第69話 ふってわいたようなパニック・ルーム

「待った」


「どうしたの? 忘れ物でもした?」


 昨日はそれで帰ったけれど、今日こそは忘れ物はない……と思う。

 それよりも、なんだかこのまま進んだらよくない気がする。

 勇者としての勘だろうか。とにかく昨日よりもダンジョンからは、嫌な予感が漂っているような気がするんだ。


「いや、進もう」


 だけど、今日こそはダンジョンに挑戦しないとな。

 思っていたよりも攻略は進んでいない。

 やはりダンジョンという不慣れな場所のせいか、やけに体の調子が悪くなったり、些細なミスが多くなってしまっている。

 そのたびに引き返していたけれど、このままでは時間がない。


 ダンジョンでたくましく経営している宿に泊っているが、そろそろその料金を払えなくなりそうだ。

 要するに路銀が尽きかけているのだ。

 だから、なんとなく嫌な予感はするけれど、気のせいかもしれないし前に進む。


「このまま帰還したら、また城の連中に嫌な顔されそうだからね」


「私たちだって一生懸命やってるのにね」


「結果しか見ないのよあいつら。だから、国松くにまつだけをどんどん優遇しちゃって、嫌になるわ」


 そう。だから僕らもせめて国松と同じくらいの立場は確保すべきであり、それにはここの攻略が一番簡単なんだ。

 前に進んでいく。なんとなく、左へ右へとわずかに進路を変えながらもまっすぐ進む。

 そうして通路を抜けた先の部屋に入ると、そこは休憩所のような場所だった。


「ちょうどいいから、ここでしばらく休もう」


「そうね。歩いてばかりだったし疲れちゃったわ」


 やはり、僕たちにはダンジョン内を進むだけでも、それなりにきつい。

 戦うのもそうだけど、危険な場所の探索だって慣れていないのだから、精神が疲弊して体もそれにより余計に疲れてしまう。


「だけどこうして休憩所があるってことは、元々は誰かが利用していた場所なんだろうね」


「石を掘ってる人たちも多いし、鉱山なのかな?」


「そうかもしれない。最近見つかったということは、昔使われていたけれど、廃棄されて忘れ去られていたんだろうね」


 それをドワーフたちが発見したといったところか。

 元の持ち主たちもドワーフたちだったとしたら、彼らがここを知らないのは相当昔の鉱山だからかもしれないな。


 そんな話をしていると、ふいに嫌な予感が一気に大きなものへと変わった。

 なにかがまずい。体調が悪くなった? いや、違う。なにか言葉で表しがたい、漠然とした嫌な空気のようなものが……。


武巳たけみ! 扉が!」


 あらたの言葉に振り返るも、すでに遅かった。

 入ってきたはずの扉が消えているのだ。

 部屋の中には、他に出入りできそうな場所はない。


「やられた……。完全に閉じ込められた」


「やられたって、誰に?」


「わからない。魔王軍の残党かもしれないし、もしかしたら、他種族が転生者である僕たちを捕まえるためかもしれない」


 こんな状況だ。きっとろくな理由ではないだろう。

 その直後に天井から大量の檻が降ってきたことで、嫌な予感はますます大きく膨らんでいく。

 新も友香ともかも、いざというときは僕が守らないといけない。

 ……最悪は、勇者である僕が相討ち覚悟で戦う必要もありそうだ。


    ◇


「作った施設というか、部屋とか道ってリセットできるんだよな?」


「ああ、消すだけなら魔力消費もないぞ」


「そんなら、部屋とか道とか扉とか、大量に作っておいて侵入者が通過した後に消せば分断や捕獲ができるんじゃねえの?」


「……なるほど」


 リグマの言うことが実現できれば、わざわざ捕獲用の罠とかいらなくなりそうだ。

 さっそく試してみようと、例の勇者らしき転生者が通った道をリセットする。


「リセット」


「……消えたな。隣の部屋が」


「あれ~……」


 だめか。やっぱり遠隔だと精度が落ちるのか。

 だとしたら困る。今回は特に消えても問題ない部屋が消えただけだったが、もしも魔力を注ぎ込んだフロアごと消えたらたまったものではない。

 下手に入口の宿が消えたら大惨事だ。


 一時的に大量の経験値は得られるだろうけど、今後宿の利用者が減ったり、下手したらこのダンジョンを訪れる者さえ減ってしまいそうだ。

 あと、カーマルあたりに怒られそうだ。

 せっかく育てた従業員を無駄に潰すなと。


「だめそうだな。そう都合よくいかねえか」


「発想はよかったんだけどなあ……ああ、そうだ」


 それで一つ思いついた。

 あの勇者たちを捕獲するための仕掛けだ。


 あの連中、いざ捕獲しようと思ったらかなり厄介だった。

 危うきには近寄らずが方針らしく、少しでも危険な目にあったら引き返す。

 なんなら、勇者の力なのか、怪しい気配さえも引き返す。

 こんな簡単に逃げ回られたら捕まえるのはなかなか難儀なものなのだ。


「久しぶりに過剰魔力を罠にするか」


「と言ってもよ。ちょうど都合よく消滅させるのは、タイミングを計るのが難しいというか、実質無理じゃねえの?」


「うん。無理だな。だから、しばらく動きを止めてもらうことにする」


 あの連中は基本的にすぐに休む。

 ガンガン前に行くことはしない慎重派だ。

 なので、都合よく休憩できる場所があったら、しばらくそこで動きを止めてくれるはずだ。


「まずは普通の魔力で扉以外の部屋を作って」


 それができてから、プリミラが定期的に渡してくれる魔力回復薬を補給する。

 まだまだ、俺の魔力以上に回復してくれるので、過剰分の魔力がこれでできた。


「次に過剰魔力で扉を作る」


「なるほどなあ」


「あとは、適当にくつろげるような場所にしてやれば、きっとかかってくれるだろう」


 カーマルに頼んで、宿の備品のいくつかを移動させる。

 単純な力仕事ということで、リピアネムに頼んだら二つ返事で嬉しそうに働いてくれた。

 ……仕事がなくて、わりと辛かったのかもしれないな。


「さあ、あとはあの三人が入ってくるのを待つだけだ」


 本当なら、休憩所と見せかけて罠やモンスターを配置したいが、ぐっとこらえる。

 勇者である風間かざまの力はたしかなものだ。

 なんらかの危機察知や、直観のような力が備わっているのだろう。

 そんな風間を捕らえるのであれば、あらかじめ危険なものをしかけるのは悪手といえる。


「入ってきましたね。レイ様の予想どおり、しばらくあの部屋で休憩するようです」


「あとは、扉が消えるまで休んでくれるかどうかだけど……」


 大丈夫そうだな。

 安心できる場所のおかげか、なんか三人でいちゃついてるし。

 この様子なら、扉が消える時間まではこの部屋にいてくれるだろう。


「お、消え始めた。今回はわりと長かったな」


「そうだなあ。やっぱり作成するごとに消えるまでの時間がまちまちだ。計算して利用するってのは今後も無理だろうな」


 だが今回は十分だ。

 扉が消えたことに風間たちは焦るが、もう手遅れだ。

 部屋の中に隔離した。ここからは、好き放題罠をしかけられる。


「捕獲檻。捕獲檻。捕獲檻」


 天井にあらんかぎりの捕獲檻を配置する。

 ……したかった。


「ぜんっぶ違うとこいってんぞ。おい」


「ノーコンだねえ」


「う……やっぱり、遠隔での設置はどうにも難しい」


 魔力は高くなってるはずだろ……。制御だってできたっていいじゃないか。

 それとも、もしかしてこのあたりは技術の領分なのか?

 ふとリピアネムを見ると、優しい顔で肩に手を置かれた。


「わかるぞレイ殿。力の制御とはかくも難しいものなのだな」


「リピアネムと一緒か~……」


 だけど俺のほうは、近くでやれば大丈夫だから。


「というわけで、ちょっと檻仕掛けにいってきます」


「……他の侵入者に遭遇するルートは通ってはいけません。それとリピアネムとプリミラは護衛につくように」


「はい」


「かしこまりました!」


 リピアネムが次々と活躍の場を与えられて、とてもはりきっている。

 それにしても、いまだにフィオナ様は俺を心配しているみたいだな。

 たしかに相手は勇者の力の片鱗をもっている。そして転生者でもある。

 だけど、さすがに相対することもなければ、危機は訪れないと思うんだけど……。


    ◇


「まあ、心配してもらえるのは嬉しいけどな」


 出入口のない部屋の前。俺は今度こそ天井に大量の捕獲檻を作成した。

 そのまま手動で起動することにより、さすがの風間たちも対処できなかったようだ。

 これで捕獲は完了した。彼らの今後はフィオナ様にゆだねられることだろう。

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