第68話 女神の加護は常に発動中

 勇者らしき能力者が再びやってくる。

 しかし、肝心の罠にかかることはなかった。

 一度や二度なら仕方ないのだが、もう数えるのが馬鹿らしくなるほどの侵入を繰り返している。


 それでも俺が焦燥感に駆られないのは、現時点での被害が皆無と言えるためだ。

 というか、もはや罠にかかればいいなあ程度まで、俺の中で彼らの優先順位が下がりつつある。


「あ~あ、また帰っちゃったよ。やる気あるのかな?」


「そもそも何しに来てるんだ? 採掘するでもない。未踏の場所の地図を埋めるでもない。おじさんには、若者たちがデートしてるだけに見えるんだけどなあ」


「デートって……こんな場所でしなくてもいいじゃない」


 洞窟マニアの集団なんだろうか。

 そういう趣味があってもおかしくはないし、それならギリギリ納得できなくもない。


「こんな場所とはなんですか! アットホームな雰囲気の明るい職場なんですけど!」


 案外そのとおりだから反応に困る。

 魔王軍のくせに、ずいぶんとホワイトな労働環境だからな。リグマ以外は。


「い、いえ、別にここをけなしたわけじゃないですよ?」


 思わぬフィオナ様の言葉に、ピルカヤは珍しくしどろもどろになっていた。

 いつもと違って、からかうつもりはなかったので予想外の結果だったのだろう。


「わかればいいんです」


「は~い。地底魔界さいこ~」


 これはからかっている。

 だけど、やはり思い通りの結果にはなっていない。

 なんせ、ピルカヤの言葉を聞いたフィオナ様は満足そうに頷いているのだから。

 まあ、下手に機嫌を損ねなかったので、なにも言うまい。


 さて、話を戻すが勇者もどきの転生者たちは、初めて見たときと比べて印象がガラリと変わってしまった。

 たった三人でダンジョンに挑むほどの力を持った転生者たち。

 俺が初めに会った転生者たちと違って、力の片鱗も見せずに引き返してしまったので、ただひたすらに不気味だった。


 しかし、彼らはあれ以来何度もダンジョンに訪れては、たいした成果もなく帰っていく。

 なにか意味があるのかと怪しんだ。なんせ、引き返す理由が腑に落ちない。

 やれ、足をひねったから帰ろうだの。歩き疲れたから帰ろうだの。なんか調子が悪いから帰ろうだの。

 ……この三人。もしかしなくてもやる気ないんじゃないか?


「一つだけ気になることがあるとすれば、罠はほとんど避けてるんだよな」


「トキトウみたいに選択肢でしょうか? それともクニマツの鑑定みたいに、罠の探知でもしているのでしょうか?」


 俺も最初はそう思ったんだけど、どうにもそういうわけじゃなさそうだ。

 時任ときとう国松くにまつも、罠を探知できるからこそ立ち止まって細心の注意を払って進んだ。

 時任はともかく、国松はそのせいで集中力が切れて引き返すくらいだ。


 だけど、彼らにそんな様子はない。

 一応注意深く進んでいるだろう。だけど、なんだか雑な注意というか、わりと見落としている。

 まるで形だけの注意という印象が大きい。


「たぶん、それらの力とは別だと思います。あからさまな落石にいまだに引っかかりそうですし」


「たしかに、ドワーフたちはもう引っかからないのに、あの人間たちはあと一歩で潰れていましたね」


「その後すぐに引き返したけどねえ。なにがしたいのか全然わかんないよ」


 そう、ドワーフたちはすでに目立つ落石は起動させずに進んでいる。

 ハーフリングのおかげもあって、彼らがかかる罠はもっとわかりにくいものだ。

 そして、罠の情報はダンジョンの来訪者に共有しているので、あれらの落石にかかるのはほとんどいない。

 にもかかわらず、勇者らしき集団はそんな情報を得ることもなく、思うままに進んでは引き返す。


「……レイ殿。訂正する。勇者のような気配と言ったが、中身は勇者らしからぬ連中だった」


 彼らをよく観察していたリピアネムが、突然そんなことを言った。

 わずかな落胆も含んだその言葉は、彼らがリピアネムの期待する者ではなかったためか。


「あれは、自らに酔っている」


 さすがにここで酒の話はないだろう。

 自分たちにということは、つまりそういうことか?


「酔うって……自分たちが置かれている境遇にか?」


「うむ。勇者の力の片鱗でも持っているのは間違いないだろう。そして、転生者であるため使命もある。そんな自分たちに陶酔している」


「本当に使命を果たすためというよりは、使命のためにがんばる自分が好きみたいな感じか?」


「あるいは、自分ではなく互いか。いずれにせよ、真剣にダンジョンに挑むつもりも、魔王様と敵対するつもりもないのだろうな」


 ……なんだか胸のつかえが取れたような気がする。

 なるほど、言われてみればそれが一番しっくりとくる。


 何度もダンジョンにくるのは、フィオナ様を倒すための努力をしていると思い込むため。

 すぐに引き返すのは、命までは賭けていないので、わずかな危険にも遭遇したくないため。


「ステータスは……」


 風間かざま武巳たけみ 魔力:25 筋力:30 技術:24 頑強:38 敏捷:36

 世良せらあらた 魔力:39 筋力:5 技術:29 頑強:20 敏捷:18

 はら友香ともか 魔力:30 筋力:7 技術:37 頑強:19 敏捷:21


 だって、あれから何一つステータスが変わっていない。

 つまり、国松のようにレベルを上げて、本気でダンジョンを攻略するつもりなんてないんだ。


「なるほど、リピアネムの言うとおりみたいだな」


 きっと勇者の力とやらは本当なのだろう。

 リピアネムとフィオナ様がそう判断したのなら、疑うべくもない。

 その勇者の力にも、今ならなんとなく心当たりがある。


「男の転生者。危なっかしいけど、いつも致命的な失敗だけはしなかった」


「落石は手前で起動しました。トラバサミもかすり傷だけでした。ノコギリも服が少し切れただけでしたね」


 プリミラが、これまでの結果をつらつらと思い出してくれる。

 やっぱりおかしいよな。これだけ危なっかしいのに、怪我さえほとんどしていないんだ。


「ノコギリなんて、服が巻き込まれたらそのまま胴体ごと真っ二つなんて結果のほうが多いんだがな。連中運が良すぎねえか?」


「捕獲用の檻に至っては、一回も起動させてないね。あの感じならすぐに捕まってもおかしくないのに」


 リグマとピルカヤの考えももっともだ。

 だからこそ、一つの結論にたどり着く。


「勇者の力として、最悪の結末だけは回避できてるのかもな」


 要するに主人公補正みたいなものだ。

 勇者である以上、世界はある程度彼らに都合のいい動きをする。

 その結果、常人なら何度も死ぬか捕らえられているところ、彼らはいまだに無傷で撤退できている。


「……つまり、運がいいということか」


 リピアネムの落胆もしかたがない。

 彼女としては、ルフのように強者との戦いが好みだったのだろう。

 たしかに運も実力のうちとは言うけれど、運だけで強い相手との戦いはなにか違う。


「あいつらが、本気でフィオナ様を倒そうとしていたら、かなり厄介だったかもな」


 どこまで通用するかはわからないが、彼らに都合よく世界が回るのであれば、下手したら魔王であるフィオナ様の天敵だったかもしれない。

 ……今は自分たちに酔っているからいい。だけど、もしも本気で敵対するために動くとしたら?

 今でも彼らは真面目なつもりなのかもしれないが、なにかのきっかけで真に恐ろしい敵になったら?

 ある意味では国松よりも恐ろしい。ゲームの主人公たちよりも恐ろしい。そんな存在になるかもしれない。


「……次で仕留めるか」


 そうなる前に、確実に潰すべきだろう。


「レイ。運がいいという力なら、捕獲すべきです」


「え……」


「こちらに引き込むことができれば、蘇生薬が作り放題かもしれませんよ!」


「……善処します」


 なんか……肩の力が抜けていく。

 とりあえずは捕獲するための罠を増やすか。

 もしも彼らが自分たちに酔っているだけというのなら、案外捕まったあとも悲劇の主人公として仕方なくこちらに従うかもしれない。


 わりと真剣に人殺しのこと考えていたんだけどなあ……。相変わらずしまらない魔王様だ。

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