敗色勇者と〇色魔王

きむち

第1話

「なあ、お前今何の仕事してんの?」


広い、広い廊下を二体の男女が歩いている。二体以外の足音はない。大柄の男性と小柄の女性。男性の頭には明らかに人間ではないと断言できるこめかみから後頭部にかけて生えている大きい角が二本。女性の方は研究者が着るような白衣を着ているが、細いしっぽが白衣の下からはみ出ており、こちらも人ではないことがわかる。


「それ、聞いてくるの何回目?さすがに飽きたわ。」


空は薄暗く、まるで世界の終焉のよう。ここは魔界、魔物たちの住まう場所。しかも二人の男女が歩く廊下は、魔物たちを統率する王がいる魔王城の一角である。

荘厳な柱、高い天井、等間隔で置かれている甲冑は、100年程前に動き出して戦っていたことがある。その際ほとんどが壊れてしまったがすべて修復され、いまは置物の役割を果たしており、魔王の許可なく勝手に動き出すことはない。


100年程前、ここ魔王城で大きな戦いがあった。魔王軍と勇者の戦いだ。

魔王が実力を認めていた四天王が次々と倒され、魔物の絶滅が目前に迫っていた。魔物たちに余裕などという言葉が存在していなかったその一時。誰もが死を覚悟していた。魔王ですら死を覚悟していた。魔王と心中できることが何よりの誇りと思われたその一時。


魔王は、勇者に勝ったのだ。


魔物たちは歓喜した。反対に人類は絶望した。人類を滅ぼすチャンスだと誰もが思った。これから魔物たちによる蹂躙が始まるのだと誰もが思った。

しかし、魔王は人類を滅ぼすことはなかった。攻めることすら、なかった。

しかし、勇者を失った人類は魔王の、必ず人類を滅ぼす、というはるか昔に残した言葉におびえ、いつ攻め込まれるかわからない恐怖に苛まれながら今を生きていた。


「あー?何回目かなんか覚えてねーよ。」

「はあ、いい?私の仕事が変わってから53回目よ、53回目。二年に一度は聞いていることになるわ。あなたいい加減に脳を取り換えた方がいいんじゃない?なんなら私が紹介してあげるわ。私の友達、医者をしているの」

「俺は知ってるぞ、その友達がとんだぼったくりの闇医者で、しかも患者の許可なく解剖してくるって。」

「あら、知っていたの。ざーんねん。あなたそんな頭をしているわりに結構重要な役職についているからあの子のいいパトロンになると思ったのに。」


そう言った割に、女は残念そうな顔をしてはいなかった。はじめから男がそう答えることをわかっていたらしい。


「んで?結局何の仕事だよ。」

「あなたね、勇者関連の仕事だって何度言ったらわかるの?」

「その説明は俺の知りたい欲を刺激するだけだぜ?」

「本当におつむが弱いのね。詳細なんて知らないほうがいいって何度も言っているでしょう?」

「そんなちんけな言葉で止まるほど俺の意思は弱くない。お前だって知ってるだろ?」


女はあきれた顔をした。しかしこうなった男がどこまでもしつこいということを思い出したのだろう。仕方なく、という雰囲気を醸し出しながらしぶしぶと言った。


「……いい加減、しつこいのよね。ほんといやになるわ。……まあ、そろそろいいか。見せてあげます。例え他の何もかもを忘れても、このことだけは忘れられない記憶になるでしょう。本当は関係者以外には見せてはいけない、と決められているけれど、……誰にも見せたくはないのだけれど、あなたは次期四天王候補。見る権利はまあ、なくはないでしょう。魔王様もきっと許されるでしょうし。」

「よし勝った。ありが……ん?もしかして俺洗脳されるパターン?」


さてこの女、脳や身体をいじる魔法が大得意であった。もちろん洗脳だって彼女にかかれば朝飯前である。とはいっても格上の相手を洗脳するには少々時間がかかるし、洗脳し続けるためには魔法を定期的にかけ続けなければいけない。しかし洗脳し続けなければいけないことなどめったにないため、そのデメリットはあってないようなものであった。

そしてこの男、勇者との戦いで敗れて死んでいった四天王たちの後釜候補に選ばれていた。つまりは、魔王に実力を認められるほどの強さを誇っていることになる。


「あなた……、まあいいわ。これからあなたが同じことを聞いても一切答えないから。返事もしない。絶対に。絶対によ。」

「なら面白いものを見せてくれ。じゃねーと俺は全部忘れちまう。」

「私あなたのそういうところ嫌いだわ。直してって言ったってその言葉すら忘れてしまうのでしょう?やっぱり取り換えた方がいいんじゃないかしら。」

「闇医者はごめんだ。そして俺は今まで医者にかかったことのない超健康体。これからもかかる予定は、ない!」

「あらそう。じゃあもし医者にかかることになったら知らせてね。飛び切りかわいい医者をつれてあなたのところに行くわ。」

「やめろ勝手に連れて来るなそいつ闇医者だろ。俺の同郷が最近その闇医者に引っかかってんだよ。しかも引っかかったくせにそいつ闇医者に一目ぼれしたからって病院に足繫く通ってんだよおかしいだろうが。」


そう話している時、とても大きな扉の前で突然女が足を止めた。男ははじめそれに気づかずに話しながら歩みを止めずにいたが、少し進んだところでやっと女が横にいないことに気が付いたらしい。周りを一度きょろきょろと見てからやっと後ろを振り返った。文句を言おうとする男よりも先に女が口を開いた。


「ここよ。ここが私の職場。私の仕事は全てここで完結するわ。あなたが足を止めようとしないから、私が仕事を見せるって言ったことすら忘れてしまったかと思ったわ。」


むかっ。


「お前の職場がどこかなんて知るわけねーだろ。」

「教えたことなんてないもの。当然でしょ。」


むかむかっ。


「今俺は、めちゃめちゃむかついている。」

「私に関係ないわよね?それ。関係のない話をされると私妬いてしまうわ。止めてくれる?」

「こ、このやろう!ここが戦闘禁止区域だからって煽りやがって!抵抗するぜ?拳……は使えないから、あー、どうしよ。」

「切れやすいのはモテないわよ?決断力のない男もね。あなたの子供を見られるのは一体いつになるんでしょうね?」

「はー今に見てろよ、四天王になりさえすれば子孫繁栄将来安定間違いなし!実際前の四天王の皆様もモテにモテてたからな!」

「そんな迷信を信じているの?前四天王のことなのだからあなたには当てはまらないでしょうしあなたはまだ候補なのよ?図に乗りすぎているのではなくって?」

「今!俺は!めちゃめちゃむかついている!」

「妬いてしまうわよ?」


さて、それなりに話をしている最中も、まだ女は扉を開いてすらいない。女は男と話している間もこの扉を開くことを迷っているらしい。その迷いが男にも伝わっていたのだろう。男は女にそれを指摘しようとはしない。こんなに煽りに煽っているこの女だが、根は悪い奴ではないのだ。女に助けられたことも何回かあった。もちろん煽られたが。


「……ねえ、本当に見てしまうの?きっと後悔するわよ?」


それは、女にとって最大級の心配の言葉だった。しかしこの男は自分の言葉で歩みを止めるような性格をしていない。わかっていたのだ。いつかはこの秘密を打ち明けなければいけない日が来ることを。


「はっ、男に二言はねえ、見るに決まってる。今までのらりくらりかわされてきたが、やっとそのチャンスが回ってきたんだ。逃すわけねえだろ。」

「やっぱりあなた忘れたふりをしていただけでしょう!」

「俺は嘘なんかついてないぜ?何回聞いたのかを忘れただけだ。」

「むか!」

「んなこと言おうが別にかわいくないぞー。」

「私よ?かわいくないわけないじゃない。」

「仕事着を脱いでから言ってくれたまえ。……扉の先に何があるのかはもうわかってんだ。後はその詳細だけ。見ただけで驚くわけねえだろ。」

「そういう事ではないのよ、そういう事では。」


女がどこからか光り輝く大きめの鍵を取り出す。その鍵は扉に吸い込まれていき、ガチャっ、と音が鳴る。開いたのだ、今まで数少ない関係者以外を通さなかった扉が、部外者である男を通すために。


「その鍵、あのクソ執事の魔法か?随分厳重なんだな。」


クソ執事とは、魔王城において参謀的な役割を果たす存在である。そして魔王の右腕として執事の真似事をしている。魔物たちに嫌われてはいないが好かれてもいない。魔王の傍から常に離れないからか、魔物たちの嫉妬を一心に受けている存在だ。


「ここの鍵を開けられるのは私とその執事、そして魔王様だけ。それ以外が魔物がこの扉をくぐるのはあなたが初めてよ。」

「初めてをもらえるなんて男として名誉なこと……」

「ほら、早く来て。あまり長く開けていたくないの。」

「はいはいすぐ行きますよっと。」


バタン、と二体を中に受け入れた扉が閉じた。



「なるほど、これが……。」


暗く広い部屋の真ん中で、勇者が緑色の培養ポットの中で浮かんでいた。培養ポッドは液体で満たされており、定期的にごぽごぽと水泡の音がする。勇者は死んでいるわけではないらしく、目は閉じているが鍛え抜かれたその肉体は、今にも動き出しそうなほどの迫力があった。


「やっぱ見ただけじゃ驚くもんはないな。俺は何に驚けばいんだ?」


その質問に、女は答えない。この場所に自分ではない誰かが入ってきた今、彼女は冷静を保てていない。


「……勇者なんてあの時に殺せばよかったのよ。なんで今こうやって人間である勇者の寿命を延ばしてまで生かしていると思う?」

「そんなの勇者を利用して人間を滅ぼすためだろ?その方が人間は絶望するって魔王様が言ってただろ。」

「そんなもの、ただの建前に過ぎない。」

「じゃあ何だってんだよ。」

「……いい?魔王様は、」

「魔王様は?」

「……………のよ。」


何かに堪えるように言葉を口にする女。しかしその言葉が男に届くことはなかった。


「聞こえねえんだが。」

「……………れしたのよ。」

「何したって?はっきり言えよ聞こえねえんだって。」


全く聞き取ってくれない男にいらいらとしてくる女。こんな言葉、言いたくもないし理解したくもない。むしろ恥だ。こんなことが私の仕事だって、今でも信じたくないのに。だというのにこの男は何度も自分にこの言葉を言わせようとしてくる。二度も三度も言いたくない、でもこの男はすっぱりと諦めるような男じゃない。そして女は投げやりになった。恥は捨てられないが、真剣に言うよりかはましだろうと無意識下で考えて、そして言葉を紡ぐ。

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