第32話 備えがあるのなら別の憂いでお迎えします

「つまり、商店の品物の補充はいてはレイの強化となるのです」


「だからなんでしょうか? まさか、補充したばかりの玉座の魔力を使うとでも言うおつもりですか?」


「言ってみただけですよ? これからも私は、諸々もろもろの理由で宝箱に魔力を込めますが、それは良いことだとわかってくれますね?」


「む……それはわかりましたが、考えなしに注ぐのはやめてください」


「ええ、もちろんですとも!」


 珍しくプリミラが言い負かされたというか、言い含められてしまった。

 だけど、今回はフィオナ様の言うこともあっているのでしかたがない。

 しかし、さっきまでとは完全に別人のようだな。いったい、どちらがフィオナ様の本質なのだろう。


「それにしても、商売でも強くなれるというのなら、もう少し高価な品物を売るのもいいのかもしれないな……」


「そうだねえ。最悪、攻略されたとしても商売が成功すれば、収支はプラスになるんじゃない?」


 あまり侵入者たちに有利になりすぎるとまずいと思っていたけれど、もう少し気楽に考えられるかもしれない。

 攻略されてしまってもいいという選択肢もあるのなら、ゴブリンのダンジョンみたいに不労所得ダンジョンにもできるしな。


 ダンジョンだけでなく商売についても考えていると、フィオナ様がなんか大荷物をもってきた。

 なんだあれ。やけに大きな袋に入っているけど、いったいなにを持ってきたんだ?


「どうですか! これなら、レイも満足できるほど充実した商店になるでしょう!」


「あ、これ全部ガシャのハズレなんですね」


「ガシャ?」


 ピルカヤが首をかしげるが、まあ大した意味はないので気にしないでほしい。

 そうか。これはこれまでのフィオナ様の戦果だったのか。

 わざわざこんな大きな荷物にするっていうことは、この世界には魔法の収納アイテムとかはないのかもしれないな。


「それにしても、やけにたくさんありますね。装備やアイテム、日用品みたいなものまで出たんですか」


「私は気づきました。宝箱が大きくなったらだいたいハズレです。食料や日用品みたいに、数でごまかすタイプの結果になるので」


 なるほど。込めた魔力のわりに質は低いので、せめて量だけでもたくさんというわけか。

 なので、日用品や食料は一度に大量に入手できるので、やたらと数があると。

 これなら、俺たちが飢える心配どころか、商店への定期的な補充さえ心配はいらなさそうだな。


「……魔王様。これはだめです。あとこれもですね」


「な、なにを!? 資源の有効活用をしようとしているのに!」


 さっそくプリミラがダメ出ししたのは、いくつかの装備や装飾品のようなものだ。

 アクセサリーみたいなものも、きっとなにかの力を秘めているんだろうな。ゲームの世界だし。


「毒無効や炎大幅軽減の装備なんて売るわけにはいきません。せっかくレイ様が作ったダンジョンの仕掛けが無意味になります」


「あ、それはたしかに困る」


「うう~……」


「解毒薬は、需要がすごそうだしよさそうだね。売れば売るほど迷路エリアに挑む獣人が増えるんじゃない?」


「ですよね!」


 フィオナ様がとても一喜一憂しておられる。

 でも、プリミラの意見もピルカヤの意見ももっともだ。

 さすがに完全に無効となるとまずいが、消耗品を売る分にはいいかもしれない。

 解毒薬があるからと安心して迷路に挑んでもらい……いっそ、そのあと毒以外で攻めてみる?


 今やダンジョンの情報を持ち帰っている獣人たちは多数いる。

 なら、いっそのことそれらの情報を台無しにしてみるというのも面白そうだ。

 いつかやってみよう。順調に攻略していったダンジョンを作り変えてしまい、まるで別物にするということも。


「うわ~。わっるいこと考えてそうな顔してるねえ」


「いや、ちょっと面白いことを考えていただけだぞ?」


「それ、君が楽しいだけでしょ」


 少なくとも侵入者たちにとっては楽しくないけど、見てる側としては楽しいはずだぞ。


    ◇


「解毒薬も仕入れたんだって?」


「は、はい! 多めに入荷しています!」


「なら十本くれ」


 当初は撤退など臆病な判断など誰も選ばなかった。

 たかだか死に損ないの魔王が作ったダンジョン。そんなものから逃げ帰るようでは戦士ではない。

 しかし、何人もの獣人が挑み、恥を覚悟で撤退した者まで現れてからは認識を改め始めた。


 このダンジョンは魔王が全盛期のときに作ったものと遜色そんしょくない。

 以前はただ単純に強いモンスターが出るだけの力試しの狩場だった。

 なのに今はどうだ。むしろ以前よりも殺意が高く、狡猾な狩場となっている。

 そう、狩場だ。いつの間にか狩られるのが自分たちになっていることにも気づいていた。

 それを許すわけにはいかない。だから、こんなふざけたダンジョンは必ず攻略してやらなければならない。


「いい加減に迷路のことだってわかってきた」


「ああ、結局はここを突破するのが一番楽だからな」


 油の道はもうだめだ。足場の悪さを無視できる種族でさえ、一瞬で火の海になるあの道を突破できない。

 はじめのうちは、何度も他の探索者が焼かれることで、火や油が尽きてきたので突破もできた。

 だが、このダンジョンの罠はたちが悪いことに、しらばく間を置くと復活してしまう。

 ならば、囮となるものを投げ入れて罠を起動させようとするも、どういうわけか自分たちが通らないと起動もしない。

 もはや、あの道を選ぶのは自殺行為なので選択肢は、こちらの道のみとなった。


 適度にモンスターを倒して進むと、今度は三本の道に分かれている。

 一つは行き止まりと宝があるので回収していくが、頻繁に回収されているためか入手できるアイテムの質は低い。

 最悪の場合宝箱が復活することさえも間に合っていない。

 一つはガーゴイルが待ち受ける道だが、いつのまにかガーゴイルが三体に増えていた。

 複数人でなんとかできるかどうかという相手なのに、相手も複数いるのであれば、いよいよ突破は困難だ。


 なので、迷路だ。

 道に迷っているうちに毒の霧やバジリスクに襲われる。

 歩くだけでどんどん集中力が削がれていき、迷い疲れて毒で死ぬ者も少なくはない。

 村どころか、付近の町からさえ解毒薬は品切れの状態だ。


 しかたがないことだろう。

 毒を受けたまま進むのは、いくらなんでも自殺行為なのだから。


「あいつどこから解毒薬仕入れたんだろうな」


「さあな。案外あいつがそこら中の解毒薬を買い占めたんじゃねえか?」


「それにしては、値段はむしろ他より安いんだよな」


「……たしかに。じゃあ薬師の伝手でもできたか」


 まあ、あいつのことは興味がない。

 もしも解毒薬を買い占めて高値で売っていたのなら、さすがに腹立たしくもあるがそうでないのならどうでもいい。

 むしろ、わざわざダンジョンの入口で必要物資を売っているのなら、こちらも助かるというものだ。

 あのウサギ、初めて獣人たちの役に立ったなと男たちはわらった。


「さあ、迷路の地図も形になってきたし、罠もトカゲも大まかな位置はわかってきた。今日こそこんな場所突破してやろう」


 そう言って奥へと進んでいった男たちだったが、やはり完璧に迷路を把握していたわけではない。

 バジリスクの奇襲によって、その場から撤退することを余儀なくされた。


「くそっ……あの逃げ足の速さ。嫌になるな」


「ああ……幸いまだ解毒薬はあ……る」


「おい……どうし……た」


 仲間の様子がおかしいので尋ねると、自分も急に舌が回らなくなってきた。

 それだけではない。体が動かない。

 解毒薬はすぐ目の前にあるというのに、男たちはそれを使用することもできずに毒が全身へ回っていく。


 ああ……そういえば、黒いトカゲの群れの中に、一匹だけ黄色っぽいのがいたかもしれない。

 イエローバジリスク。毒ではなく、麻痺させて獲物をしとめるバジリスクの亜種だ。

 薄れゆく意識の中で、男はそんなモンスターのことを思い出していた。

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