第92話 以前は必要なかった施設

「レイく~ん」


 あのやけにかさばる姿はマギレマさん。

 相変わらず下半身の犬たちの数は、圧倒されそうな迫力だ。


「どうしたんですか。マギレマさん」


 食材の打診か? それとも調味料?

 だとしたら、プリミラも交えて話したほうがいい内容かもしれない。


「あたしも便利な施設ほし~」


「と言われても……もっと大きい食堂とか?」


 たしかに、今のマギレマさんは販売用の弁当まで作っている。

 これまでの調理施設だけでは、なにかと不便ということもあるのかもしれない。


「いや~、そっちはいいんだけどね? おっちゃんが言ってるでしょ。レイくんなら、なんか面白施設作れるって」


「ああ、あの無茶な期待……」


 宿はできた。酒もまあできている。食事もできているが、さすがに娯楽みたいなのはなあ……。

 適当に部屋系を作り続けたら、案外解禁されるものなんだろうか。


「マギレマさんも欲しいんですか?」


「興味はある!」


「じゃあ、試してはみるけどあまり期待しすぎないでくださいよ」


「やった~! レイくんだいすき~! っと、ハグはだめだね。魔王様がヤキモチ妬きそうだし」


「はあ……」


 フィオナ様、案外独占欲強いのかな。

 目下ペット扱い濃厚な俺だけど、他の人には渡したくないと思っているかもしれないからな。


    ◇


「宿、商店、食堂、広間」


「なにをしているのですか? レイ」


「フィオナ様。なんか気分転換できる部屋を作れないかと思いまして」


「相変わらず、ダンジョンの常識がくつがえされますねえ……」


 俺もだけど、ダンジョンマスタースキルは、もはや街づくりスキルだと割り切るのがよさそうだ。


「あ、なんかメニューに変化が」


「まさか、本当に望み通りの部屋が!?」


「いえ、ダンジョンにいる魔族たちのステータスの見え方がちょっと変わりました」


 といっても、普段はいつもどおりのステータスが見えるだけだ。


 フィオナ・シルバーナ 魔力:9999 筋力:9999 技術:9999 頑強:9999 敏捷:9999


 今回変わったのは、魔力の部分。

 実は、様々なメニューを選択するごとに、前々から不便だと思っていたんだ。

 今までにどれくらいの魔力を消費したのかわからないって。

 俺も魔族としての生活に慣れてきた。そのおかげか、なんとなく自身の魔力量は測れるようになったけど、もっと正確な数字が欲しかったのだ。


 フィオナ・シルバーナ 魔力:4023/9999


 だから、この追加機能のような表示は実にありがたい。

 これで、限界ぎりぎりを見極めながら、ダンジョン内の施設をリセマラできるというものだ。


「なんか出ないか」


「ふふ、そんな簡単に」


「あ、出た」


「出すのがレイなんですねぇ……」


 娯楽室作成:消費魔力 15


「娯楽室というのが作れるようになったみたいです」


「また、名前からだとどんな施設なのかわかりませんね」


 熱量変換の件もあるし、名前だけで判断するのも危険だからな。

 ここはやはり、一度試してみるというのが手っ取り早いだろう。


「とりあえず、フィオナ様の部屋の近くにでも作ってみますか」


「それはかまいませんが、なぜ私の部屋の近くに?」


「娯楽なら、フィオナ様も楽しむべきですから」


 上が利用して遊んでいれば、下の者たちも利用しやすいだろう。

 そしてフィオナ様は普段からぐーたらしているので、それよりは娯楽とやらで遊んでいる方が健康的だ。


「私のため! レイはいい子ですね~」


 抱きついて頭をなでてきたため、フィオナ様も不満はなさそうだ。


「じゃあ、作りますよ」


「なにができますかね~」


 フィオナ様の期待に応えられるものができるといいのだが……。

 さあ、作成はしてしまったので、二人で内装を確認してみるか。


「ダーツ。トランプ。ビリヤード? バーみたいなカウンターも」


「娯楽ですねえ」


 思ってたより娯楽なものが出てきた。

 まるでどこかのアミューズメントというか、なんでこんな見知った遊戯の施設が……。


 ああ、なるほど。これはあれだな。ゲーム中でのミニゲームってやつだ。

 きっと、本来はこのゲームの成績でアイテムを入手できたりというシステムなんだろう。

 それなら納得がいく。


「とりあえず、従業員たちに開放してみます?」


「ですねえ……こもりがちな私には縁がなさそうですし」


    ◇


「ほう、いいじゃねえか」


「レイくん、ほんと仕事速いね~」


 さっそく魔王軍にお披露目すると、わりと好評をいただけたようだ。

 リグマはバーカウンターに座り、マギレマさんはリグマに酒を提供している。

 ……リグマはともかく、マギレマさんはそれでいいんだろうか。


「玉突きですか」


「ふっ!」


「リピアネムさん。備品壊しすぎると出禁になるよ」


「粉々になってしまう……」


 比較的若い組はビリヤードをしているようだが、残念ながらリピアネムは訓練が必要そうだな……。

 ピルカヤはともかく、プリミラもわりと楽しんでくれているみたいだし、なんだか見た目相応って感じだ。


「わりと楽しんでもらえているみたいだし、作ってよかったかもしれないな」


「ええ。あの子たちのあんな姿初めて見ますからね。感謝しますレイ」


 そうか、これまではこういう娯楽はなかったのか。

 ゲーム内ゲームとはいえ、遊ぶのはきっとプレイヤーの操作キャラだけだろうからなあ……。

 これからは、魔族のみんなにもこういう楽しみを堪能してもらうとするか。


    ◇


「ワンペア……」


「スリーカード!」


「悪いな。フルハウスだ」


「くっ、またか……」


 後日従業員たちにも施設を開放し、娯楽室は完全に魔王軍の慰安施設扱いとなった。

 そこで猛威を振るったのが、ロペスのカード勝負だ。

 あいつ、なんかやけに勝負になれている。

 風間かざまたち、他転生者たち相手にコインを根こそぎ奪ってしまった。


「ひ~ん……ロペスさんが強すぎるよ~」


芹香せりか、ずるずる負けていったわね」


「選択肢が、選択肢が私を、じわじわと敗北させようと……」


 時任ときとうのやつは、たまにロペスに勝負で勝っていた。

 しかし、それはほんのわずかな勝利であり、その何倍もの負けが積み重なってあえなく敗北。

 選択肢の助けだけでは、ロペスに勝つ未来をつかみ取れなかったらしい。


「お給料が~……」


「全額賭けたの!?」


「ご飯がただでよかったよ……」


 まあ、賭けすぎるのはよくないが、ここでは一文無しになっても生活だけはできるしな。

 なんだかんだ転生者たちは転生者たちで、交流を深められているみたいでなによりだろう。


「……」


「フィオナ様?」


「ロペスは運がいいですね」


「ええ、まあ。運というか、勝負が強いって感じですけど」


 あれは単純な運というよりは、賭け事に強いという人物に見える。

 現に全勝なんてしておらず、勝てるときにどかんと勝つ戦い方だ。


「……つまり、ガシャにも彼なら勝てる可能性が」


「最初に会ったときに万能薬を引きましたね」


「……だめですか」


「だめですね」


 そのロペスが、フィオナ様の命令で引いたのが万能薬だからな。

 きっと再び頼もうと、そう簡単に蘇生薬を引き当てるということにはならないだろう。


「地道にがんばっていきましょう」


「ええ、私とレイならば、いつか魔王軍完全復活を成し遂げられるはずです!」


 何百年かかるかなあ……。

 人間だったときよりも、かなりの長生きが必要となりそうだ。


    ◆


「休んでください」


「いいえ。必要ありません」


「どうすれば休んでくれますか?」


「当然、外敵がいなくなったらですね~」


「私が人類を滅ぼせば、あなたたちは自由にすごしてくれますか?」


「自由……すみませんが魔王様。俺たちが自由になにをすればいいんですかねえ?」


「……だめですか」


「我らは魔王様のしもべ! 御身の力となることこそが喜びです!」


「……だめなのですね」


 どうして、こんなことになってしまったのでしょう。

 私が頼りない魔王だからでしょうか。

 彼ら彼女らの元来の性分なのでしょうか。


 いいえ、そのどちらでもありません。

 それこそが、あなたたちに定められた役割なのですね……。


「わからないというのなら……」


「魔王様?」


「私が見本としてぐーたらしてやろうじゃないですか!」


「……魔王様?」


「そこで見てなさいプリミラ! これが真の引きこもり生活というものです!」


「……私たちには、よくわかりません」


「わかるまでさぼりますよ!? いいんですか!? 魔王軍壊滅しますからね!?」


「魔王様がご乱心されました」


 ほら! ちゃんとそういう意見だって言えるじゃないですか!

 いりませんよ。魔王にただただ従う仲間なんて!

 だから、お願いですから、成長してください。

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