第65話 既知の者にだけ見える見えない恐怖

「ダンジョンタウン?」


「まあ、まだ町というか村でさえない規模ですが、様々な施設や人が集まっているそうです」


「危なそうですね……。ダンジョンの危険性を理解していない人たちも来ていそうで」


「入口すぐの安全な場所と、ダンジョンの外だけで交流しているようなので、よほど軽視した者以外は問題ないかと」


 それを言い出したら、ダンジョンを甘く見て挑む者は前から一定数いたわけだしね。

 転生者である彼らもきっとそのうちの一人だったし、どれだけ忠告しようと無意味な人はいるってことか。


「大転生で国に招いた転生者たちは、例外であるクニマツ殿を除いて二種類でした」


 それは僕も心当たりがある。彼らの行動はどうにも極端なのだ。


「一つは、女神より力をたまわったことで、自身を世界の中心と考え、危険を省みずにダンジョンやモンスターに挑み散った者たち」


 僕たちの行動を臆病者と断じて、さっさと帰るために魔王を倒そうと考えた人たちだ。

 戻ってこないことを考えると、恐らく彼らはもう……。

 元の世界での知り合いがいなかったことは、せめてもの幸いだったのだろうか?


「もう一つは、かつていた世界と違い、争いが身近なことに恐れて、確実に安全に倒せるモンスターだけを倒し続ける者たち」


 こちらは転生前のクラスメイトたちが多い。

 クラスのリーダーのような存在である風間かざま武巳たけみが、転生してすぐに危険な行動や勝手な行動は避けるように発言した。

 それに従って安全な場所で最低限のレベル上げをしている存在だ。


「一方のグループはすでに城におらず、もう一方はダンジョンをこれまで避けていました。彼らがダンジョンに挑むことはないでしょうね」


「安全だとわかったら、入口くらいまでは行きそうですけど、さすがに奥までは行かないか……」


「我々の王は、クニマツ殿にまた攻略してもらいたいと考えているようですけどね」


「勘弁してください……。あそこ、本当に罠だらけなのでやめたほうがいいですよ」


 兵士長さんも冗談だったのか無理強いすることもなく、その話題はそこで終わった。

 その光景を面白くなさそうに見ている者がいることに気がついてしまい、内心では面倒なことになったとため息をつく。

 兵士長との話を終えてしばらくすると、そいつが僕の前にやってきた。


国松くにまつ君。どういうつもりだ?」


「どうと言われても……」


 わからない。と言いたいところだが、薄々なにを言われるか察して余計に気が重くなる。


「僕たちが転生してすぐに、勝手な行動でこの世界の人々に目をつけられるのは避けるべきだと話したはずだ」


 言いたいことはわかる。

 下手に目立って、力を示して、王に有益に使える者だと判断されるのは問題だ。

 そんなことしたら、それこそ危険な魔族との戦いに駆り出されるかもしれないからね。

 できることなら、僕だって君たちのグループでより安全に戦いたかったよ。

 なので、無駄だとわかっていながらも、改めて現状の危険性を説く。


「言ったよね? 勇者に任せるだけでは、勇者たちが全滅するバッドエンドにたどり着く可能性が高いって」


 厳密には、魔王を倒した後の隠しボスに敗北し、世界の理が崩壊する終わり方だ。

 魔王を倒したとき、勇者か聖女か、あるいは別のパーティメンバーか、味方の誰かが狂う。

 おそらく魔王との戦闘ですべてをかけて戦うほどの全力だったため、つけ入るスキが産まれたんだろう。

 その結果、そのキャラクターは狂神くるいがみへと変貌してしまう。


 そしてそれは、なにも味方キャラだけじゃないのかもしれない。

 ゲームでは魔王に負けたら世界が魔族のものになって終わりというのが一つのバッドエンドだ。

 だけど、その戦いで魔王を追い詰めていた場合、バッドエンドの一枚絵が世界の崩壊した姿へと変わる。

 きっとこれは、魔王が狂神へと変化して世界が征服されるどころか崩壊した終わりなんだろう。


 それだけは、なんとしても阻止しないといけない。

 だから万が一のときに魔王を確実に倒せるだけの準備が必要なんだ。

 どうせ、この世界のことに僕たちが関わらなくても、勇者たちは魔王を倒そうとする。

 その際に、半端に魔王を追い詰めたうえで敗北したら、あるいは勝利しても、その先に待つのはより最悪の脅威だ。


「勇者が全滅してもバッドエンド。勝ったとしても状況次第ではより危険な敵が出現する。そんな状況なのに、僕は足並みをそろえてなんてできない」


 さらに厄介なのは、狂神自体には自我のようなものが存在しないことだ。

 彼らは神々の戦争の被害で発生した悪感情の塊。

 死した人や神、戦争に絶望した者たちの嘆き、戦いに狂った神の狂気。

 そんなものの集合体なので、誰かにとりつくまではどこでどんな行動をしているか想像することも難しい。


 そんなことだから、目に見えての危険性はないし、その予兆すらない。

 この国の人々はまだ一応警戒してくれるみたいだけど、どうすればいいかは僕だって助言もできない。

 そして、ゲームを知らない転生者たちは、そんな発言を一笑に伏して終わりだ。

 それは、先の二つのグループのどちらも同じで、この脅威を共有できるのは同じゲームプレイヤーであるジノくらいか……。


「またその話か……。出現する条件とやらがあるんだろ? 本当にそいつが出現する確証があるのか?」


 そう言われると弱い。

 僕もジノも最悪を想定して、狂神が出現する前提で行動しているが、その予兆を調べることなんてできないのだから。


「答えられないか……。であれば、君の心配しすぎという可能性だって十分あるはずだ」


「心配しすぎですむならいいさ。だけど、もしも本当に出現したら、最低限の準備もなく神々が死ぬことになるんだ」


「神の問題は神の問題だ。そんなものに僕たち人間が、ましてこれまで平和な世界で争うことさえしなかった者たちが、なにができる?」


 狂神が発生したら、その標的は神々だ。

 そのことを馬鹿正直に話すべきではなかったと、いまさらながら反省する。

 あのときは僕も気が動転していたうえに必死だったので、知っている脅威を隠さずに話してしまったんだ。


「だから、君たちのやり方は否定していないよ。僕は僕で、その時のためにできる限りの準備をしたいんだ」


「君が勝手な行動をすれば、僕たちが迷惑なんだよ。なんでもかんでも君基準で評価される。一人だけ先に進むのではなく、全員で足並みをそろえる気はないのか?」


「それは、僕が提案した場所でモンスターと戦うってこと?」


「君が提案した危険な場所で? 前にそうしたときに、危うく怪我人が出そうになった。むしろ、君が僕たちが普段通っている場所で協力するべきだと思うね」


 これだ……。

 そりゃあ僕だって怪我はしたくない。確実に無傷で倒せるモンスターを倒したい。

 だけど、そんなことをどれだけ繰り返せば魔王を倒せるというんだろうか。

 だからなるべく無事に帰れるけれど、多少は危険な場所でモンスターを倒すしかない。

 怪我がアイテムで治せるのであれば、むしろ慣れていかなくちゃいけないんだ。


 もっとも、そんな考えで行動する人は残念ながらいなかったようだけどね……。


「それで世界が滅ぶくらいなら、僕は一人でもなんとか足掻くよ」


「一人……か。僕たちが戦力外といいたいわけだ」


「今のままじゃね……。僕だって今のままじゃ魔王さえ倒せないし」


 これ以上の会話にきっと意味はない。

 僕たちはいつまでたっても意見が平行線なのだから、時間の無駄でしかない。

 そして、ほとんどの者は、風間の転生者の安全を考えての方針を支持している。

 僕は少数派だろうと疎まれようと、このまま自分にできることをするしかないんだ。

 ジノのように、ようやく僕の意見に賛同してくれる者と出会えたし、きっと間違いではない。


 そうして立ち去ろうとした僕の背に、風間から言葉を投げられた。


「君が一人でこの世界の人間に力をひけらかすことで、僕たちは過剰な期待をされる。それに応えられないと評価を下げられる。僕たちの迷惑も考えて行動してくれ」


 そんな目先の些細なことで行動を制限されてはたまったものではない。

 風間になにも返すこともせずに、僕はただその場を立ち去っていくのだった。


    ◇


 せめて返事くらいできないものか……。

 だけど、一つ気になることを言っていたな。


 ダンジョンタウン……。

 これまでと異なり安全な場所か。

 国松ばかりが評価されて、僕らの立場が悪くなるのはもうごめんだ。

 あいつを出し抜いてでも、そこで僕たちも成果を上げてやろうじゃないか。

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