第84話 「死にたくない」その一点においてはよく似ている

「なるほど、君はスペインとアメリカのハーフなのか」


「ああ、もっとも今は混じりっけなしのハーフリングだがな」


 なのに相変わらずハーフとつくことが、なんだかおもしろいもんだ。

 ボスの紹介で、かつてドワーフたちに雇われて侵入していたダンジョンの商店へ配属された。

 そこにいたのは男一人に女二人。元々日本人であり、現在は人間のタケミとアラタとトモカだった。


「君の判断は正しいと思うよ」


「ああ、そうだろうな」


 なんせ、あのビッグボスを倒せなんて言われていたんだ。

 ジノのやつには悪いが、あいつの長い寿命で一生をかけても勝てるビジョンが見えない。

 日本出身というわりには、こいつらもそういう危機察知能力があるということか。


「レイさんは、僕たちの働きを正しく評価してくれているからね」


「ん?」


 なんだか話がかみ合っていないような気がする。

 魔王軍の圧倒的戦力の話ではなかったのか。


「タケミ。あんたボスやビッグボスと戦ったかい?」


「レイさんと魔王様のことかい? いや、そうだね……たぶん、僕たちじゃ勝てないだろうね」


 よかった。ちゃんとその認識はあるらしい。

 これから同僚となる男だ。そのへんをわきまえずに、ボスに逆らって連帯責任なんて勘弁だからな。


「でも、武巳たけみは勇者だからね。がんばれば、そのうち魔王様にも勝てるよ」


「ええ、レベルを上げ続けたら、最後には魔王様よりも強くなれるはずよ」


 おいおい……ビッグボスに会ったんだよな?

 それでその考えだっていうのか? 日本人の気質なのか、それともこいつらがそうというだけなのか。

 どちらにせよ、俺たちは魔王軍の転生者なんだ。下手なことされて連帯責任なんてごめんだせ。


「いや、きっと勝てないと思うよ」


 新人が生意気なことをと思われようが、注意喚起でもしようと思ったその時。

 タケミのやつが、ガールフレンド二人に穏やかな声でそう言った。


「だ、だって、勇者に聖女に賢者よ? そんな力とともに女神様に転生させられたとなると、私たちが期待されていたってことじゃないの?」


「どうだろうね。案外女神様は適当に力を与えているかもしれないよ」


 どうだかな……。

 手癖の悪い俺は開錠の力だったし、案外相性のいい力を授けているのかもしれないぜ。

 それにしても、勇者、聖女、賢者ねえ……。もしかして、こいつらの素質はとんでもないんじゃないか?

 もとよりそのつもりだったが、仲良くしておいて損はないな。


「それでも……武巳が勇者なことには変わらないよ」


「ああ、だけど僕たちは精一杯頑張っているつもりだったけど、そうじゃなかったらしい。国松くにまつみたいに、がむしゃらにやらないといけなかったんだろうね」


「じゃ、じゃあ、今からでもレベルを」


「だから、僕はこの商店でがんばって働くよ。カールさんから石の加工を教わりながらね」


 へえ……。言っちゃ悪いが、お気楽な日本人に見えていた。

 だけど、タケミのやつ、これでなかなか身の振り方をちゃんと考えているのかもしれないな。


「オーケーブラザー。それじゃあ、まずは新入りに仕事を教えてくれ」


 まあ、こいつらと会えて安心したのも事実だ。

 もしもビッグボスが転生者や魔族以外を敵視して、過酷な労働をさせているのなら、こんなおしゃべりしている余裕もないだろうしな。

 案外、実力主義で種族を気にしない方なのかもしれない。

 であれば、せいぜいさかしく立ち回って、生き延びようじゃないか。


「ああ、もちろんだとも。ところで」


「ん、どうした?」


「ロペスはどんな力を持っているんだい」


 ……本気で聞いているなこれ。

 こういうのって、隠しておくべきかと思っていたんだが、こいつら平然と俺の前で口にしていたしなあ。

 じゃあフェアじゃないか。別に隠すような大層な力ってわけでもないし、交流の一環として言っておくか。


「俺のは開錠だよ」


「開錠……どんな鍵でも開けられるとか?」


「まあ、それもあるが、もうちょい範囲は広いみたいだぜ」


 見たほうが早いと思い、足元に転がっていた手ごろな大きさの石に鍵をさす。

 そして開錠。岩は扉が開くように半分に割れた。


「とまあ、この程度のせこい力さ」


「いや、とんでもない力じゃないか? 僕たちに使われたら、一瞬で倒されるし」


「生き物には効かねえ。植物や木も無理だった。魔法や炎や電気もだな。制限が多くて泣けてくる」


 俺にできるのは、せいぜいせこい鍵開けと、岩肌をわずかばかりに崩すくらいが関の山だ。

 世界を救う勇者ってガラじゃねえな。ジノやタケミとは違うのさ。


「それ」


「ん?」


「このダンジョンの壁や天井を崩さないように気をつけたほうがいいね」


「……もちろんさ。忠告感謝するよブラザー」


 ああ、もちろんだとも。

 俺の力はボスの支配下では押し負けるとわかった。

 そのうえで、ピルカヤの旦那からしっかりと念を押されている。

 ダンジョンはビッグボスとボスの財産。俺の力で傷つけようものなら、その瞬間に火だるまだってな……。

 そんな、なんの得もないことしてたまるかよ。


    ◇


「案外うまくやっていけそうだねえ」


「う~ん……」


 ロペスは畑の薬草を盗みに入ったやつだ。

 風間かざまたちは、打倒フィオナ様のためにダンジョンに侵入した。

 時任ときとう奥居おくいは、なかば無理やりダンジョンに連れてこられて投降した。


 わりと異なる転生者たちだけど、今のところ真面目に働いてくれているし敵意もない。

 ロペスが敵意を持っていないことはわかっているし、彼もまた真面目に働いてくれるだろう。

 だからこそ……後悔? あるいは文句? 自分でもどんな気持ちか整理がつかない。


 俺は転生者を殺した。

 その転生者たちは、俺たちは殺されて当然だと、殺そうとしてきた。

 あいつらが、うちの転生者たちみたいに話ができるようなら……。

 いや、違うか。今うちに所属している転生者たちも、力に屈したからこそだ。

 結局、力を示さなければ話もできない?


「とうっ!」


「……フィオナ様。なにするんですか」


 額に軽い衝撃が走った。どうやらでこぴんされたらしいな。

 筋力がリピアネムの80倍くらいのでこぴんだ。

 フィオナ様が、力加減できる魔族でよかった……。


「あなたは私の部下です」


「はい。そうですけど」


「ならば、あなたのしたことは、すべて私の命令によるものです」


「いや、それは……」


「いいですね?」


「……はい」


「なにがあろうと、私は一生あなたの味方です」


 フィオナ様に考えが筒抜けだったらしい……。

 ああ、くそ。魔族として生きると決めたのに、なにをうじうじと……。

 腹をくくったんだから、俺は魔族のためにダンジョンを改築し、侵入者に対処すればいいんだ。


「なるほど! 魔王様は、レイ殿の功績は魔王であるご自身のものだとおっしゃりたいのですね!」


「違いますけど!?」


「魔王様。功績は正しく評価すべきですよ」


「してますけど!?」


 リピアネム天然はともかく、ピルカヤはいつにも増して真剣な表情だ。

 さすが、社畜精霊。正しく評価されないことは、たとえ他人であっても許しがたいのだろう。

 だけど、そういうのじゃないから安心してくれ。

 ちゃんと俺たちのこと見てくれているし、考えてくれているよ。この魔王様。


    ◇


「ロペス。悪いけどちょっときてくれ」


 ボスに呼び出された。

 心当たりがないが、どうやら説教という雰囲気でもない。

 ならば、堂々としていればいい。無駄に気の弱い部下なんて、ボスからしても使いにくいだろう。


「これは、宝箱かい?」


「ああ、ロペスの力。開錠で開けてほしい」


「それは、かまわねえが……あのよボス。この宝箱、元から鍵なんてかかってないようなんだが」


 普通に手で開けられるだろ。これ。


「そうだな。だけど、開錠で開けてほしいんだ」


「壊れちまうぜ?」


「問題ない」


 そこまで言うのなら、逆らうつもりはないが……。

 念のため箱が壊れることも言っておいたから、これでボスの財産を破壊して火だるまなんてことにもならないはずだ。

 そもそも、ボスの頼みだからな。ピルカヤの旦那も、そんな理不尽な真似はしないだろ。


「開錠」


「へえ。やっぱりすごいな。その力」


「そう言ってもらえると悪い気はしねえな」


 身内には優しいのか、そんな世辞を俺にまで言ってくれるとは、あの恐ろしい死の予感をさせる方とは思えないな。

 いや、敵には容赦がないってだけか。そういう人間なら、転生前でもわりと見てきたしな。


「中身は……うん。そうだよな」


 宝箱の中身。俺もこれでハーフリングとして、ダンジョンの宝箱をいくつか獲得したことはある。

 だから、中身が気にならないと言ったら嘘になる。

 そんな俺の様子を察してくれたのか、ボスはその中身を見せてくれた。


 ……おいおい。あれって、とんでもない値打ちもんの薬だろ。

 一見して宝石のように見えるが、あれはただの容器で本命は中で銀色に輝く液体だ。

 万能薬。市場で出回ることはまれで、出回っても雲の上の高額で取引される。

 あらゆるバッドコンディションを治療するというのだから、それにも納得するというものだ。


「……そうですか」


「!?」


 扉が開いたと思ったら、奥からビッグボスが現れた。

 それはいい。この場所はビッグボスのものなんだから、どこにいようと勝手だ。

 問題は、明らかに不満そうなそのしぐさ。

 なにかヘマをやらかしたか? 生きた心地がしない。手は汗でびちょびちょだ。


「ロペス、ありがとうな。助かったよ」


「お、オーライ。ボス」


「急に呼び出して悪かったな。戻っていいぞ」


 頭を下げて礼を言って、俺は逃げるようにその場から立ち去った。

 きっとボスのはからいだろう。あの人はビッグボスの機嫌を損ねた俺をかばってくれたようだ。

 ……はあ。やっぱり逆らうなんてとんでもないな。なあジノ。お前、本当にあの方たちと戦うのかい?


    ◇


「だめじゃないですか。ロペス驚いてましたよ」


「すみません。はあ……あ~あ。天井があればいいんですけどね~!」


「怒らないでください。疲れたらよけいに気分が落ち込みますよ」


「う~……じゃあ、レイが慰めればいいじゃないですかあ!」


「はいはい……」


 開錠の力。絶対に宝箱の中身がいいものになると、意気込んだフィオナ様だったのだが……。

 結果は万能薬。リグマの親戚みたいな色をした液体だった。

 フィオナ様がすでにハズレで何度も入手しているからか、一時期リグマになんとかしてくれと無茶を言っていた。


 今回も期待した結果が万能薬だったので、思わずこちらの部屋に入ってきて不満そうにするのだから困ったものだ。

 ロペスも呆れてたからな。さすがにこの面倒なフィオナ様にからまれたらかわいそうだし、退室をうながして正解だった。


「なでなさい」


「はいはい」


 フィオナ様が望む力を持った転生者なんて、そうそう味方にならないだろうに。

 なんだか、宝箱ガシャにくわえて転生者ガシャまで始まってないか?

 その場合、俺はどの程度の価値になるのだろう。

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