第86話 犬足魅惑のカポクオーカ

「おお、犬……」


 真っ黒な犬が、俺の匂いを嗅いでいる。

 思った以上に犬だ。というか、完全に犬だな……。犬獣人とかでさえない。

 この子がマギレマか。かわいいじゃないか。だけど、本当に料理なんてできるんだろうか。


「レイ。それはマギレマの足です」


「え」


 フィオナ様の声を聞き、目の前の犬ではなく全体を見ると、似たような犬が何匹もいた。

 犬と言うには、体が少しおかしい。上半身まではいいのだが、下半身はやたらと胴が長い。

 というか、それらの犬は美女の腰あたりから、まるでタコの足のように生えている。

 上半身が金髪に美女。下半身が胴の長い何匹もの犬。それがマギレマさんという魔族らしい。


 マギレマ 魔力:72 筋力:68 技術:87 頑強:69 敏捷:75


 ステータスは、意外なことにかなり高いな。

 上位モンスターたちよりも明確に上で、四天王ほどではない。

 もしも上位モンスターより先のガシャが解禁されたら、このくらいのステータスなんだろうか。


「魔王様。お久しぶりです」


「ええ、久しぶりです。マギレマ。あなたの腕を披露してもらうために、此度こたび蘇生してもらいました」


「ミラちゃんがいるってことは、もしかして四天王は全員?」


「はい。レイのおかげで順調に……順調に蘇生は進んでいます」


 俺というかフィオナ様のおかげだけどな。

 そして、順調にの部分で詰まったのは、これまでのガシャ結果を思い出してのことだろう。


「レイというのは、え~と。そこにいる?」


「ええ。全滅後の魔王軍復興に尽力してくれているのです」


 犬たちと本体がこちらを見つめてきた。

 犬に至っては匂いを嗅いでるし、食われたりしないよな?


「そうでしたか。ありがと~レイくん。あたしはマギレマ。見てのとおりスキュラだよ」


 よかった。わりととっつきやすい魔族みたいで、こちらを歓迎してくれているみたいだ。

 忘れがちだが、俺は新入りだからな。古参の魔族たち全員が受け入れてくれるとも限らないだろう。


「お、本当にマギレマ復活してるじゃねえか」


「やっほ~、マギレマさん。久しぶり~」


「あ、おっちゃんにルカちゃん。久しぶり~。さっき生き返らせてもらったよ~」


 おそらくピルカヤから聞いたのだろう。マギレマさんの復活を聞いたリグマがピルカヤと共に入室した。

 三人の様子からすると、四天王と料理長といっても、わりと友好的にやっていたみたいだな。

 相変わらず、真の意味でアットホームな職場なんだな。ここって。


「酒はプリミラが作ってくれたが、料理がねえ。期待してるぜマギレマ」


「はいは~い。料理長に任せなさい」


 料理長か。そういえば下半身犬だけど、調理場に毛が混入とか平気なんだろうか。

 ほら、言ったそばから犬から毛が抜け落ちて……消滅したな。


「どうしたの? レイくん。あたしの足がそんなに気になる?」


「いや、今その犬から抜け落ちた毛が消えたなと思って」


「ああ、いい子でしょ? この子たちの体毛は魔力に溶け込むからね。調理中とかも、安心だよ」


「魔力……。ってことは、魔力回復に使えたりは」


「あはは。しないしない。何本集めても足しにならないくらいの微小な魔力だよ。だから、すぐに消えちゃうんだよね」


 なるほど……だからこそ、料理の際に邪魔にならないってわけだし、マギレマさんにとってはそのほうがいいのかもな。

 納得したところで、フィオナ様が不満そうな顔でこちらを見つめ……にらんでいることに気づいた。


「フィオナ様どうかしましたか?」


「……フィオナ様?」


「別に~? そんなに足を見つめたいなら、私の足でも見つめればいいんじゃないかと思っただけですけど~?」


 いや、待ってくれ。

 なんか変な誤解が生じている気がしてきた。


「足って、犬を見ていただけで……」


「じゃあなんですか!? 私も足を犬にすれば、レイは私の足を視姦しかんするってことですか!?」


「しませんって……」


「なんでしないんですか!」


 どうしろっていうんだ……。


「ね、ねえねえミラちゃん。魔王様、なんかすごい面白いことになってない?」


「レイ様のおかげです」


「ふんふん……あ~、なるほどね。そういうことか」


 当のマギレマさんは、すでにプリミラと雑談し始めてしまった。

 不穏な気配をすぐに察知して、早々に安全な場所に退避したか……。

 なんて手際のいい……これが魔王軍の料理長の実力か。


「聞いていますか!? やはり料理ですか!? 料理のできない女は問題ですか!?」


「いえ、落ち着いてください。フィオナ様は、今のフィオナ様のままが一番ですから」


 たしか、フィオナ様の料理ってあまり……という話だったな。

 これで料理に目覚めるのはいいが、とんでもない料理の味見をさせられたら、魔王軍がとんだパワハラ組織になってしまう。

 せっかくの魔王軍がそうなることは阻止しないといけない。


「そ、そうですか……ええ、わかればいいのです」


 よかった。なんとか、落ち着いてくれたみたいだ。


「おもしろ~。魔王様、楽しい方になったんだね~」


「だろ? 昔よりさらに居心地いいぞ」


「それじゃあ、そこをさらに快適にしますか! あたしの料理でね」


「期待してるぜ~。おじさん一日の労働の癒しがほしいのよ」


 あっちはあっちで話がまとまりそうだな。

 当然だが、マギレマさんはこれから料理人として、魔王軍で活躍してくれるみたいだな。

 ……そうなると、やっぱり欲しいなあ。食堂みたいな場所。


「試してみるか」


「レイ? どうしました?」


「ちょっと、無駄に大量に部屋を作ってみます。いや、宿屋や商店のほうがいいか……」


「レイ?」


 というわけで、余っている魔力や魔力回復薬の過剰魔力を消費して、俺は次々と施設を作ってみる。

 さすがに侵入者がいるダンジョンだとまずいので、地底魔界の本拠地の開いている区画にしておいた。


「ど、どうしましょう。レイがおかしなことを」


「わりと、いつものことのような気がしますけどねえ」


 さすがピルカヤ。常に様々な場所を監視しているだけあって、俺のダンジョン改築にはもう慣れっこだ。

 だけど、まるで奇行のように言われるのは少し心外だ。


「出ない。条件が違うか? いや、もう少し」


「レイ~。どうせ魔力を使うならガシャがいいですよ~。一緒に回しましょう?」


「できた」


 マギレマさんが蘇生したためか。

 あるいは、単に今までの建造数では不足していたのか。

 とにかく、今回大量の施設を作成したことで、狙いどおりにそれは解禁された。


 食堂作成:消費魔力15


「フィオナ様。食堂が作れるようになりましたけど、マギレマさんにはどこで働いてもらいます?」


「え!? レイくん建造魔法使えるの?」


「いや、建造魔法というか、ダンジョンをいろいろ便利にできるんで」


「なるほど~。魔王様が惚れこむわけだねえ」


 おかげさまで重宝はされているよ。

 今後もフィオナ様のために、快適なダンジョンを作っていかないとな。


「こほん……え、ええと、マギレマには、今までのように私たちの食事を作っていただきます」


「承知しました。でも、魔王様。魔王軍ってそんなに蘇生したんですか? ここにいる方たちと、ネムちゃんだけだと、あたしの仕事全然なさそうなんですけど」


「従業員がいるんだよ。こっちに協力した転生者や他種族。あとは、捕獲して労働させている他種族がな」


「無理やり労働させているのはともかく、協力かあ……。ルカちゃんじゃあるまいし、あの女神をよく裏切ったね」


「プリミラの酒に釣られた」


 この中で唯一飲んでいるからか、リグマの言葉にはやけに実感がこもっていた。

 でも、ドワーフが認めるどころか欲する酒だもんな。そんなものを作れるとは、さすがはプリミラだ。


「まじ? ミラちゃん、いつのまにそんなお酒作れるようになったの?」


「レイ様の畑のおかげです。品質や大きさ、それに収穫量も通常よりはるかに上回っていますので」


「レイくん。もしかしてできる男?」


「ダンジョン関連だけは」


 そう言うと、再び犬たちが一斉に俺を観察する。

 本体ともいえるマギレマさんのほうは、なんかにやにやとしているから敵意はなさそうだな。


「おにあいかもね~」


 なにがだろう……。


「まあいいや。改めてこれからよろしく。食材さえあれば、なんでも作っちゃうよ」


 地底魔界の拠点よりに、しかしすでに稼働中の他のダンジョンからも通えるように、そんな場所に食堂を作成すると、マギレマは大いに喜んでくれた。

 きっとこれからは、魔族やうちで働いている従業員たちが、ここを利用することになるんだろうな。


    ◇


「本当に蘇生していたか。久しぶりだなマギレマ」


「お、ネムちゃん久しぶり~」


「料理長だけで手が足りないだろう。私は剣には自信がある。食材を切るのを手伝おう」


「あはは~……ネムちゃん、まな板ごと斬るからやめてね」


「そうか……」


 悲しそうにしていたリピアネムだったが、マギレマさんからハンバーガーのような食べ物を与えられると、ご機嫌になって去っていくのだった。

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