第87話 乱獲千金をひとつまみ

「本当かい!? リグマの旦那」


「ああ、ダンジョンごとに利用時間は分けているが、ちゃんとお前さんたちも利用できるぜ」


「そりゃあ助かる。人間、食をおろそかにすると生活に彩りが不足しちまうからな」


「マギレマの飯はうまいぞ~。まあ、せいぜいうまい飯食ってバリバリ働いてくれ」


「オーケー。これからもがんばらせてもらうよ」


 リグマとロペスがパエリアみたいなものを食べている。

 二人だけじゃない。食堂を利用している者たちは、みな俺が知っているような料理を食べているようだ。

 ゲームの世界ということだから、知らない料理しかないかと思っていたが、そういやりんご飴とかあったしな。

 ゲームの世界だからこそ、食べ物は俺がよく知っているものばかりなのだろう。


「どうですか? レイ。マギレマは私の部下。つまり私と一緒にいるかぎり、この料理が毎日食べられるんですよ。お得ですよね」


 フィオナ様がよくわからないアピールをしてきているが、要するに俺の裏切りとか懸念してる?

 いや、俺が捨てられるってことはありえても、こちらから魔王軍を去ることはないんだけどなあ。


「フィオナ様が俺を見限らないかぎりは、俺はフィオナ様と一緒にいるつもりですよ」


「へ、へ~。そうですか。当然ですよね! レイは私のなんですから!」


 そうだけど。これはなんの確認だろう?

 なんだか急に上機嫌になったが、不機嫌になられるよりはいいので深く考えないでいいか。


「しかし、これだけの料理を作れるなら、宿の近くに食堂を作るだけで繁盛しそうですね」


「そうですね。マギレマの料理は人類にも負けない腕ですからね」


「まあ、マギレマさんは一人しかいないので、各ダンジョンに食堂を作るわけにはいきませんけど」


「そうなんですよね……。マギレマの部下の調理師たちが蘇生できれば、各々に食堂を任せることができそうですけど」


 ああそうか。料理長というくらいだし、マギレマさん以外にも調理師はいたのか。


「蘇生薬がまだまだ足りませんね……」


「私の予感では次も当たると思うんですよ」


「それは予感というか願望ですね」


 今のペースだと、蘇生薬の大量生産なんて夢のまた夢だからな。

 フィオナ様の魔力がもっと短時間で回復できるようになるか、あるいはダンジョン魔力をもっと大量に貯めることができれば……。

 結局のところ、客足を増やす方法は思い浮かばないな。


「あ~、ボスちょっといいかい?」


 食事をしながら考え込んでいると、ロペスが遠慮がちに話しかけてきた。

 リグマやピルカヤには慣れたようだが、なぜか俺をその二人以上に恐れているふしがあるからな。

 四天王どころかロペスにも負けかねない俺に、なにをそこまで恐れることがあるのかは知らないが。


「どうした? ロペス」


「食事中すまないが、今の仕事についてちょっとした意見があってな」


 なんだろう。風間かざまたちとわりとうまくやっている、というのが俺の認識だったが、なにか問題が起きたか?

 続きを促すと、ロペスはやはりわずかに緊張しながら話を続けた。


「俺やタケミたちは、ドワーフたちの国のダンジョンで商店を経営しているだろ?」


「ああ、売上は順調でよく働いてくれていると聞いているが」


「どうせなら、別の儲け話に興味はないかい?」


「別の……?」


 どうやら、ロペスにはなにか考えがあるみたいだ。

 というか、なんかやけに生き生きとしているな。

 こういう話が好きなのかもしれない。


「プリミラの姐御って、上質な回復薬を量産できるんだろ?」


「そうだな。ロペスを捕まえた畑で材料を栽培しているから、ある程度の数は作れるぞ」


「うっ……その節はすまなかった」


「いや、被害はなかったし別にいいよ。それで、回復薬が量産できることが、どんな儲け話とつながるんだ?」


「元々、俺たちがあの畑の薬草を狙ったのは、薬師と高額で取引できるからなんだ」


 薬草の品質とかはよくわからないが、高額で取引ということはきっと普通よりも上質な薬草を栽培しているんだろうな。

 彼女の作った野菜はマギレマにも好評だったからな。さすがはプリミラだ。頼りになる。


「その薬師に薬草か回復薬を売るってことか?」


「いや、そいつが薬草を求めていたのは、獣人たちに回復薬の需要があるからみたいでな」


 そうなのか。獣人たち戦うの好きみたいだからな。

 怪我をする頻度も高いので、回復薬の需要は高いのだろう。


「だから、その需要を全部ボスが奪っちまえばいい」


「安値で回復薬を売るってことか?」


「いや、値段は十分安いから、あとは供給さえ安定してやればいい」


 たしかに、今の商店は回復薬の売れ行きがいい。

 特に獣人たちのダンジョンに備え付けた商店では、連日回復薬が売りきれているほどだ。


「プリミラに回復薬の生産数を増やすように頼んでみるか……」


「それと、ダンジョン以外で売るのはどうだい?」


「ダンジョン以外……街まで売りに行くってことか?」


「ああ、今の回復薬は品質も値段も他の店舗じゃ太刀打ちできないほど良質さ」


 フィオナ様のはずれはともかく、プリミラが作った回復薬だからな。

 効力の高さは間違いないだろう。


「それでもダンジョンの中の店だからと、購入を躊躇っているやつも一定数いるんだよ」


 まあ、ぶっちゃけ怪しいよな。

 むしろ、よくここまで順調な売上を伸ばせるほどに客がきてくれるものだ。


「その一定数も抑えちまえば、獣人たちの客はボスが独占できるぜ」


「なるほどな……」


 回復薬だけの販売の独占がどれほど効果があるかはわからないが、できるならしておいたほうがいい。

 だけど、問題となるのはダンジョンまで買いに来ない獣人か……。


「どうやって、街まで売りに行くか。そこが問題だな」


「リグマの旦那はどうだい?」


「リグマか……。さすがに、これ以上は仕事が多すぎる気がするんだよなあ」


「そうだぞ! おじさん倒れちまうからな!」


 あ、話聞いてたのか。

 でもまあ、リグマの意見はもっともであり、倒れられても困る。


「旦那……けっこう余裕あると思うんだけどな」


「よ~し、ロペス。お前とは話し合いが必要らしいな。どうやら、お前さんには俺の苦労を聞かさないとならないらしい」


「いや、まあ愚痴くらいなら聞くけどよ……」


 もしも本当にリグマに余裕があるとしても、他の魔族より仕事量が多いのはたしかだ。

 なら、やっぱりこれ以上の仕事をふるのはよくない。


「良い案だと思ったんだがなあ……」


 ロペスも、リグマの様子を見て計画の頓挫を察したらしく、諦めるように呟いた。


「いや、諦めることはないんじゃないか?」


「レイくん!? おじさんほんともうきついんだけど!」


 うん。それはわかっているから落ち着いてくれ。

 リグマを下手に酷使するつもりはない。


「要するに、街まで薬を売りに行く人材が必要なわけだ」


「俺しかいねえじゃん……。全員魔族なんだからよお」


 たしかに、フィオナ様も他の四天王も俺も、全員魔族なので街まで行くわけにはいかない。


「ロペスに頼めばいいんじゃないか?」


「あ~、そういうことになるのか」


「……おいおい、そんな簡単に外に出しちまっていいのかい?」


「いいんじゃないか? というか、風間たちに聞いていないか? あいつら休日はふつうに外に出ているぞ」


 俺は一向にかまわないが、ずっとダンジョンにこもったままでは、あいつらも気が滅入るだろうと思っての施策だ。

 転生者に限らず、従順に働いてくれている者であれば、現地人だろうと許していることだし、ロペスもその対象だったりする。


「そこまでの信頼を得られているとは思っていないんだがねえ……」


「どちらかというと、ピルカヤへの信頼だな」


「ピルカヤの旦那の?」


「外出中はピルカヤに監視してもらうから、なにかあったら焼いてもらうようにしているんだ」


「……オーケー。おかしな真似はしねえさ」


 納得したのか。ロペスは両手を上にあげて、引きつった顔でそう言った。


「それじゃあ、プリミラに話をつけてくるから、うまいこと獣人たちに薬を売ってくれ」


    ◇


「旦那」


「どうした?」


「ボス。やっぱりこええな……」


「レイくん。あれで自覚ねえからな。まあ、せいぜい裏切らないようにしてくれよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る