようになっているな……やっぱり、今までとなにかが変化しているのかもしれない」


    ◇


「完璧な連携で狩ってたら、侵入者ずっと奥までこないだろ……いや、全力で挑むのはいいことなんだけどよ。このダンジョン怖えよ……」


「まじ? ミストウルフだけにしたけどだめ?」


「シャドウスネークがいないからって、罠を増やしたら同じだよ……」


「ミストウルフたちも、罠を上手く使うようになってきた。これまで以上に侵入者との戦いを優位に運べるだろう」


「運ぶなっての……なんなんだよ、こいつら……」


 だめか。だめみたいだな。

 しかたない。ミストウルフたちも最近は、俺やディキティスによくなついてくれている。

 いや、なついていたのは最初からだけど、こちらの指示をこなせるようになってきている。

 ならば、あいつらにもできるはずだ。ゴブリンたちのようなやられたふりが。


「ある程度戦って、不利になった演技をしてもらって、逃亡するよう指示するか」


「それいいな。そう、そういうのだよ。自分たちが強いと勘違いしてもらおうぜ」


「そして、後ろからがぶりというわけですね!」


「違うよ……」


 ミストウルフは存外器用なようで、しっかりと逃げるふりをマスターしてくれた。

 偉いぞとほめていると、マギレマさんの犬たちが自分たちも褒めるよう催促してきた。

 そこまではまだいいのだけど、その後の乱入者が問題だ。

 ……なんで、俺は魔王様を抱きしめながら、頭をなでることになってしまったのだろう。


「もっとです」


「はい……」


    ◇


「薄々気づいていたんだが、奥に行くほど魔力の密度が濃くなっている」


「ええ、女王様もこれなら満足してくださるわ」


「危険な場所ではあるが、やはり放棄するのは惜しいよな」


「なんとか、ここを制圧して拠点にしたいものだ」


 そんな会話をする余裕も生まれたようで、彼らは周囲に注意しながらも先へと進む。

 放棄されたダンジョンであることは疑いなく、放棄されたがゆえに道は荒れていて明かりもない。

 そんな薄暗い通路の奥に、死を連想させる予感を感じた。


「!! な、なにかいる」


「すぐに引き返すぞ!」


「ま、待って……気配に姿、隠蔽する魔法を……!」


 即座に逃げを判断したのは、彼らが優秀な探索者だからだ。

 もしもこれが、無謀な転生者やならず者であれば、気にせず奥に進んで喰われていたことだろう。


「!!」


「……!」


 ダークエルフの女の魔法が間に合ったらしく、その大きな口が特徴の巨大なワームは自分たちの横を通り過ぎていく。

 おそろしいほどに強いことは、戦わずとも理解できた。

 誰もがその場にじっと留まって、微動だにせず、音を立てることもしない。

 呼吸さえも最低限に抑えて、決してそれに気づかれないようにしていた。


「た、助かった……ありがとな」


「逃げてたら、追い付かれて喰われてた……」


「ソウルイーター……あれが、狼たちが警戒している相手なのかもしれないわね」


 その名のとおり、それは魂を喰らうモンスター。

 あの大きな口に飲み込まれた獲物は、肉体を傷つけられることなく魂だけを食べられる。

 古の言い伝えでは、あれの餌食となったエルフが、蘇生薬で蘇生できたことから、実際の魂を食べているわけではないらしいが……。

 喰われたら死ぬという危険なモンスターには変わりない。


「なんとか、見えてきたかもしれないわね」


「ああ、ここを拠点にするというのなら、少なくともソウルイーター退治が必要ということだ」


「……俺たちでは、手に余るな。女王様に報告し、あれの討伐というならもっと人手を融通してもらわないと」


 ダンジョンの様子が変わったことで、彼らはこれまでにないほどの調査結果を持ち帰る。

 女王はその報告に喜びながらも、強敵相手に今後どうするべきか頭を悩ませるのだった。


    ◇


「あまり複雑にしすぎてもよくないか」


「そうそう。わかってきたじゃねえか」


「分岐にそれぞれいくつかの小部屋を作って、通過したらどこからでも大きなフロアに行けるようにしよう」


「招きたいっていうのなら、そのくらいのほうがいいからな」


「そして、そこには中ボスを置いておこう」


 モンスターガシャで良さそうなのが出てきたし、ちょうどいいかもしれない。


 ソウルイーター 魔力:65 筋力:51 技術:39 頑強:55 敏捷:49


 ガーゴイルやヒポグリフたちと同じ上位モンスターであり、なんか不気味な感じのモンスターだ。

 俺にとってはかわいいモンスターだけど、侵入者にとってはこの見た目も大きな武器になるだろう。


「ソウルイーター。このフロアを適当に徘徊して、侵入者を適当に倒せるか?」


 うなづいてくれた。でかいミミズみたいな見た目なのに、俺になついてくれているのでかわいく見えてくる。

 このへんは、ダンジョンクロウラーと同じだな。虫系のモンスターたちでも、なつかれたらかわいいものだ。


「わかってきてなかったかあ……リグマ。俺もう無理だよお……」


「え、だめ? ソウルイーターなのに?」


「ソウルイーターだからだろお……その広間で侵入者全滅させる気かよお……」


 いや、でも……ガーゴイルは獣人たちがわりと倒しているぞ。

 コカトリスたちの大きな鳥たちも、案外……いや、あそこは本気で守っているからいまだに誰も突破していない。

 ああ、そういうことか。俺がソウルイーターに全力を出させると勘違いしているんだ。


「大丈夫。良い感じに手加減してもらうから。できるか?」


 よし、本人はやる気満々のようだ。


「それなら……いや、アナンタ惑わされるな。もしも俺が一人であれを倒せと言われたら? ……うわあ、怖え……」


「ちゃんと侵入者たちの実力に合わせて加減してもらうつもりだぞ?」


「向こうはそんなこと知らないから、しばらくは警戒されると思うぞ……」


「あまりにもそれが長引くのなら、残念だけどソウルイーターの配置を変えよう。獣人ダンジョンのほうに」


「獣人たちを殺す気……いや、案外いける? ああ、だめだ。こいつらといると、俺の常識までおかしくなりそうだ……」


 がんばれアナンタ。俺たちに負けないでくれ。

 お前の常識がわりと頼りなんだ。


「ソウルイーターか……お前も全力を出せば、獣人どもなど相手にならないだろう」


「だめだからな!?」


「わかっています。アナンタ様……」


「不満そう……」


「一回だけ試してみましょうよ~。ほら、見てください。この大きな口。きっと、いっぱい侵入者を食べてくれますよ~?」


「そんなアピールで、俺を説得できると思ってるのかよ……どうなってるんだよ。ほんとによお……」


 ほんと、がんばってねアナンタ。

 俺、どっちかというと、ディキティスとイピレティス側だから……。

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