第43話 龍の逆鱗で爪とぎする尾を踏まれた虎

「つ、疲れた……」


「レイ! どうしたんですか!?」


「魔王様。獣人最強戦士が復活しました。転生者とともにダンジョンを進んでいたため、厄介な転生者だけを回収したところを襲われてしまい……レイ様が怪我を」


「そうですか……。プリミラ、私のコレクションに回復薬があります。持ってきてください」


「承知いたしました」


 俺の腕を見たフィオナ様がギョッとして尋ねると、プリミラが簡潔に説明してくれた。

 フィオナ様も的確に指示をしてくれたので、どうやらこの腕の傷も治すことができそうだ。

 コレクションってガシャの結果だよな。フィオナ様のガシャが外れて回復薬を引いてくれてよかった……。


「ええと……不死鳥の羽は消費しなくてすみましたよ」


「無茶しないでください」


「はい。すみません……」


 いきなり部下の一人が腕に傷を負って帰ってきたんだ。

 さすがに部下想いの魔王様にとっては見過ごせないできごとだったんだろうな……。

 心配そうにするフィオナ様になんだか申し訳なくなる。


「ところで、その厄介な転生者というのはそこの猫獣人のことですか?」


 ……なんか、威圧感のようなものを感じるな。

 威厳というよりは威圧だ。猫獣人もびくっと反応した直後に硬直してしまった。

 フィオナ様の魔王モードは、相変わらず本性を知らない他者にとっては恐ろしいのだろう。


「物質透過能力を持っている転生者です。名前は……」


「お、奥居おくい江梨子えりこといいます!」


 奥居江梨子 魔力:18 筋力:25 技術:26 頑強:15 敏捷:27


 本当のことを言っているみたいだな。

 ステータスは時任ときとうよりも高いが、国松くにまつよりは低い。

 きっとこのくらいが、一般的な転生者のステータスなんだろうな。


「物質透過……」


 フィオナ様も奥居のスキルが脅威だと感じたのか、難しい顔をしている。

 そうだよな。体の中に直接異物とか、なんなら毒なんかも入れられそうだし、危険な相手だと思う。

 うまくこちらに引き込めれば、今後の不安を一つ潰せそうなんだけど……。


「レイ」


 フィオナ様に手招きされたので近づくと、耳元で囁かれた。

 ……見た目は美人なので、あまりそういうことはしないでほしい。

 ああくそ、ガシャ狂いの魔王様のくせになんかいい匂いするし。


「うまく使えば、宝箱の中身を確認して当たりだけ引くとができませんか?」


「時任の選択肢と同じで、ガシャの確定演出がわかるだけですね。それ」


 ほら見たことか!

 部下のこととガシャのこと以外頭にないんだよ。この魔族。

 あと蘇生薬確定ガシャとか無理なので諦めてください。


「そうですよね……」


「あ、あの、魔王様の期待に応えられずにすみません」


 こればかりは謝らなくていいぞ。

 単なるいつもの発作だ。

 まあ、その本性がまだバレていないわけだし、俺からそうフォローするわけにはいかないが。


「馬鹿なこと言ってないで治療しますよ」


「ああ、ありがとうプリミラ」


 回復薬を抱えたプリミラが戻ってきたが、さすがにそんなに必要ないと思うんだ。

 もしかしたら、プリミラにも心配をさせてしまっていたのかもしれない。


 フィオナ様とのくだらない会話でごまかしていた痛みも、これでようやく消えてくれる。

 焼けるようにズキズキと痛んでいた腕は、なにごともなかったかのように痛みも傷もなくなった。


「いやあ、すまなかったなあ。ありゃあ俺のミスだ」


「いや、リグマはちゃんと俺を護ろうとしてくれただろ。というか、リグマこそ大丈夫なのか?」


 わりと真っ二つになってた気がするんだけど……。


「さすがにあんなめちゃくちゃな攻撃じゃ、おじさんの核は傷つかねえよ」


「便利な体だなあ」


 ゲームでも核以外への攻撃無効とかだったんだろうか。

 だとしたら、さぞかし倒すのが面倒なボスだったに違いない。


「それで、その猫獣人はどうする?」


 俺たちがこうして話している間もしっかりと見張ってくれていたらしく、ピルカヤは奥居から目を離さずに尋ねてきた。


「ああ、それなんだけど。イドに邪魔されて最後まで言えなかったが、奥居って店員とか興味あるか?」


「店員……いえ! はい! 興味あります! 安全な場所なら大歓迎です!」


 フィオナ様効果かわからないが、今のところは奥居は大人しく俺たちのもとで働いてくれるようだ。

 時任と同じく最悪の事態は想定しつつ、適度に働いてもらうのがいいだろうな。


「それでは、その転生者のことはレイに任せます。ピルカヤ、あなたも頼みますね」


「はいは~い」


 ピルカヤにも頼むってことは、しっかりと見張っておけということだろう。

 たしかに、ピルカヤが監視してくれるなら心強い。

 万が一ダンジョンを透過してなにか企んでもすぐにわかるし、ピルカヤの炎なら透過できないからな。


 俺たちにそう言い残すと、フィオナ様はどこかへ移動しようとしていた。


「あれ? フィオナ様、どこか行くんですか?」


「ええ、ちょっと用事ができました。無理せずいい子にしているんですよ」


 子供か、俺は。

 しかし、いつもぐうたらしているフィオナ様が自発的に働こうとは、プリミラあたりになにか言われたんだろうか?

 まあいい。今は奥居を時任に紹介するとしよう。


    ◇


「ど、どうも。魔王軍の時任芹香です……」


「さっき魔王軍になった奥居江梨子です……」


「それじゃあ、あとはよろしく」


「うええ!?」


 レイさんが猫の獣人を連れてきたと思ったら、どうやら彼女は私が知らない転生者だったみたい。

 うわあ……本当に帰っちゃった。新しい仕事仲間だと紹介されたけど、私が色々教えるってことになるのかな?

 というか、獣人の転生者同士一緒に働かせるって、レイさん的には問題ないのかな?


 ……信用されるようになったと考えていいの?

 いや、まだピルカヤさんに常に監視されてるし、それは今後の働き次第かあ……。


「よし! それじゃあ江梨子ちゃん! がんばって働こう!」


「は、はい!」


 こうして私に後輩ができた。

 選択肢をこっそり確認すると、相変わらず逆らわずにがんばって働くのが最善みたいだし、江梨子ちゃんという同郷の仲間と仲良くできてるといいなあ。


「あ、江梨子ちゃん」


「なんでしょうか?」


「魔王様たちに逆らったらだめだよ。死ぬから」


「は、はい!」


 これは言っておかないと、もしも江梨子ちゃんが謀反なんかしたらピルカヤさんから直通で魔王様に連絡いくだろうからなあ……。

 そうしたら、私たちは物理的に首を斬られておしまいだし、気をつけないと。


「四天王相手に逆らえませんよ……それに私はたどり着けなかったけど、魔王様や側近の方までいるみたいですし……」


「あれ? 江梨子ちゃん。もしかして、女神様が言ってたゲームやったことある感じ?」


「え、ええ。プリミラさんに叩き潰されて、ピルカヤさんに燃やされて、リグマさんに貫かれて、リピアネムさんに斬り刻まれました。操作キャラの話ですけど」


「そっか~。やっぱり難しいゲームなんだねえ……」


 それを生身の私たちが倒せとか……女神様。無茶ぶりしすぎじゃない?

 まあいいや。私たちは一抜けた。このまま生き延びる選択をするから、むしろ魔王軍が倒されたほうが困ることになる。

 どうせみんな元の世界になんて帰れないんだから、諦めて平穏な暮らしを続けたいなあ……。


    ◇


 とある森の中。ダンジョンから離れたその場所は、木々に囲まれた湖があった。

 野生のモンスターや危険な動物はいない。いわば、ダンジョンまでの道のりの前の最後の休憩場所でもある。

 もっとも、最近ではダンジョン内に宿ができるという、とんでもない事態が発生しているが……。


 そのため、ここで休息をとるのはダンジョンから帰る途中の者であり、彼もそのうちの一人だった。

 虎の獣人。獣人最強の戦士。獣人の勇者。四天王三人を相手に大暴れしたイドは、ダンジョンから帰還し、この場で休んでいた。

 その休息は彼が思っていた以上に長くなることだろう。次の蘇生が始まるまで、彼はもう動かないのだから。


「まったく。レイは無茶ばかりするんですから」


 いりません。りません。

 私の生きる世界にあなたたちは必要ありません。

 だから、そこで死に絶えろ。

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