第29話 狡兔三窟 決死のダイブ
「大きくしすぎたかな?」
今日もダンジョンは盛況だ。
獣人たちが訪れては魔力と経験値へと変換されていく。
最初の分かれ道で油と火の罠で半分が脱落し、もう一方は次の三通りの分かれ道で中央の迷路を選択した者も脱落する。
迷路を選択せず左右に進んだ者も、左は低位モンスターを詰め込んだ行き止まりの部屋なので適当に暴れてから引き返す。
右はガーゴイルと岩の罠を配置したため、今のところ突破できた者はいない。
「油の道も、迷路も、ガーゴイルも、その先まで進めた獣人はいないんだよなあ」
「まあ、それも今だけだと思うよ? 何人かは撤退している。前に進むことしかできないと思っていたけど、少しはまともな獣人もいるみたいだね」
ピルカヤの言うとおり、さすがに侵入した獣人すべてを倒すことはできなくなった。
火だるまになりながらも生き延びる者。毒に耐性があるのか、運良く迷路の入口に戻る者。ガーゴイルから逃げ出す者。
彼らは一度町へと戻り、今回の探索で得た情報を仲間たちと共有するかもしれない。
「少しずつダンジョンの構造を調べて、いずれは攻略するってこともあり得るか」
「そうだね~。だから、今手こずってる場所も、いずれは簡単に対処されるかもしれない。それで、はいおしまいじゃ、あっけなさすぎるってものさ」
「そうかもな。長い目で見たら奥の部屋や仕掛けも意味を成してくるだろうし、広いに越したことはないか」
「ピルカヤの言うとおり、獣人たちもなかなか侮れないようですね。ほら、迷路の先を見てください」
フィオナ様に言われて確認すると、迷路を進むウサギの獣人が見える。
草食獣の獣人だからだろうか? なんかおどおどとしていて、ふつうの獣人よりも好戦的ではなさそうだ。
そんなウサギが迷路の中をどんどん進んでいく。
「すごいですね。先ほどから間違わずに迷路を進んでいます」
感心したようにプリミラが敵を評価した。
たしかに、今までの獣人と違う。当てずっぽうに前に進んで迷うのではなく、分かれ道のたびになにやら考えてから進んでいる。
もしかして、なにか法則でもあったか? ……いや、あの迷路にそんなものはない。
俺もマップをなぞって遊んでみたが、かなり難しかった。その中を実際に進むとなると、難易度はさらに上がるだろう。
「……彼女。バジリスクも毒の霧も回避しながら進んでいますね」
「うわっ、ほんとだ。ウサギだし耳がいいからわかるのかな?」
バジリスクのほうはそれで回避できたとしても、毒の霧は音とは無縁のはず……。
そもそも道がわかっている時点で、聴力以外のなにかで判断している可能性が高い。
さすがに遭遇できず、範囲外を進まれると、迷路の仕掛けはなんの役目も果たせない。
ウサギの獣人は、結局無傷のまま迷路を突破してしまった。
まあそういうこともあるか。
だけどダンジョンはこれで終わりではない。
この先の仕掛けがどれほど効果的か、ようやく確認できると考えることもできる。
まずは、落とし穴と転がる岩の組み合わせだ。
「……動きませんね?」
「そうですね。休んでいる、というわけでもなさそうですし」
足を前に進めようとしているが、なにか決心が定まらないかのように後ろに下げてを繰り返している。
……妙だな。ただの道ならそんなふうに迷うことなんてありえない。
「なんだろうね。ここで
「ふつうならそうだよな。ということは……落とし穴に気づいているのかもしれない」
「……罠を感知する能力ってこと? それならさっきの迷路も罠扱いで攻略したのかな?」
「敵と罠を避けた場合の最適解だったからな。なにか特殊な力を持っている可能性は高いと思う」
だけど、それならなんでこんな落とし穴一つで止まっているんだろう。
仕掛けられていることを知っていれば、避けることは難しくないはずだ。
いったいなにに
「あ」
誰があげた声かはわからない。
だけど、きっとこの場にいた誰もが同じような反応をしたので、この際誰の声でも関係はなかった。
あのウサギは、それほど予想外の行動をとったのだ。
「……飛び込みましたね。自分から」
フィオナ様の言うとおり、ウサギは意を決したように落とし穴の上に跳躍した。
避けるのを失敗したとかではない。
あれは完全に落とし穴の存在に気づいていながら、なぜかそこに飛び込んだように見えた。
「岩も落ちてきたけど、あの様子じゃ中のウサギは無事だろうね」
「そうだな。だけど一応は、閉じ込めるという予想どおりの結果にはできた」
「ところで、他の侵入者はすべて撃退できたようですが、閉じ込めた獣人はいかがいたしますか?」
……そうか。分断するための落とし穴だったけど、結局奥まで進んだのは、あのウサギだけだった。
どうしよう。流石にこのまま放置しておくわけにもいかない。
次の侵入者が来る前に、落とし穴と岩をもとに戻しておきたいからな。
「とりあえず、使った罠を再作成して回るか」
「ではお供します。あのウサギが、レイ様に襲いかかる可能性もありますので」
プリミラがいれば安心だな。
だけど、俺が一人であった場合は下手したら俺がやられる。
――なにせ相手は転生者なのだから。
やけに順調に進むのが気になったので、ステータスを確認してみたら明らかにおかしな表示がされた。
どう見ても俺と同郷の名前だ。これまで見た獣人たちの名前とはまるで違う。
つまり、俺と同じく転生者ということだろう。
ステータスは国松よりも低い。俺とわりといい勝負な時点で低めのステータスともいえる。
少なくともこれまでこのダンジョンに挑戦していた獣人たちに劣る。
それなのにやけに順調に進んでいたのは、なんらかのスキルの効果と考えたほうがよさそうだな。
さて、期待はしていないが、せっかく捕らえたことだし、一応会うだけ会ってみるとしよう。
◇
地底魔界から一番近い場所と、獣人用のダンジョンの間に道を作成する。
これで俺たちもあのダンジョンに行き来ができる。
そして、用がすんだら壁を大量に作成して塞いでしまえば、あちらからこちらに侵入されることもない。
魔力をそこそこ消耗するのが問題だから、あまりやりたくないな。
迷路の先に到着してから、起動済みのトラップを一度リセットする。
すると落とし穴を塞いでいた岩はきれいに消えてなくなり、その下で閉じ込められていたウサギの顔が見えた。
「降伏します! なんでもします! だから助けてください!」
転生者は……俺に向かってそう叫んだ。
なんでもと言われても……相手は獣人だ。つまり、プレイヤーキャラの味方であり、断じて魔族の味方ではない。
正直なところ、いつ裏切られるかわかったものじゃないし、面倒事は避けたい。
「スパイとかしましょうか!? 獣人どころか人類裏切れますよ私!」
……スパイと言われても、ピルカヤに調べてもらえば大抵のことはわかるはずだ。
ガードが硬いところは無理だけど、この転生者がそこまでの情報を得られるとは思えない。
「え、ええ……。嘘でしょ? そんなこと言ってふざけてるとか思われるんじゃ……ええい! 私にはこれしかない!」
なんか一人で呟いていると思ったら、急に意を決したように自身を鼓舞したように叫びだした。
……誰かと連絡を取っている? なら、危険な存在かもしれない。
「ああ、待って待って! 店番やります! それでいかがでしょう!?」
……たしかに、つい先日商店を作ったばかりだ。
そしてその使い道を思いつくことができず、今では隠すようにしている。
その使い道ができるとしたらありがたいけれど、どうしてこの転生者がそんなことを知っているんだ……?
「とりあえず……フィオナ様に相談するか」
この転生者がなにか企んでいるのかわからない。
本心からの命乞いかもわからない。
俺にはもう、魔族以外の言葉は信用していいのかさえわからなくなっている。
なのでここは上司に判断を委ねることにしよう。
俺はピルカヤを通じてこちらを見ているであろうフィオナ様を呼ぶことにした。
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