残夢
はとさん。
第1話 愛
「七海、お前いつ抱かせてくれんの」
幼馴染と家でゲームをしてる最中、こんなことを言われたら誰もが驚くだろう。
だが、その時の私は意外に冷静で、でも心臓の音が鳴り止まなかった。
「…高橋と付き合ったおぼえ、ないんだけど」
「え、マ?おれたちもう高2で、何回家来たかわかんないくらいなかいいよな?親だってあんたらが結婚したらこっちも身が楽とかさ、言ってただろ」
私の返答が意外だったのか、弁解するように慌てて理由を並べ始めた高橋が、やけに滑稽に見えた。
友達だと思ってたの、私だけだったんだ。
てか、今までの全部、下心ってこと?
「…高橋は私のこと好きってこと?」
「おォ、お前もだろ」
「違うよ」
どこかでひゅ、と音がした。きっと、高橋が息を吸う音だった。
「は?じゃあなんで今まで思わせぶりなことばっか言ってたの。おれら男と女だよ?お前ビッチだったりする?」
「いや…男と女だからってなんなの。友達でいいじゃん。それに思わせぶりって何?高橋が勘違いしてただけじゃない?」
「いやいや!卒業後も一緒にいようとか、電話したいなとか、こっちからしたら脈アリにしか感じないんだけど?彼氏いておれのことキープしようとしてんだったら、お前相当悪女だよ。無意識とか、アリエねェし」
私は本当の親友のつもりで言ったのだが、どうやら恋愛的な「脈アリ」行動だったらしい。全くそんなの考えてなかった。好意をぶつけられても、それに応えられない自分に少し嫌気がさした。
「高橋の気持ちは嬉しいよ。でも、私、高橋のこと恋愛的に好きなわけじゃないし」
今ひとつ、嘘をついた。
高橋の気持ちが嫌だったわけではない。でも、嬉しかったわけでもない。
私の気持ちは全く動かなかった。
「はぁ…そうかよ。ごめんな、なんか、勝手に勘違いしちゃって」
「私もごめんね」
「は?お前がおれに謝ることある?」
恋愛感情がないこと、と言いかけて、やめる。
これ以上言うと、私も高橋も傷つく気がした。
「ああ、断っちゃってごめんてこと。私は高橋の幸せを祈ってるよ」
「おれはお前と幸せになりたかったよ」
困り眉の高橋が弱々しくそういい、罪悪感が胸に残った。でも、きゅん、とか、そんなのは、なかった。
高橋だからとか、他の人だったら違うとかじゃない。
私は恋愛ができない。
こう言う人を「無性愛者」と言うらしい。
高橋のことは、友情の意味では「大好き」だ。
それは親友の亜美に対しての気持ちと変わらない。
これからもずっと2人で一緒にゲームしたりして、馬鹿みたいに笑い合えると思ってた。でも、それは、叶わないらしい。
もし、私も高橋のことが好きで、両思いだって喜べて、2人でお互いを愛しあい、馬鹿みたいに笑い合えたなら。
そんな幻想が、もし叶ったのなら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「高橋に告られたァ⁉︎」
「ちょ、亜美、声大きいって」
高橋とLINEで謝りあった結果、私は振ったことを、高橋は振られたことを友達に公表し、付き合いはこのままということになった。でも、なんだか気まずくて、それから家とか遊びに誘うことはできていない。高橋の方も、同じ感じのようだ。
「…って感じ。高橋とは和解できたけど、なんか気まずいんだよねぇ。」
「そりゃそうでしょうよ。七海は元に戻るだけでしょうけど、高橋は、振られた上、友達としていなきゃならないんだからね。和解したとはいえ、気持ちがなくなったってわけじゃないと思うし。」
「だよねぇ…高橋めっちゃ優しいし、面白いし、でも、恋愛的には見れないからさ…私が高橋のこと好きになれてたらって、思っちゃうんだよね」
がっくりうなだれる私を慰めるように、亜美は優しい声で言った。
「まぁ、気持ちがないのに付き合うのも、それが一番傷つくしね。いつかは絶対こうなってたんだよ、お互い」
仕方がないことだと亜美は言うけれど、私はそう思えなかった。
中1、中2、中3、高一、高2。
友達がはしゃいで読んでいた恋愛漫画も、ドラマも、全部私にはわからない。
あんたちょっとおかしいよ、って、言われたの、今も覚えてる。
私はちょっとおかしいらしい。
自分でもわかってる。恋愛しようと頑張ったことも何度もある。
でも、そのたびに自分の心が動かないのを感じて、自己嫌悪に陥る。これの繰り返しだった。
「うーん。一回付き合ってみれば?」
そう、友達に言われたのが始まりだった。
「え、本当に言ってる?そんな軽いことじゃ…」
「いやー。七海が気づいてないだけってこともあるしさ。一回付き合ってみて、やっぱ無理だなーってなったらお別れすればいいじゃん、トライアル期間的な、っていう」
あとから思い返すとこの提案は人間としても提案としても最低最悪だが、この時の悩んでいた私には一筋の希望に見えていた。
「うーん…でも亜美が気持ちがないのに付き合ったら傷つくって…」
「そうかなぁ。付き合ってもらえるだけで嬉しいんじゃない?」
ーまぁ、あとは七海が決めなよ。
そんな言葉を残して、友達は行ってしまった。
その日の夜、私は何度も何度もその言葉を思い出して、いやだめだ、でももしかしたら、と思い悩んでいた。そうしたら、スマホがぶるっと揺れた。
ー高橋からだった。
『おれ、やっぱりあきらめきれない』
『3学期まであと1ヶ月だから、それまでもう一回付き合うかどうか考えてくれない?』
『諦め悪いし、ダサいけど、お願いします』
だめだ。高橋に対する恋愛感情なんて絶対に芽生えるはずがないと、確信しているのに。
少しでも期待してしまう自分がいる。
みんなと同じになりたい。
この孤独から開放されたい。
そう考えたら止まらなかった。自分の孤独を早く取り除きたくて仕方なかった。
『じゃあ、付き合う?』
プルル…
高橋から電話がかかってきた。
『あ、七海?あーえっと、ごめん、びっくりして。嬉しすぎて…あー…やばい、うまく言葉にできねぇ。えーっと、七海もおれが好きって捉えて良い?』
心臓が動かない。今私はどんな気持ちなんだろう。無、か。
『うん、いいよ』
そういった瞬間に、胸の奥がじく、といたんだ。
でもそれは思い過ごしだと思い込む。私は高橋と付き合えて嬉しい。
私は高橋が好き。
私は高橋に恋愛感情を持てる。
私はみんなと同じ。
私はー
『ちなみにさ、どんなとこが好き…?』
声色だけで緊張しているのが伝わる。
『………優しいところが好きだよ』
ああ、言ってしまった。
私は孤独から逃げるために楽をした。
私はいつか必ずまた、高橋を傷つけるだろう。
だってこういった今も、私の心は無のままだ。
うるさいぐらいに鳴る心臓は、嘘をついた罪悪感のため。
「…ごめん」
思わず呟いていた。高橋に聞こえてしまったか不安になり慌てて口をつぐむ。
『え?なんて?』
高橋は聞こえなかったらしく、少し不安そうに聞き返した。
『…ううん、何も言ってないよ』
『ねぇ…七海』
『なに?高橋』
『理久ってよんで』
理久。それは、高橋の下の名前。
まぁ、そりゃ付き合いたてホヤホヤのカップルだもんな…と、他人事のように思った。このときの私は、幸せにしてから別れよう、と、都合の良い、それでいて最低最悪の事を考えていた。
『理久くん』
電波の奥で息を呑む音が聞こえた。幸せを逃さないようこらえているのかもしれない。
『うわぁ…待ってそれやばい。めっちゃカップルっぽい。はぁ…嬉しい。ありがとう。……
てかさ…おれが振られたのなんてごく最近なのに…どうやって好きになってくれたの?』
当たり前の疑問である。
ついちょっと前に恋愛感情がわかないだの言われた相手に、急に好きと言われたら戸惑うのは当然だ。
唇を舌で濡らすと、必死に頭を回転させて考えた。
『えーと…告白されてから意識する的な…』
ぷは、と吹き出す声が聞こえた。
『なにそれ、可愛い。照れてるの?』
可愛い、カワイイ、かわいい…
脳の中で反響したそれは、現実味がない言葉だった。
今までの高橋だったら全く考えられない発言。これも、カップルだから?
それとも、両思いだから?そう考えた途端、自分がとても恐ろしいことをしていることに気づいた。こんなだったら振ったほうがマシだったのではないか?
ー付き合えただけで嬉しいんじゃない?
友達の言葉が蘇った。そうだ、今、高橋は幸せなはずだ。『私と両思い』という偽物の感情に踊らされて。ずっと黙っている私に
『…ごめん、ちょっと用事あって。またね』
『あ、そう?やー…うん、またかけるわ』
名残惜しそうな高橋の顔が目に浮かぶ。カップルってこういうものか。
恋愛ってこういうもの、か。
全く実感がわかない。
その後亜美に付き合ったことを告げたときも、
おめでとうと電話で称賛されたときも、
高橋と映画を見に行ったときも、
高橋と初めてのキスをしたときも。
ずっと外側だけでいきている気持ちだった。
皆、殻の部分だけのわたしを見ている。
ふつうになるって、こんなことなの?
私の奥ではずっと、正体がわからない違和感が渦巻いていた。
残夢 はとさん。 @moyashipon
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