第45話 飴の鞭でひっぱたけ

「勇者がきたってことは、さすがの獣人たちも本腰いれてダンジョンを攻略しようってことだよなあ……」


「力を取り戻しきれていない勇者をよこしたってことは、脅威だと思われているんだろうね」


「ですが、万全でない状態で送り出されたことを考えると、その程度で対応できると思われているのではないでしょうか」


 ピルカヤの言うこともプリミラの言うこともあっていそうだな。

 さすがに国として看過できない状況になってきたのでイドを派遣したが、四天王がいたことはきっと想定外だったはずだ。

 ……イドに四天王がいたことを報告されたら全力で潰しにきそうだな。


「要するに、王国の兵士たちを撃退したときのゴブリンダンジョンと同じ状況ってことか」


「難易度が上がりすぎているというわけですか……うう、すみません」


 ? なんでフィオナ様が謝ったのかはわからないが、前半の言葉は正しい。

 ここらでそろそろ攻略させないと、さすがの獣人たちもダンジョンへ挑むことすらしなくなりそうだ。


「で、どうするんだ? 迷路や罠を撤去するとか言わないよな?」


「それは、さすがにもったいないからなあ。あのあたりのマップはまた情報が集まってきているし、突破できる獣人たちも増えている。でも、だいたいそこで撤退しちゃってるんだよな」


「ええ、毒消しも回復薬もそのあたりで尽きるようです」


「トキトウが言ってたよ~。その二つはすぐに品切れして獣人たちが文句言ってるって」


「自分たちで持参するって発想はないのか……」


「獣人だもん」


 一度楽できるようになると、わざわざ荷物を持ち運びたくないという心理なんだろうか。

 商店の売上につながるのはいいんだけど、これじゃあこちらがダンジョン攻略のために支援してやらないとまずそうだ。


「効果の高い回復薬でも売るか」


「難易度緩和のための涙ぐましい努力だねえ」


 ほんと、なんでこんな気をつかわないといけないんだろう。


    ◇


 とりあえず回復薬を多めに入荷した。質の高い回復薬も販売するようにした。

 商品補充という名目で大っぴらに宝箱ガシャができるようになり、フィオナ様がやけに浮かれていたが、もはや魔王の威厳は消滅している。


「そもそも、獣人たちくるのかなあ。勇者も攻略できなかったとなると、今までと違って尻込みしそうなもんだけど」


 ……なんか。今までで一番獣人の数が多い。

 まさか、国が本腰入れてダンジョンを攻略するようになったか?


「めちゃくちゃきてるね。なんか意気込みがすごいよ」


「やっぱり、国の命令か……」


「いや? 勇者も撤退したダンジョンを自分たちが攻略するって意気込んでる」


 よかった。獣人たちはいつもの獣人たちのようだ。

 ……それでいいのだろうか獣人。


    ◇


「ひいぃ! 忙しい!」


「回復薬もうないのか!? 高くてもいいからよこせ!」


「食料と水は品切れか!?」


「た、ただいま用意しますのでお待ちを!」


 在庫はたくさん用意してもらえた。

 きっと魔王軍ともなると、そういう伝手があるみたいで、これまで以上の品物が確保できたので一安心。

 これで獣人たちも満足して平和な商店になるだろうと思ってたのに……。

 人手も増やすようお願いしなかった私のバカ!


「お、おい。なんか止まっちまったぞこいつ」


「芹香! 気持ちはわかるけど動いて!」


 あ……途方に暮れてしまったみたい。

 ええと、まずはこの列を処理しないと。


「お~い、ヘルプにきてやったぞ~」


「ダートルさん!」


 宿の受付をしてるダートルさんが助けに来てくれた!

 おかげでなんとかこの列もさばききれそう!

 フリーズしていないで働かないと!


    ◇


「はい、おつかれさん」


「あ、ありがとうございました!」


 なんとか獣人たちへの接客も終えて、ようやく一息つくことができた。

 それにしても、なんでこんなにお客さんが増えたんだろう……。


「ダートルさんのほうは、お客さんの相手平気なんですか?」


「おじさんは満室になったらどうしようもないからなあ。獣人ども、宿周りで野宿するんじゃねえの?」


「はあ……やっぱり、そっちも大変なんですねえ。なんでこんなに急に忙しくなっちゃったんですかねえ」


「そりゃあ獣人だもの。今ダンジョンを攻略できたら、勇者でさえなし得なかったことをなしとげられるわけだし、今まで以上に気合も入ってるんだろうよ」


「はあ、そうですか。勇者が……え? 勇者がここにきたんですか?」


 場所を考えると獣人の勇者?

 でも、たしか魔王様に負けた人だったんじゃなかったっけ。

 復活はするけれど、力を取り戻すのは時間がかかるって聞いていたんだけど……。


「そりゃあきたさ。だって、オクイちゃんはそこで捕まったわけだしな」


「ええ!? そうなの? 江梨子ちゃん」


「無理やり連れてこられて、勝手に埋まって、命乞いをしたら裏切り認定されたのよ。勇者というか蛮族よ、あれ」


 違いないとダートルさんは笑った。

 そうだったんだ……。それにしても、勇者の付き添いとして選ばれるなんて、江梨子ちゃんってじつはすごいのかもしれない。


「そんじゃあ、おじさんは帰るんでがんばってな~」


「ありがとうございました!」


 ダートルさんも宿のほうに戻ったみたいで、江梨子ちゃんと二人になる。


「でも、勇者と一緒に行動するほどなのに、女神様が言ってたことはしないんだね」


「振り回されたんだってば。それに、あの女神の言うこともとんだ無茶ぶりよ」


「そうなの?」


「魔王様に会ったならわかるでしょ。勝てるわけないじゃない」


 あ~……そうかも。

 強さの次元が違うのは私でさえわかるし、毎日の選択肢でも魔王様を裏切ったら即死する結果が見える。

 というか、これだけ無理だと示されたら裏切るつもりはないので、わざわざ選択肢に出さないでほしいなあ……。


「それに万が一魔王様を倒したとして、あの女神は本当に私たちを元の世界に戻せる力なんてあるのかしら?」


「え、神様なんだしあるんじゃない?」


「状況が状況だからね……。神の力で可能と言われたらそれまでだけど、どこまで本当なのかは怪しいものだと思うわよ」


 そういうものかな。まあいいや。

 どうせ、魔王様の配下となった私たちには縁のない話だ。


    ◇


「よしいけ! がんばれ!」


「あ~……惜しかったねえ」


「なにしてんだ。お前ら」


 ピルカヤに視界を共有してもらい、ついつい熱中していたところにリグマが戻ってきた。


「獣人たちがあまりにもふがいないので、段々と獣人のほうを応援するようになってきたようです」


「ほんとに、なにしてんだよ。お前ら……」


 なにしてんだろうな……。

 自分が作ったダンジョンのギミックがうまくはまるのは楽しい。

 しかし、今回はそれを突破してもらわなければいけないので、最終的に獣人を応援してしまっていた。


 さっさと攻略してくれないかなあ……。

 自分で高難易度のダンジョンを作っておいて、それを早く攻略しろと考えるとか、俺の思考もずいぶんわけがわからなくなってきているな。


 健全なダンジョンマスターになるためにも、やはり今のダンジョンは一度クリアしてもらわないと。

 獣人たちがんばれよ~。罠やモンスターを減らして手心までは加えないけど、応援だけはしているぞ。


 そして願わくば、もう一度健全なダンジョンマスターとして、侵入者をただひたすらに容赦なく撃退するダンジョンでも作りたいなあ。


「あ、ガーゴイルゾーンを突破しましたね」


「え、本当ですか? おお……がんばったじゃないか」


「その先のフロアはなんだっけ?」


「吊り天井」


「……本当に攻略させる気ある?」


 しかたないだろ。作ったときは攻略させる気なかったんだから……。

 獣人たちが攻略するのは、もう少しだけ後になりそうだ。

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