第91話 命だけは助けます
「マギレマの足って何本ありましたっけ?」
「え、十本ですが」
「ということは、私はあのとき一度に十一の部下を蘇生したも同然。つまり、まだ私は負けていません。勝ちよりと言えると思いませんか?」
「フィオナ様。マギレマさんの邪魔しちゃだめですよ」
「あ、あはは、ありがとレイくん。あたし調理があるので、ごゆっくり~」
悪酔いして絡んでいるようなフィオナ様から、マギレマさんのことを救出しておいた。
フィオナ様の手元のグラスには、炭酸水が置いてあるけど酒ではないようだ。
つまり、シラフの状態で絡んでいただけということになる。
「だめですよ。マギレマさん忙しいんですから」
「な、マギレマの味方ですか? やはり足がいいんですか!」
「そういうのじゃないです……」
「レイは私のなのに~。マギレマにとられる~」
「とられません。俺はフィオナ様のものなので」
「わかればいいんです!」
とられまいと抱きついてくるのは、色々な意味で勘弁してほしい……。
「それで、何を話していたんですか?」
「ええ、私の宝箱ガシャの成果についてなのですが、マギレマが蘇生したことで十一人蘇生した扱いで、私はまだ負けていないと思っています」
「そうしたら、まだ負けてないししばらく当たりは出ないってことにもなりそうですね」
「負けました! 私の負けです!」
声が大きい……。魔王を降参させた部下みたいに扱われたらどうするんだ。
「地道にやっていきましょう」
「うう……魔王軍復興はまだまだ先ですか」
そういえば、ピルカヤは自分が二回死んだって言ってたよな。
つまり、俺が来る前にも一度死んで蘇っているということだ。
「フィオナ様。ピルカヤたちって二回死んでるんですよね? 二回目は蘇生薬だとして、一回目はどうやって復活したんですか?」
「あ~……私がすご~く頑張りながら、魔力を分け与えれば一応蘇生はできるんですよ」
え、フィオナ様すげえ。
蘇生薬代わりもできるとか、どうやら俺はまだまだ魔王という存在を侮っていたらしい。
「なら、わざわざ宝箱ガシャなんかしなくても」
「ですが、時間がものすご~くかかりますし、私が力を分け与えているということで、私自身も弱くなっちゃうんですよね」
「なるほど……」
「全員私一人で復活させたら、大体五十分の一くらいのかわいい魔王ちゃんになります」
「ずいぶん弱体化しますね」
フィオナ様のステータスが大体10000だから、弱体化したら200……。あれ、十分強い。
というか、これが正規のラスボスとしてのステータスなのでは?
勇者たちより強いけど、勝てなくはないという実数値だし、今のフィオナ様がおかしいだけのような気がしてきたぞ。
「なので、レイのおかげで弱体化せずに蘇生できるのはとても助かっています」
「ど、どうも……」
もしかして、俺のせいで攻略不可の魔王が誕生しつつあるんじゃないだろうか……。
まあ、それならそれでいいことだな。
「今後も蘇生薬を狙う理由はわかりましたけど、生き延びた部下とかいないんですかね?」
「う~ん……いるにはいますけど、私を捨てて投降した者たちですし、今さら仲間にはならないんじゃないですか?」
「ああ、そういう……じゃあ、そっちは考えないようにしましょう」
フィオナ様を捨てたやつらなんて期待できないというか、土壇場でまた裏切られても面倒なだけだ。
なら、最初から敵と思っておいたほうがいいだろう。
「というか、逃げた魔族を受け入れる度量はあるくせに、なんで頑なに俺たちを滅ぼそうとするんだよ……」
女神の言葉がそこまで絶対的なのか、でも投降した魔族を受け入れるのも女神の言うところの魔族へ味方する行為にならないのだろうか?
……案外、俺たちとは別の尺度で判定を下しているのかもな。
◇
「九十八、九十九、百」
肉を斬りつける音と、数を数える声だけがそこでは響いていた。
兵士長さんにわざわざ忠告してもらったというのに、城内を歩いていたところ勇者リック一行と出会い、一緒に来てくれなんて頼まれてしまった。
なし崩しに、そのまま僕も勇者パーティの一員のようについていった場所。それが良くなかった。
「なにを……して」
汚れた薄暗い部屋は、地面にも壁にも血の痕がこびりついている。
先の行為により、その痕はさらに大きく広がっていく。
「ジェルミ王子。あなたには、もうそれは必要ないはずです」
「ああ……? ちっ、役立たずの勇者かよ」
ジェルミ第二王子……。
不人気NPCで、権力を持っていて、その強さだけは勇者に匹敵する。
そうか、レベルがやけに高いと思っていたが、そのレベルはこうやって上げていたということか。
「必要ないなんて、どの口が言ってんだ。魔王相手に瞬殺された雑魚勇者ども」
「それは……」
リックも魔王に敗北した事実は思うところがあるのか、ジェルミの言葉になにも返せないでいる。
「お前ら勇者と俺の力に大きな差はない。つまり、今のままだと魔王にとっては、俺も雑魚だ」
手にしていた剣を振り下ろす。
その攻撃の対象は……繋がれていた魔族らしき男。
「だが、彼らはこちらに投降した魔族です」
「だから約束どおり命までは奪っていない」
……それは、死ぬことすらできないだけじゃないのか。
いつからこんなことを繰り返しているのか知らないが、投降した魔族を生かさず殺さず攻撃し続け、経験値を得てレベルを上げていたってわけだ。
なるほど、恐ろしく効率がいい……。だけど、それを続けられるその精神力は彼だからこそなんだろう……。
「大体なあ……投降したから平和に暮らせるわけねえだろ。女神の命だぞ。魔族に肩入れすることは禁止されている。こいつらは、投降した時点で終わってたんだよ」
そうして再びジェルミは、この部屋に監禁された魔族を攻撃し続けた。
強いはずだ……。実物の魔族たち相手に、きっと何年もの間安全に経験値を稼いでいたのだから。
実戦経験はともかく、単純なレベル上げという観点だけで見れば、あれほどの効率もそうはないだろう。
「ああ、それと」
ジェルミはこちらを見ることもなく、ただ一方的に言葉を伝えてきた。
「お前ら勇者どもと、そこの唯一比較的まともな転生者。お前らは邪魔だからついてくるなよ。次のダンジョン探索にな」
「ダンジョンタウンですか」
「……ダンジョンに町を作るなんて、ドワーフどもの考えは理解できん。まあそれはいい。とにかく、あのダンジョンはそろそろ目障りだ」
「他国のことですし、うちには無関係なのでは?」
たしかに、あれがこの国のダンジョンというのならともかく、なぜジェルミが自ら攻略しようというのかは理解できなかった。
「あそこが賑わってるのは、未踏のダンジョンをドワーフどもが他種族に解放しているせいだ。なら、俺がそれを踏破することでダンジョンに挑むやつらを減らす」
たしかに、ドワーフが種を問わずにダンジョンへの挑戦者を呼んでいるのは、あのダンジョンの全貌を明らかにするという理由が大きい。
そして人が集まり、人が集まるから商店も増える。
勢いを削ぐというのなら、ダンジョン攻略という手段もわからなくはない。
もっとも、それだけで完全にあそこの賑わいが収まることはないだろうけど……。
「他国が賑わってることが問題ですか?」
「当然だ。魔王を殺したら、次はどの種族が世界を制するかの問題にすり替わる。そのときにな、他種族が集まる巨大都市なんてあったら邪魔なんだよ」
ジェルミは、忌々しげにそう吐き捨てた。
◆
「ああ、私が魔王らしくないから、私に力がないから……」
去っていく。
絶対的な力の前に私を魔王と認めたはずの者たちが去っていく。
「負けません」
状況は劣勢になりつつある。
同胞たちよ。臣下たちよ。それでも私は勝利します。
「ごめんね~。魔王様」
なのに。
「ちょっと玉座で眠っていてもらいますよっと」
四天王であるあなたたちが、私をたばかるなんて。
本来なら、そんなこと絶対にあり得てはいけないはずなのに。
「目が覚めたら敵が全滅しているか、足手まといがいなくなって全盛の力を取り戻しているか、どちらにせよこれで我々の敗北はなくなった」
私は、あなたたちが命を捧げるほどの魔王ではないというのに。
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