第119話 やりすぎ注意報

「小柄で身軽なのだから、死角に潜めるだろう」


 たしかに、ゴブリンたちって俺たちより小さいからな。

 それでいて、下手な人間や魔族よりも身体能力は高い。魔族というか俺だけど。

 なので、ダンジョンの部屋の中央に馬鹿正直に待機させることもないか。


    ◇


「お、ゴブリンの数が少ない。狙い目かもしれないぞ」


 ゴブリンダンジョンに挑む人間たちは、次のフロアとその中にいるゴブリンたちを発見する。

 扉がないそのフロアは、遠くからもモンスターの姿を確認できるため、進むか戻るかの判断を下しやすかった。


「進もう」


 そして彼らは、それが罠だということに気づけなかった。


「ぐえっ」


「お、おい! 大丈夫か!」


 部屋に一歩足を踏み入れると、頭上から降ってきたなにかに仲間が昏倒させられる。

 幸い生きてはいるようだ。

 その原因がゴブリンであり、仲間はそいつの棍棒を脳天に食らって倒れたとわかると、すぐにそのゴブリンをしとめる。

 そして、すぐさま仲間の下へと駆け寄った。


 まだ部屋の中にいたゴブリンたちとは距離がある。

 あいつらが、倒れた仲間に近づく前に、仲間を助けなければならなかった。


「ぐっ……ううっ……」


「な、なんで……」


 そうして近寄った者たちは、部屋の死角となる場所に隠れていたゴブリンたちに一網打尽にされる。

 通路から部屋の中を覗いても見えない場所。そこには多くのゴブリンたちが身を潜めており、彼らはそれに気づくことができなかった。

 これまでのゴブリンたちは、そんな戦法をとらなかったため、彼らの油断も無理はない。

 だが、その油断により、彼らはここで全滅することになる。


    ◇


「イドだけじゃなくて、たまに壁を壊しかねないやつがいるんだよな。まあ、人が通れるほど破壊できるのはイドだけだったけど」


「補修は不要だ」


「え、でもいつかはこの穴や隙間が広がって、迷路が壊されるんじゃないか?」


「その前に作り直すのは問題ないが、活用するのがいい」


    ◇


「本当に……定期的に道が変わる迷路がうぜえ!!」


「地図が役に立つかどうかもわかんねえな」


 相変わらず、この迷路は何人もの獣人たちの行く手をはばんでいた。

 獣人以外の種族だとしても、正解のルートを見つけるのは骨が折れることだろう。

 それが、定期的に補修のために作り直されることは、当然ながら知る由もない。


「あれ……?」


「どうした? 先に行くぞ?」


「いや、待て」


「なんだよ……」


 すでに長時間迷路に惑わされ、獣人たちはストレスが溜まる一方だった。

 そんな中、偶然一人の獣人がそれを発見する。


「ここ、前に俺たちがつけた傷じゃないか?」


「なんだって? 毎回毎回すぐに修復されちまうクソ迷路のはずだろ?」


「そうか! ついに迷路を修復する魔力が尽きたんだろ! このダンジョンもうすぐぶっ壊れるぞ!」


 ならば、せめて壊れる前に自分たちも一度くらい踏破してやろう。

 そして、あの最強の戦士イドが攻略できなかった、というダンジョン攻略者の称号を得てやろう。

 獣人たちは俄然、迷路の攻略に乗り気になる。


「傷が直っていないってことは、あの穴もそのままのはずじゃないか?」


「そうだ。あそこを拡げちまえば、馬鹿正直にこんな迷路に付き合う必要がなくなるぞ」


 正規ルートを外れた攻略。

 獣人たちは、ある意味不正行為とも呼べるその手段を選択した。

 その罰を受けることになるとは、微塵も想像できずに。


「よし、見つけた」


「調子いいな。あのムカつくバジリスクとの鬼ごっこもしなくてよかったし」


 迷路とバジリスクの組み合わせは脅威だ。

 しかし、さすがに何度も挑戦し続けた獣人たちは、いくらこそこそと忍び寄ろうとバジリスクたちを仕留められるようになっていた。

 毒こそ喰らってしまうものの、逃げるバジリスクを確実に仕留めることで、彼らは格段に迷路に挑みやすくなっていたのだ。


「とりあえず、今日はこの穴を全力で壊してみるか」


「明日塞がっているようなら、また傷をつけるか、迷路を攻略するか判断しないとな」


 彼らはそう言って、迷路に攻撃しようと穴に近づく。

 そうして、穴から漏れてくる毒の煙を喰らってしまった。


「ど、毒……だと……」


「まずい……体が……動かな……い」


 ご丁寧にその毒は麻痺毒だった。

 至近距離かつ無防備な状態での直撃。

 それは、獣人たちの身体の自由を奪うには十分すぎる条件といえる。


 獣人たちが倒れる音を聞いたことで、ようやく穴から漏れる毒が消え去る。

 壁一枚を隔てて、向こう側に待機していたバジリスクの群れが、毒の噴射を止めたためだ。

 彼らのような油断をしすぎた獣人は、全員バジリスクの餌食となるだろう。


 そして、たとえ油断をしていなくとも、小さな穴や傷、壁の隙間から奇襲する毒など、何も知らない獣人たちに対処できるはずはなかった。


    ◇


「正座してください」


 ……最近は、フィオナ様も変なことをしない。

 だから、プリミラの本気のお説教モードは久しぶりだなあ……。


「私だけでいいでしょう。判断を誤ったのは私です」


 現実逃避をしていると、意外なことにディキティスが助け舟を出してくれた。

 責任はすべて自分にあると、俺をかばってくれたようだが、さすがにそれに便乗するほど薄情でもない。


「最終的な判断をしたのは俺だから、俺も悪いと思う」


「はい。レイ様はよくわかっておりますね。二人とも悪いです」


 だよな。俺たちは共犯ということだ。


「いいですか。レイ様のダンジョンは、むやみやたらに侵入者を皆殺しにすればいいというわけではありません」


「はい……存じております」


 怒られているせいか、なんだか敬語で言葉を返してしまう。


「敬語はいりません」


 そして、それをすぐに指摘される。

 ……でもさあ。怒ってる相手にいつもどおりの口調は無理だって。そこも含めての罰というかお説教なのか?


「ディキティスの働きはたしかにすばらしいですが、せっかくバランスよく侵入者を撃退していたダンジョンが、難攻不落になったらどうするのですか」


「……モンスターたちが、思いのほか言うことを聞いてくれて、できることも多かったので、ついやりすぎてしまいました」


「レイ様のモンスターは特別です。優秀でかわいくて頼もしいのです。なので、力を引き出すかどうかは私たち責任者が判断しなければいけません」


「不注意でした……」


 畑でモンスターたちとうまくやっているプリミラだからこそ、その言葉の重みが違う……。

 ディキティスもモンスターたちの能力を発揮することに長けていたが、実はプリミラが一番なのではと思えてきてしまった。


「とにかく、あの子たちにやりすぎないよう指示してください。リピアネム様じゃあるまいし、やりすぎはよくありません」


「ふっふっふ……甘いなプリミラよ。最近の私は力を制御できるため、やりすぎのリピアネムは死んだのだ」


 そういうことではないと思う。

 自分を悪い例としてあげられたというのに、相変わらず悪意というか皮肉とかは気にしない魔族だな。

 というか、いたのかリピアネム。


「レイ~。最近一緒の時間が減っています。魔王タイムを設けることを求めま……す」


 きたのかフィオナ様。

 魔王タイム受け入れるから、このお説教から俺を救い出してください。


「でも、それはあとにします。それでは、私はこれで」


 に、逃げやがった……。

 あ、プリミラに引き止められている。


「私の顔を見た途端に逃げるとは、どういうことでしょうか?」


「顔といいますか……この状況といいますか……わ、私は怒られるようなことしていませんよ!?」


「はあ……そんなことは承知しています。魔王様もレイ様も、私が好きでお説教をしていると勘違いしていませんか?」


 ……それはすみません。

 たしかに、プリミラは色々なことで俺たちを正してくれているから、つい甘えてしまうところがあった。

 見た目幼女だもんな。お説教するなんて、本来は慣れない行為のはずだ。


「……私だって、本当はお説教なんてしたくないんですよ?」


「えっ! プリミラって、お説教が趣味じゃなかったんですか!?」


「魔王様。正座してください」


「お説教したくないって言ったじゃないですか~!?」


 ……がんばってください。

 その一言が思い浮かんだが、これはプリミラとフィオナ様どちらに向けてだろうか。

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