第31話 経験値と熟練度と金
「生還する獣人が増えてきた」
「そのようですね。入口に商店があるため、回復アイテムがいくらでも補充できますし、危険と思ったら態勢を立て直すようになったようです」
これまでと違って軽装でここにやってきているし、どうやら思っていた以上に商店は好評のようだ。
獣人たちも、さすがにこのダンジョンが一筋縄で攻略できるものではないと判断し、本格的に情報を集めつつ時間をかけて攻略するつもりみたいだな。
「生かして返すとなると、レイが成長できなくなってしまいますし困りますね」
「でも、下手にレイが全力を出すと、ゴブリンのダンジョンみたいに国の兵士やら転生者やらがきちゃいますよ?」
そうなんだよな。だから現状維持がとりあえず正解だろう。
それに、入手できる経験値こそ少なくなったものの、代わりに獣人たちのお金が増えるのならなにかに使えるだろう。
元がゲームの世界だからか、どの種族も同じ通貨が流通しているみたいだしな。
「全員撤退したね。な~んか、前よりもねばるようになったから、これはこれで面倒だねえ」
「一度引き返して再挑戦ってパターンもだいぶ増えたからな」
「そのうち、近くに寝泊まりしたりして……」
「……時間外は壁で入口塞ぐか」
意外といけるかもしれない。
深夜までここに残る獣人はいないので、しれっと壁の作成とリセットをしておけば、特定の時間だけ開くダンジョンとか思ってくれそうだし。
「ん? なんだろう。トラブル?」
メンテナンスにでも行こうとすると、ピルカヤがそんなことを言いだした。
マップを確認する。特に侵入者のアイコンはない。
ということは、まだ誰かが残っているとかではないらしい。
「トラブルって、どういうこと?」
「う~ん。なんか商店のウサギちゃんが、すごい慌てているみたいだよ」
そう言われてピルカヤに視界を共有してもらうと、たしかに
なんだろう? とりあえずメンテナンスも兼ねて直接聞いてみるか。
「では、私が護衛に」
「いえ、私が行きましょう」
プリミラを遮るように、フィオナ様が自身がついていくと宣言した。
魔王様の護衛とか、もはや怖いものなしだな……。
まあ、時任が相手なら四天王でも過剰戦力なんだけど。
◇
「おつかれ、なにかトラブルでもあった?」
「ひぇっ!! ま、魔王様……」
時任に会いに行くと、店中をひっくり返すようにして何かを探していた。
もしかして、商品として置いていたアイテムでもなくしたか?
幸い、今はあまり高価なものは売らない方針なので、最悪なくしてもそこまで思いつめることはないんだけどな。
「あ、あの……実は、売上がどこにもなくて……」
「え……」
わりと
「当然、着服したとかじゃないよな?」
「ち、違います!! ピルカヤさんにも確認してみてください!」
「だよなあ。ピルカヤが見ているのに、そんなことするはずないし」
命乞いして、自らここの店員へ志願したのに、そんな馬鹿な真似するとも思えない。
とうことは、本当に売り上げが消えてしまったということだ。
「その子、嘘ついてないよ~。というか、ボクにも売り上げがどこにあるかぜんっぜんわかんない」
ピルカヤの声だけが聞こえてきた。
きっと、この商店の周囲の松明に移って伝えてくれたのだろう。
「まあ、なくなったものはしょうがないか」
もしもこれが普通の商店なら、大変な失態だろう。
だけど、商店はあくまでも試しに使って見ているだけで、お金も増えるならなにかに使えるかも程度の考えだ。
時任だけでなく、ピルカヤも売り上げのありかがわからないのであれば、もういくら探しても時間の無駄だ。
「消えたか……となると、今後も売り上げは消える前提で売るべきか? 売ることに意味がなくなって、いよいよ侵入者を生かさず殺さずのための施設になりそうだな」
「そうですか。それでは、この施設はあまり意味がなさそうですね」
「ひ、ひぃ……すみません。がんばりますから、解雇は勘弁してください」
なんかフィオナ様が、いつもよりアホっぽくない。
というか、やはり魔王としてはこちらの顔がふつうなのかもしれない。
ふだんのフィオナ様を知らなければ、俺も時任と同じく恐れていたと思う。
……いや、ステータスを忘れるな。ふだんのフィオナ様でも、俺なんかアリンコみたいなものだぞ。
「消えた……ダンジョンのほうに変化とかないかな」
メニューを見る。
課金要素みたいな感じで、新規メニュー追加されてないかな。
あるいは、ダンジョンの魔力に売り上げの数パーセントが還元されるとか。
「あれ?」
「どうしました。レイ」
真面目モードなフィオナ様に尋ねられ、わずかに体が
なんとなく心地が悪くなり、すぐにフィオナ様の問いかけに答えた。
「俺のステータスが上がっているみたいです」
「侵入者を撃退したからでは?」
「いえ、それにしてはなんかやけに多い……あ」
ステータス。メニュー。マップ。色々見ているうちに気がついた。
この商店だけアイコンが選択できる。
選択してみると、そこには設定メニューのようなものが表示された。
「売上 → 経験値変換率:100%」
なんかいかにも怪しい設定があるじゃないか。
少しいじってみると、パーセントの部分の数値を自由に変えられるみたいだ。
つまり、これが原因だろう。
「ええと、ごめんなさい。売上ですが、たぶん俺が全部奪ってたみたいです」
「……説明していただけますか?」
少しの間をおいてから、フィオナ様が感情を殺したように尋ねてくる。
一見すると、俺への怒りをこらえて冷静さを装っているように見える。
だけど、驚きかけた表情が見えたので、きっと素で驚く自分を時任に見せないようこらえたんだろうな。
「商店の売上を、俺への経験値に変換できるみたいです」
「そう!……ですか。それは喜ばしいことですね」
ついに素が出た。
フィオナ様が喜んでくれているならなによりだ。
そして、俺のせいということはなんとなく理解できたらしく、時任もほっとしていた。
「騒がせてしまってごめんな」
「い、いえ! 私は別に……」
さすがに悪かったと思うよ。
こんなわけのわからない理由で売上が消えるなんて、普通は想像もできないからな。
というか、商店を設置した俺でさえ知らなかった機能だ。
「あ……でも、そうなると時任への給料が払えないか。一旦設定変えるから、とりあえず明日以降もこのまま続けてくれ」
「は、はい!」
さすがに無休や無給で働かせる気はない。
いつ裏切るかわからないといっても、自分でその可能性を高めるのも馬鹿馬鹿しいしな。
魔王軍で働いている以上は、待遇を悪くしてこき使うなんてことはしないほうがいいだろう。
もしもそれでも裏切るというのなら、そのときはあと腐れなく敵対もできるというものだ。
そんなことを考えながら、俺とフィオナ様は一旦地底魔界へと戻ることにした。
……また壁を作り直さないと。やっぱり隠し通路かなにかを作っておくか?
いや、危険だし多少魔力が減ってでも、こうして道を塞ぐべきだな。
◇
「ただいま。なんか俺のせいだった」
「うん、聞いてた。お金まで糧にするとか、強欲でいいねえ」
「レイ様が強化されるのであれば、他の種族の貨幣よりも価値があります」
ありがたい意見だけど、そうも言っていられない。
時任はちゃんと雇用するのだから、売上のすべてを俺が独占するのはありえてはいけない。
そうなると、とりあえずはこんなところか。
売上 → 経験値変換率:50%
これで、時任の手元にも売上が残ることだろう。
もしも貨幣があまったのなら、そのときは当初の予定どおりになにかに役立つということで保管しておけばいい。
それにしても、売り上げに応じて経験値が入るとは、ありがたいシステムだな。
どうやら、今後は商店についても真面目に考える必要がありそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます