第79話 住めば都の魔王軍

「暗影の指輪。便利だな」


「大事にしておいたほうがいいぞ。魔王様の贈り物なんだし」


「ああ、それは当然。しかし、効果のほうもかなり役立つから助かるよ」


「効果って言ってもなあ。なるたけそれが効果を発揮しないように、レイは後方に隠れていた方がいいんじゃないか?」


 リグマの言うことはもっともだ。

 俺はどうにもステータスが上がっても雑魚のままだからな。

 戦闘の際に前に出るのは、なるべく避けたほうがいいのだろう。

 それでも、俺も現場に行くべきときはあるし、なにより敵が奇襲してくる可能性だってある。

 だから、この指輪はそんな時のための保険としても役立ってくれている。


「姿を消して身を守るっていうほうは、なるべく使わないに越したことはないな」


「そうそう。戦うのは、それこそリピアネムに任せておけって。あいつから仕事奪ったら泣きつかれるぞ」


「そんな、フィオナ様じゃあるまいし……」


「いや、それはそれでどうかと思うのよ。おじさん」


 まあ、そこはいまさらだ。

 あの魔族だってやるときはやる魔族なので、普段はポンコツでヘタレていてやる気がないくらいがちょうどいいのかもしれない。

 それはそうと、この指輪の可能性についてだ。


「この指輪。敵から隠れる以外で使い道があることがわかったのはありがたい」


「それって……ああ。そういうことか」


 さすがはリグマだ。大体察してくれたらしい。

 ということで、ちょっと従業員面談といこうじゃないか。


    ◇


 時任ときとう芹香せりか 魔力:12 筋力:10 技術:27 頑強:9 敏捷:28


 おどおどしながら時任が入ってきた。

 まあ、そうだよな。あんなことがあってすぐに、再び面談なんて言われたらそうなるだろう。

 目の前で、モリーが焼かれる姿を見てしまったのだから。


「あ、あの~レイさん。私、今日の選択肢は焼死の結果もなかったので、安心していたんですけど……」


「はい、合格。まあ知ってたけど」


「え~……すみません。元人間の私には、魔族の方の考えを理解するのが難しく……教えていただけたら助かります」


 俺だって元人間だし、なんなら同郷なんだけど……。

 まあいいや、抜き打ち審査は終わった。というか、二人に関してはやる意味ないって知ってたけど、ついでだ。


「真面目に働いているかチェックしていた。まあ、時任はピルカヤの報告で知ってたけど、ついでだし話を聞いておこうかと思って」


「な、なるほど……。話ですか」


「ここで働いていて不満とか要望とか、なんかあるだろ」


「い、いえ、滅相もない! 人員も増えて仕事量は減りましたし、生きているので問題ありません!」


 最低限のラインがえらく低いのは、やはり魔族に怯えているっていうのが理由だろう。


「なんかないのか? 休み中やることないから外出許可とか、嗜好品が欲しいとか」


「えっと~……いいんですか?」


「ああ、時任は今のところ裏切らないっぽいし」


 俺の姿が見えなくなっているのなら怪しいが、しばらくは商店の店長として働いてくれるだろう。

 裏切らないように、最低限の生活だけでなく、もう少し色々と融通しておかなければ。


「外出なんか許していいんでしょうか?」


「ピルカヤががんばるから」


「あ~……」


 時任は納得したような顔をした。

 そして、すぐに気持ちを切り替えたのか、いろいろと考えを巡らせているようだ。

 こいつわりと心が強いよな。すぐにこうやって切り替えられるところとか。


江梨子えりこちゃんを誘ってお出かけしてみたいです!」


「じゃあ、事前にピルカヤにでも知らせてくれ。最悪ダートルあたりに店を任せるから」


 おじさん聞いてないんだけど!? という声が、なぜか聞こえた気がする。

 諦めてくれおじさん。時任がなんだか楽しそうだし、今さら無理ですと言うのもさすがにかわいそうだ。


「それじゃあ、今後もなにかあったら誰かに伝えてくれたら、考えるだけ考えるんで」


「はい! ありがとうございます!」


 退室を促したら、深々と頭を下げて去っていった。

 なんか、若干の社畜精神が見えなくもないが、俺たちのせいかもしれないし、可能な限り快適な生活を送ってもらおう。


    ◇


 奥居おくい江梨子 魔力:18 筋力:25 技術:26 頑強:15 敏捷:27


 時任よりもやや礼儀正しく入室してきた。

 視線は俺に向けられている。ということは……。


「奥居、合格」


「な、なにがでしょうか!?」


「真面目に仕事しているか、各従業員に判定と、あとは意見要望を聞いているところだ。なんかないか?」


「……なんでも言っていいんですか?」


 ということはなにかあるってことだな。

 ここで溜め込まれて、モリーのような被害を出すことはこちらも望んでいない。

 ……あいつの場合は、最初からこちらを裏切るつもりだったから、一緒にするのは失礼か。


「別になんでもいいぞ。俺やフィオナ様への不満でも、ピルカヤがうざいとかでも、何言っても罰はない」


「い、いえ……そんなことは。えっと、そんなことかもしれません。すみません」


 最初は否定したが、訂正された。

 そうか。俺たちってやっぱり従業員にとっては、あまり気分のいい存在ではないよな。

 まあ、当然だ。捕獲して無理やり働かせているわけだし、そのへんの文句はあって当然だろう。


「かまわないから言ってくれ。要望を叶えられるかはわからないが、聞くだけでも聞いておきたい」


「はい……。では、その……リピアネム様が、たまに手伝いにきてくださるのですが、その……」


「邪魔するなって言っておく」


「いえ……はい……すみません」


「こっちこそ、なんかすまない」


 ピルカヤも止めてくれ。

 リピアネムには、まだまだ店員の仕事なんて早い。


「それだけです」


「それだけなのか……」


 なんか胸のつかえがとれたように、やけにすがすがしい顔をされてしまっては、こちらもそれ以上はなにも言えない。

 善意ある怪物リピアネム。彼女は今日もどこかで破壊の限りを尽くしているのだろうか。


    ◇


 風間かざま武巳たけみ 魔力:25 筋力:30 技術:24 頑強:38 敏捷:36

 世良せらあらた 魔力:39 筋力:5 技術:29 頑強:20 敏捷:18

 はら友香ともか 魔力:30 筋力:7 技術:37 頑強:19 敏捷:21


「どうも、お久しぶりです」


「こんにちは~」


「お疲れ様です」


 なんで三人同時に……。

 まあいいか。かろうじて全員が俺を認識しているとわかったしな。

 他の二人に調子をあわせたというわけでもなかったし、こいつらも敵意はなしと。


「風間。なんか話し方変わったか?」


「う……その節は、どうも失礼しました」


「武巳は、カールさんの下で働いてから、態度に気をつけるようにしたんです」


 世良が説明してくれたが、なるほど……この三人の前に商店を任せていたドワーフだ。

 今では、フィオナ様のための魔石を加工してくれている職人だな。


「優秀だからなあ。あのドワーフ」


「そうなんですよ!」


 なんか風間にやけに喰いつかれた。

 いや、待てよ。カールは石の加工に専任するようになった。

 この三人が代わりに店を切り盛りしているはずなのだが、カールの下で働くってなんか言い回しが気になる。


「師匠はすばらしい石職人です! 僕も最近では、師匠に石の加工を教わっているんですよ!」


 そんなことになっていたのか。

 ピルカヤは、その辺のことまでは報告していないからな。

 ダンジョンやフィオナ様に害がなければ、好きにやればいいという考えが彼らしい。

 しかし、すごい剣幕だな。よほど、その石加工が楽しいのか?


「そうか……まあ、カールみたいな魔石加工ができるのなら、こっちも助かるけど」


「さすがは魔王様の側近! 師匠の仕事を正しく評価してくれるんですね!」


「うちは、優秀な人材なら別に種族関係ないからな。風間たちが商店にきてくれて助かってるし」


「!! ……なんということだ。僕はまだまだ固定観念にとらわれていた。人間の王たちはついぞ、僕たちを評価することはなかったというのに、魔族の方々は正しい評価をしてくれている」


 いや、偉く感動されているけど、人間たちのところにいたときのお前らの活躍は知らないから、何とも言えないぞ。


「やったね武巳! 側近さんは、ちゃんと見てくれているんだよ!」


 あ、これはまた自分たちの世界に入り込むやつだな。


「でも、あんまりカールさんに迷惑かけちゃだめよ? それにせっかく側近さんが評価してくれているんだから、お店のほうもがんばらないと」


「ああ、当然だとも! だけど、もうすぐできそうなんだ」


「できそうって、なにが……?」


「新と友香に贈る指輪さ」


 ああ、それで石加工の弟子入りか。

 だけどこれ以上この場で惚気のろけられても困る。


「意見や要望があったら、ピルカヤやカーマルあたりに伝えてくれ」


「はい!」


 返事はいいんだよなあ……。

 まあ、自分たちの世界に入り込んでも、以前と違ってこちらを無視しなくなっただけましか。


    ◇


「おつかれ~。大変だねえ。わざわざ全員の面談なんて」


「俺は小心者だからな。内部に裏切者がいたら怖い」


「でも、結果は問題なかったみたいだね。これからは、引き入れるときにわかるだろうし、見つけ次第ボクが焼いておくよ」


 モリーのことを相当根に持ってるな。

 まあ、とりあえずは転生者も現地人も敵意はもっていないみたいだ。

 現地人はほとんどが諦めか開き直り。転生者はわりと順応しているように見える。


 今後の従業員の確保の際も、できれば転生者のほうがいいのかもしれないな……。

 いや、モリーも転生者だったから、その考えは軽率か。

 今のところ、転生者はステータスの名前で判断できるが、モリーみたいなのが紛れ込んでいたら怖いなあ。

 今後も抜き打ちで敵意のテストは続けるとしよう。


「…………」


「ところで、なにしているんですかフィオナ様」


「しー……私は敵から身を隠しているところです」


「隠れられていません。私は敵ではありませんし、そもそも暗影の指輪は四天王である私には効果を発揮しません」


「プ、プリミラ……。違うのです」


「違いません。暗影の指輪では私から隠れられませんし、魔王様が私の畑の魔力の実を食べ尽くしたとしても、私は魔王様の敵ではありません」


「お説教するじゃないですか!」


「します」


 ……なにしてんだろう。この魔族。

 俺の陰に隠れていたフィオナ様は、小柄なプリミラに片手で引きずられながら去っていった。

 あれは、きっと長時間のお説教コースだな。


「魔王様を見ていると、レイのほうが暗影の指輪の効果をうまく使ってるよね~」


「まあ、お説教から逃げるよりはな……」

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