22.とりあえずの結末 *
「ぶっははははははっ!」
「……」
クロエの遠慮ない爆笑が【水晶宮殿】クランマスター執務室に響き渡る。
クロエの傍に立っているローズは苦笑する。
「ふひ! ふーっ、ふふふ! おかしぃ」
「……」
笑われている方のベルは憮然とした表情だ。
「そんなに似合わないかよ」
「いや、似合いすぎて困る。びっくりだね。でも、本来の性別の格好なんだから良いでしょ?」
「……」
今ベルが着ているのはいわゆるメイド服だった。
胸と背中の首筋にワンポイントで【水晶宮殿】のエンブレムが白抜きで飾られている他は、それほど飾り気はない。ただし、布地も縫製も素人目でも分かるほど高品質であり、一級の品であることが見て取れた。
それを着こなすベル本人も入念に磨き上げられ(それに関してのひと騒動は割愛する)、クランの女性陣の施した薄化粧(これに関しても以下略)により、どこぞの貴族家のメイドさんと言われても納得するであろう美少年、改め美少女に仕上がっていた。
何よりフェンリルの獣人特有の、優美なグラデーションのかかった毛色と獣耳がそれを引き立てていた。
「いや、まさかとは思っていたけど本当に女の子だったとはね。
まぁ、その服を着てれば、耳を出していても手を出してくる奴はいないだろうから、安心して働くと良いよ」
「この格好で外に出るのかよ……」
「そりゃそうだよ。使用人の仕事舐めちゃいけないよ?」
廃倉庫での戦闘から二日、盗賊ギルドと【水晶宮殿】の手打ちはトップ会談で成り、結果としてベルは【水晶宮殿】に所属を移すことになっていた。
「君が作った負債は君自身が稼ぐこと。まぁたいしたことはない。二十年くらいかな」
「なげぇ」
「もし逃げたりしたら、マリーが君の分を払うことになっちゃうからね」
「……逃げねぇよ」
ベルが何とも言えない表情でクロエを見返す。
ベルが【水晶宮殿】に捕らえられ、盗賊ギルドを裏切るふりをしたのは、盗賊ギルド側の事前の作戦通りの事だった。
ベルが盗賊ギルドには隠していたつもりだった血の繋がらない妹――マリーの存在を仄めかされ、裏切らないように保険を掛けたうえでの作戦だ。
もっともベルは本当にジョン達を裏切る気になっており、ガロアによる裏切り防止策の徹底で辛うじて予定通りになった形なのだが。
ベルからすると粗だらけのジョンやフィリップの計画に、ガロアが手を加えたのが計算外だった。
「なんで助けてくれたんだ?」
「ん?」
ベルはその内心はともあれ、事実としては【水晶宮殿】側を裏切った形となった。
にも拘らず、ベルは【水晶宮殿】の報復を受けることもなく、盗賊ギルドに捕らえられて売られることもなかった。それどころかマリーはベルの裏切りの代償だったはずのリジェネポーションで視力を回復していた。
結果として、全てはベルにとって都合の良い結果に落ち着いていたのだ。
だが、クロエが二人に情けをかける理由はなかったはずだ。むしろ裏切りへの制裁を科すなり放り出すなりする方が自然な流れのはずだった。
「その方が面白そうだったから」
「面白……」
「代金分は働いて返してもらうから、こちらとしては損もないしね。それに、ちょうど小間使いが欲しかったし」
クロエの感情の読めない笑顔に何も言えなくなる。
金持ちの気まぐれ。そんな言葉がベルの頭に浮かんだが、それが真実なのか、誤魔化しなのか、ベルには判断がつかなかった。
だが考えてみればそんなことはどうでも良いことに気づく。ベルにとっては事実だけが重要なのだ。
「……まぁいいや、借りは返す。僕自身のことも。マリーのことも」
クロエの笑顔の質が少し変わったように感じたベルは、その感じたものを確かめようとし……
ちょうどその時、執務室の扉がノックされた。
「来たかな? どうぞ」
クロエが入室を許可すると、ノイアに連れられてメイド姿の人族の少女が入ってきた。
「彼女が?」
「うん、マリーだね。十一歳?」
ローズの疑問にクロエが答える。
その少女は戸惑ったように室内を見渡し、その視線がベルを捉える。
「ベルちゃん?」
「マリー、目が……」
マリーが失明してから五年が経過していた。ぼんやりとした輪郭は見分けられたようだが、はっきりとしたベルの顔を見るのは五年ぶりということになる。
「ベルちゃん……!」
「マリー!」
マリーがベルのもとに走り出す。
感極まったベルはうっすらと涙を浮かべながら、それを受け止めようとして、
「このばかぁ!」
「ぐはっ」
マリーの顔面パンチをまともに食らう。
マリーはそのままタックルでベルを引き倒し、流れるようにマウントポジションをとる。
「一体何やってるんですか! 人様に! 迷惑をかけるなと! あれほど!」
「イタ! 痛いって! マジで! 顔はやめて!」
容赦ない顔面パンチを雨あられと浴びせかけられ、泣きが入るベル。もっとも子供の、それも女の子のパンチではさほど威力はないようだが。
「お姫様! ベルの不始末、私の目を治していただいたご恩は、私が一生掛けてお返ししますから!」
「え、お姫様って私のこと?」
予想外の展開に呆然としていたクロエが、マリーの言葉に我に返る。
「いや、二十年ほどの計算なんだけど。一生は掛からないかな」
「いえ、大丈夫です! あと百年くらいは長生きする予定ですので。全力でご奉公させていただきます!」
「え、百年?」
「はい!」
キラキラした目でクロエを見つめるマリー。完全に崇拝者の目だった。
昨日ポーションで視力を回復したその場で、噂のクロエを一目見て、軽く言葉を交わしたことで、その容姿、寛容さに感激して、完全に信者入りしていたのだ。
「お任せください! 残念ながら今の私ではろくにお役に立てませんでしょうが、必ずや炊事洗濯掃除礼儀作法、教養、文字も計算も全て修めてみせます! 早急にお役に立てるように頑張ります! あ、教育を受けさせていただけるということで大変ありがたく、はい今日からでも問題ありません!」
「あ、はい。いやそうじゃなくて、仕事の教育は講師側の都合もあるので、明後日からね? うん、あんまり頑張りすぎないで、ほどほどにね?」
「なんてお優しい……」
感激の涙を浮かべるマリーの勢いにちょっと引き気味になりつつも、かろうじて笑顔を維持するクロエ。笑顔は笑顔でも苦笑いだが。
「それではこの後、ノイアお姉さまに掃除の仕方をお教えいただく予定ですので、失礼しますね。はい、ベルもさっさと立ってついてきて!」
「え、僕も?」
「当たり前でしょ!」
ベルを引きずるように退室したマリーを見送ると、部屋にはクロエとローズだけが残った。
「嵐のような子だったね、マリー。昨日少し話した時はおとなしそうだったんだけど」
「あー、うん、元気があっていいんじゃないか」
儚げなおとなしい少女をイメージしていたローズもクロエの言葉に同意する。盲目の少女と聞いて、あんな活発な子を想像しろという方が無理だろう。
「まぁ何はともあれ、これでひと段落かな」
「本当に良かったのか? 私から頼んでおいて今更だが」
ベルとマリーの処遇について、【水晶宮殿】で面倒を見ることを提案したのはローズだった。
ただ、提案はしたものの断られるのを覚悟していたため、あっさり了承されたことに実のところ困惑していた。
「君がそうしたかったんだろう? 自分のエゴであることを自覚したうえで、それでもあの子たちは放り出したくなかった」
「そうだな」
「構わないよ。お人好しの君がそう言いだすことは予想できてたし。
ま、ベルはともかく、マリーまで放り出してしまうのは、私も寝覚めが悪かったしね。
……それに他ならぬ君の頼みだから。最大限配慮するさ」
「他ならぬ?」
自らの疑問の声に、じっとりと見つめ返してくるクロエに、若干たじろいでしまうローズ。
「な、なんだ?」
「……それ私に言わせる?」
「何をだ?」
ローズの認識として、クロエの自分に対する立ち位置は『トラブルで困ってるクランメンバーの面倒を見ているクランマスター』というものだ。
それにしては面倒見が良すぎると思わなくもないが、それほど深くクロエの性格を知るわけではないため、そういうものかと思っていた。
そう、十年来の付き合いにもかかわらす、ローズにとってはその程度の関係性なのだ。
これについてはクロエ側の責任が大きい。エルフの時間感覚のせいで悠長にしていたのもあるだろうが、いい訳にしかならない。それを自覚しているクロエとしては、ここで関係を進展させるべく、自身の思いを伝えることを決意する。
「十年前、君をクランに誘ったのはちょっと、というか大いに下心ありだったんだよ」
「書類仕事とか、雑用とか」
「ぐっ、そうじゃなくってさぁ。むう、自業自得ってやつか」
「??」
百面相じみた変化を見せるクロエの表情に困惑を隠しきれないローズ。
「んー、ごほん。気を取り直して、その、つまり……、なんだ……」
今度こそと思いながら、思いを口にする寸前で喉が自分のものではなくなったかのように、自由にしゃべれなくなってしまう。
焦って無理に言葉を紡ごうとすると、今度は何を言えばいいのか分からなくなる。
自身の不甲斐なさに、またもや愕然としてしまうクロエ。
今執務室にはクロエとローズの二人きり。この絶好の機会で何もできない自分に思わず頭を抱えてしまいそうになる。
「……?」
「私ってこんなチキンだったのか……。
でもさ、ローズがここに住むようになってから、私もそれなりにアプローチしてるよね? なのになんで気付いてくれないのかな……、これは私だけの責任ではないのでは……」
「え? もうちょっとはっきり言ってくれないか、良く聞こえないんだが」
挙句、ぶつぶつぐちぐちと小声で責任転嫁を始めるクロエだったが、ローズの空気を読まない言葉に思わずイラッっとくる。完全に逆恨みだった。
「そういえば倉庫の時、あっさり見捨てて逃げちゃったよね?」
「えっ」
突然の話題転換に動揺するローズ。クロエが何やら怒っているらしいことは察したが、口に出した事については、なんで今更という思いが拭えない。
「あの状況でも、クロエなら問題ないだろう? 実際問題なかったし」
「でもさ『上に天井と結界の隙間があるな、止めてくるから後は頼んだ』って、返事も聞かずに壁を駆け上がって置いてかれたときは、さすがに唖然としたよ?」
「いや、それは……」
倉庫で結界に囲まれたとき、その結界の上端は当然ながら天井よりは低く、上方には解放されていた。そうでなければクロエやローズの生き埋めを狙うことはできない。
その天井際と結界の僅かな隙間から脱出するため、ローズは三角飛びの要領で結界の内側を駆け上がり脱出した。時間がなかったため、クロエとの相談も打ち合わせもなかったのだ。
「あんな閉所じゃ大魔法は自爆しちゃって使えないし、普通なら私はそのまま生き埋めだよねぇ。普通なら見捨てないよねぇ。普通なら」
「い、いや、でも【水晶宮殿】があるだろう」
「一般には私の【水晶宮殿】はトリアコンターあってのもの、ってことになってるけど?」
「そんなわけないだろう」
不思議そうに否定の言葉を口にするローズ。
「ふーん、やっぱり君は気付いてたか」
「そりゃ気付く。トリアコンターの機能は詠唱待機だ。発動も維持、操作も同時にやってるクロエの【水晶宮殿】にはおまけ程度の効果しかない。むしろ世間が誤解してる方が不思議だよ、私には」
クロエは満足そうにうなずくと、ローズの言葉に肩をすくめる。
「私に都合の良い話だから否定もせず、むしろそれっぽく振舞って見せてるんだよね。結構あっさり騙されてくれる。
常識外れなことをしていると、人ってのは何か秘密があるんじゃないか、ズルしてるんじゃないかと思うのさ。そしてそれっぽい答えを用意してやるとそれで答えを得た気になって思考停止する。
有名人の噂でよくあるだろう? あり得そうであり得ない話が、まことしやかに流れることが。
あれと同じさ。あの人ならやりかねない。やっぱりそうだったんだ。思ってた通りだ。ってね」
何か昔のことを思い出したのか、不機嫌そうにため息をつく。
「今回はその囮が変な方向に効いて、妙なことになりかけたけど。
まぁそれはともかく、あれは見捨てたわけではなく、君が私を信頼していたからこそだった。そういうことにしておいてあげようか」
「そうしてくれると助かる」
ローズとしては言いがかりではないか思いつつも、実際見捨てたような形になったことは事実であるため、その言葉にほっとする。
「その代わり! ひとつ私の言うことを聞いてもらおうかな」
「え」
たった今貸し借りなしになったのではと、クロエの要求に理不尽さを感じるローズであったが、クロエの言葉はそれで終わりではなかった。
「マリーのリジェネポーション代。二人をうちで雇用したこと。両方ともローズへの貸しだよね。あー、そもそも今回の騒動自体が君の持ち込んだものじゃないか?」
「う……」
ついさっきかまわないと言ったくせに、という言葉を飲み込むローズ。実際自分が巻き込んだ側で、クロエは巻き込まれた側というのは曲げようもなく事実だったからだ。
「んふふー、どうしよっかなぁ」
ローズの諦めの表情に優位を確信したクロエが、楽し気に立ち上がる。
「ふっふっふ」
「ちょ、何する気だ」
わざとらしく両手を広げて、手のひらを意味ありげにワキワキとさせるクロエ。
得体のしれないポーズに思わず後ずさったローズの重心が、軸足から外れた半端な状態になった一瞬を目ざとく捉え、クロエは高速の踏み込みでローズとの間合いを詰めて、その服の裾を掴む。
「隙あり」
「ぐ、無駄に高度な技を……」
体勢の不利でクロエの動きに対応できなかったローズ。借り物の服を乱暴に扱うわけにもいかず、掴まれるままにクロエの次のアクションに身構える。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……?」
「……えい」
ふわりと包み込まれるように抱きしめられる。
「……え」
クロエがローズの右肩に口元をうずめる。両手はローズの腕ごと抱え込むように背中に回される。
「とりあえずこれで勘弁してあげようか」
完全な密着状態。
正面から服越しでも柔らかな感触に包まれ、ローズの混乱は極限に達する。
「!!!??!??」
彼――今では彼女は、自分が女性とこのような体勢で触れ合うことが、初めてであることに、今更ながら気付く。
(なんてことだ……。いや、まて、数日前に両腕を抱えられて寝たことが……、いや、あれは触れてたのは腕だけだったな。正面から抱き合う状態は……やっぱり初めて?)
片思いの――と思い込んでいる――相手に突然抱きつかれ、頭の中は大混乱だったが、それでも頭の一部分がやけに冷静に自身の経験を振り返る。そのことを不思議に思いつつも、次に自分がどうすべきなのかは全く考えることができない。思考の大半が自分の意のままにならない。精神的衝撃を感じるほどのクロエの体温と柔らかさが、頭の全てを占拠しかけていた。
クロエの腕の力は決して強くはない。振り払おうと思えば振り払えるだろう。でも出来るわけがなかった。振り払うにはあまりにも甘美すぎたのだ。
しかし、これは……
「これって心臓の音?」
「ほあっ!?」
ばれた。
クロエに抱きつかれて、心臓がバクバク言っているのが。彼女を意識していることが。
かーっと顔が熱くなる。
顔だけではない。全身の体温が上昇するのを感じる。
心臓の鼓動がますますうるさくなる。
クロエの呼吸音が聞こえる。
クロエのわずかな身じろぎが、ただでさえ凶悪なその体温と感触を増幅させて……
「はい、そこまで!」
「はうっ」
精神的にオーバーフローしかけていたローズ。しかし、寸でのところで抱え込まれるように、クロエから引きはがされる。
「ノイア! いつの間に……」
ローズを自分から引きはがしたノイアに抗議の目を向けるクロエ。
「普通に正面から入ってきましたよ。というか、何しているんですか、クロエさん」
「良い感じだったんだから、邪魔してほしくないんだけど?」
クロエとノイア、二人が焔の幻影を背に睨み合う。
「あう」
しかしローズはそれどころではない。今度は、存在感を主張する二つの質量が背中から首筋に強く押し付けられているのだ。それが何かなど確かめるまでもない。
先ほどまでのクロエよりもよほど強く抱きしめられ、凹凸のはっきりしたノイアの全身を背中に感じる今の状態は、限界寸前だったローズにはあまりにも刺激的過ぎた。
「きゅう……」
「え」
「……あら?」
そして、限界を突破したローズは目を回して失神する。
それに気づき、唖然とする二人。
「いやぁ、さすがに初心過ぎないかね、ローズ」
「……いえ、そうでもないのでは?」
「ん?」
ノイアはソファーにローズを寝かせながら、クロエの言葉に異を唱える。
「むしろ、これが本来のローズさんなのでは」
「どゆこと?」
ノイアはその疑問には直接答えず、逆に質問を返す。
「一般的に、エルフの成人は何歳ごろですか?」
「四十前後かな」
「ローズさんの年齢は?」
「三十八……」
「ローズさんの体格的には小柄、身体的にはまだ未熟だと思われます。特殊な事情で女性としての心得は不十分、精神的にも未熟だということです。
つまりローズさんをエルフ女性として考えた場合、成人前の少女だと考えて差し支えないということです」
「なん……だと……?」
ノイアの指摘に衝撃を禁じ得ないクロエ。
そういえば、とエリザベートも似たようなことを言っていたことを思い出す。
(あの時は聞き流してたけど、よくよく考えてみればそうなのかも……。いや、でも、だって)
理屈としては頷けるのだが、かつてのロイズのイメージとのギャップのため、素直に受け入れることができない。
「未成年に迫る二百歳……」
「いやいやいや! 違うよね!?」
ノイアのダメ押しを必死に否定するクロエ。認めてしまえば人として終わる。
「ロイズ、ってかローズも人族男性として三十八年も過ごしてきて、精神的には成熟していた……はず……だよね?」
「実はエルフの少女のメンタルで、これまでの人生を我慢していたとしたら? 慣れない環境、慣れない体で、違和感を押し殺して、社会に適応するためそれっぽく振舞っていた、とは考えられませんか」
「えぇ……、でもそういえば……、妙にかわいらしい、というか微笑ましい所があったね、そのギャップがゴニョゴニュ」
世話焼きでお人好し、気配りができて、変なところで引っ込み思案なところがあって、甘いものが好きで、野営地に咲く野花を愛で、自宅に植木鉢を並べて草木を育て、密かに小物集めが趣味で……
「なんでそんなこと知ってるんですか?」
「いや、えーと、ははは……」
父親を通して付き合いのあったノイアはともかく、この十年間、知り合い程度の関係性だったクロエが、なぜローズの趣味嗜好を把握しているのか。
そこまで考えてノイアにピンとくるものがあった。一連の騒動におけるクロエのローズへの態度と合わせて考えれば……、ノイアはついにその理由を察する。
「そうですか、そういうことだったんですか」
「な、なんだよ……」
ライバルへの警戒度を一段と引き上げるノイアの鋭い瞳に、クロエが我知らず慄く。
「まぁ、十年間何もできなかった人に今更負ける気もしませんが」
「は!? はぁ!!? 何言っちゃってるかな! 十六の小娘のくせに!」
「二百歳児に威嚇されても」
「お、おま、く、このっ!」
いささかならず身に覚えのあるクロエは、反論に詰まって言葉が形にならない。
「こんな屈辱、初めてだ……」
少し涙目になったクロエが上目遣いにノイアを睨むが、状況が状況だけに迫力は全くなく、ノイアに平然と睨み返される。
そんな二人の対峙を興味なさげに眺める視線が一つ。
「……いつまで続くのかしらこの茶番」
出先から戻り、ノイアと共に執務室に入ってきていたエリザベートは、自分の執務机で頬杖を突きながらため息をついた。
――――――
ダンジョン【竜王の風穴】第百一階層。
物理的手段ではいかなる方法をもってしても侵入できない場所にそれはあった。
さしたる広さはない。田舎の豪農の家の方が広いくらいだろう。
そこにあるのは一つの白い繭。
天井と床に張り巡らされた糸によって支えられたそれは、得られた結果に満足するように静かに胎動する。
それに呼応するようにダンジョンが揺れる。
羽化は近かった。
――――――――――
第一章はここまでとなります。
次話より第二章、新たな登場人物が「物語」を引っ搔き回します。
面白いと思って頂けると、作者としてこれに勝る喜びはありません。
また、★評価、フォロー、応援、コメント頂けると作者の励みになります。
お気が向きましたら、よろしくお願い致します。
――――――――――
一部改訂しました。
・ベル君がベルちゃんに
・裏切り関連の説明を追加
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