第20話 社長の抜き打ちリサーチ

「レイ。レイ」


「フィオナ様……どうしたんですか?」


 プリミラに玉座の魔力の浪費がばれて以来、フィオナ様は玉座の間の魔力を回復していた。

 そのため、最近では顔を見ることもなく、プリミラとピルカヤと共に簡易ダンジョンを管理している。

 だけど、今日はフィオナ様が俺たちのもとにやってきたのだ。


 ……なんか、部屋にこもりきりだった人が、久しぶりに外へ出てきたみたいで、驚いてしまった。

 まあ、実際そうなんだけど。


「なにか変なこと考えてます?」


「いえ、そんな、滅相もない。ところでどうしてここへ?」


「魔王ですからね。レイが作った簡易ダンジョンがどうなっているか、様子を確認しにきたのです」


 なるほど、俺の上司というか魔王軍の最高責任者だもんな。

 部下の働きを直接見にきてくれたわけか。

 相変わらず、ずいぶんと部下想いな魔王様だ。


「……魔王様」


「なんですか? プリミラ」


「玉座の間の予備魔力はすべて補充を終えたのでしょうか?」


「……」


 黙ってしまった。ピルカヤのほうを見ると、なんか必死に笑いをこらえている。

 それで大体察した。フィオナ様、魔力の補充に飽きたんだ。

 だから気分転換かわからないが、こうして俺たちのもとへやってきた。

 そして、その事情にいち早く気づいたプリミラは、すでにフィオナ様にお説教するモードになっている。


「玉座の間の魔力は、地底魔界でも特に重要な役割です」


「ええ、わかっています。わかっているから、ずっと一人でもがんばって魔力を込めていました」


「終わったのですか?」


「……ちょっと疲れたので、休憩がてら視察をと思いまして」


「レイ様が作成したダンジョンは順調に侵入者を呼び寄せています。ピルカヤ様の目もあり、万全の体勢なので問題ありません」


 だから玉座の間に戻れ。プリミラの目はそう言っているかのようだった。

 正論なのでいかに魔王様といえど逆らえないのか、フィオナ様はなんだかしょぼんとしながらも帰ることにしたらしい。


「えっと……どんなダンジョンなのか確認します?」


「はい!」


 わかる。わかるから、そのジト目やめて。

 甘やかすなというプリミラの視線にじっと耐える。

 だって、なんかかわいそうだったんだよ。フィオナ様、魔王のくせにわりとダメな魔族だからな。

 きっと、一人でさみしかったんだろう。


「これが全体図です」


 そう言って、俺のスキルで見えるマップの書き写しを手渡す。

 この画面、俺以外に見えないからなあ。

 それが便利なときもあるが、マップを他の魔族に見せられないのだけは不便だ。


「ふむふむ……序盤はただのゴブリン。だんだんと強くしていき、最後はゴブリンキングが群れを率いるのですか」


「はい。侵入してもらうことが目的なので、いきなり強いのは置かないほうがいいと言われたので」


「宝箱は随時補充して、魔力も注いでいないと」


「モンスターだけだとすぐに人がこなくなると言われたので」


 まあ、それなりの頻度で侵入者が回収しているため、中身は低ランクのアイテムになるだろうとも言われているが。

 それでも、宝箱が置いてあるかないかでは、けっこう変わってくるらしい。

 一定以上の実力を持つ者なら誰でも回収できるほどの序盤に置いてあるので、中身は侵入者たちさえ期待していない。

 だけど、それなら奥には誰も手がつけていない宝箱もあるだろうという考えに至るそうだ。


 そうして、ダンジョンの奥を目指して侵入者たちは進んでいく。

 そこを全滅させるか、うまく撃退させるかを調整するのが俺たちの仕事だ。

 今のところは、ボス部屋を突破した者はいないから、あそこに置いた宝箱はそれなりの中身になっているかもしれない。


「……ボス部屋の宝箱私が預かりましょうか? あまりダンジョンの魔力を取り込みすぎると、侵入者たちに強力な装備やアイテムが渡ってしまいますし」


 そういえばそうだな。

 侵入者の調整ばかり考えていて、宝箱の中身にまでは気が回っていなかった。


「そうですね。そのことを失念していました。それじゃあ、あの宝箱はフィオナ様に」


「駄目です」


 預かってもらおうとしたのだが、プリミラに止められてしまった。


「な、なぜですか? プリミラ」


「魔王様、預かった宝箱をどうするおつもりでしょうか?」


「……途中まで魔力が注がれているのであれば、私が注入する魔力の量も少なくてすむと思うんです」


 ああ、そういうことか。

 預かるというか、いつもの宝箱ガシャに使いたいということか。

 俺としてはそれでもかまわない。どのみち侵入者に回収されなかった宝箱は、全部フィオナ様のもののつもりだし。


「あの宝箱がどれくらい魔力を蓄えているかご存知ですか?」


「いえ、それはわかりませんが……」


「では、魔王様があとどれくらい魔力を注げばいいかもわからないですよね?」


「そこは……ある程度の運でカバーします」


 それは、ノープランというのではないだろうか……。

 当然そんな提案がプリミラに通じるはずもなかった。


「これまでの宝箱の中身から考えるに、魔王様の運は悪いと思うのでだめです」


「な、なんでですか! あなたもピルカヤもちゃんと蘇生できたじゃないですか!」


「ボクらを引き合いに出さないでほしいなあ……」


「そ、それに、宝箱を回収しないと、侵入者たちに強力なアイテムが渡るのは事実です」


「そこは私が管理していますので問題ありません。そして、あの宝箱であれば、魔王様どころか私たちの脅威になるアイテムさえ出現しません」


 そんなところにまで気を配ってくれていたのか。

 プリミラもピルカヤとは別の方面で優秀なんだよなあ。

 さすがは魔王軍の四天王たちだ。フィオナ様がなんとか四天王たちを復活させたがるのもわかるような気がする。


「うう……ええと、部屋や道もそこまで複雑ではないようですね」


「あ、ダンジョンの話に戻るんですね」


「な、なんですか!? レイまで私に冷たくするようでしたら、私にいよいよ味方がいなくなるんですけど!」


「ボク味方ですよ~」


「さっきから、笑ってるの知っていますからね!」


「あ、バレちゃってました?」


 おかしい。魔王だから魔族全員味方のはずなのに、なんで孤立しているんだこの魔族は。


「ちゃんとフィオナ様の味方ですから安心してください」


「な、ならいいですけどね!」


「また甘やかして……」


 プリミラの言葉は聞かなかったことにしておこう……。

 忘れがちだがこの魔王様、一度自分以外が全滅したせいで一万年はやる気でない発言した魔族だぞ。

 ここで冷たくあしらうことで、すべてを投げ出してしまったら俺たちも困る。


「罠はしかけていないんですね」


「なんか思っていた以上に効果があるらしいので、事前にピルカヤに侵入者の規模を判断してもらってから、必要に応じて設置することにしました」


「あれえぐいですよ。あんな罠が常に設置されていたら、侵入者たちがすぐに全滅しちゃいますって」


 なので、数はせいぜい一つか二つ。

 そして、少なくともボスを倒せそうな相手以上に使うように助言された。

 甘く見ていたが、罠の効果けっこう高かったみたいだからなあ。


「……」


「フィオナ様?」


 ひと通りの感想を述べると、フィオナ様は黙ってしまった。


「指摘できそうなところがありません……」


「それなら、よかったんじゃないですか?」


 つまり、簡易ダンジョン作りは、魔王様が認めるほどには成功したということだ。


「私魔王なのに……」


 なにか助言したかったということだろうか。

 それとも、俺たちだけでダンジョンを完成させて疎外感でも感じたのか。

 とにかくこのままでは、また魔王様が落ち込んでしまう。


「ですが、やっぱり魔王様にちゃんと見てもらって問題ないと判断してもらえたほうが安心できます」


「そ、そうですか?」


「ええ、これからもよろしくお願いします」


「し、しかたありませんね! レイがそう言うのなら、今後も私がチェックしましょう」


 よし、これですべて丸く収まった。


「君、魔王様の扱い上手だね」


 やめろピルカヤ。

 俺にしか聞こえない声量だからよかったけど、万一フィオナ様に聞かれたらまた落ち込むぞ。

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