第2話「降り立つ敵」
そっと棺に手を置く
そこから伝わる氷のような冷たさを手のひらに感じながら、今日あった出来事を
「また帰りにヘンなのに絡まれたんだ。なんか『アイツらは昔に消えたハズ』とか言ってたから俺が
もうおわかりであろう。彼が部活よりも優先したいものとは、眠り続ける母・鞘の様子を見に行く事であった。家から近い高校を選んだのもこのため。
物心ついた頃には棺の中で眠っていた鞘。いつしか彼女に話しかける事が颯真の日課になっていた。彼女がいつ目を覚まして、ここはどこ?などとパニックにならないように。
颯真の話に出てきた『天葉』とは、1話の冒頭にもあった天葉一門の事。今はもうない一門だが現在、その生き残りは存在している。
その者たちこそ、颯真・鞘・
これは、滅びたとはいえ、天葉はかつて栄華を極めた一門。未だに天葉と聞いて表情を険しくする者たちがいるのも確か。彼らから茶々を入れられるかもしれないと考え、あえて天葉と名乗るのを避けているのだ。
ちなみに。先程、バケモノが颯真の目に浮かんだ色を見るなり悲鳴をあげたのも、天葉が束ねていた戦士、消滅守護士の証である力の源が放つ瑠璃色だったから。
「こうして母さんが生きてる事すら、知らないんだよね」
どうして鞘がこのような状態になったか。颯真は春空から次のように聞いている。
「今から17年前。天葉一門でクーデタが起きた。その時、鞘も瀕死の重傷を負ってしまった。まだ赤子だった颯真を抱えて鞘も支えながら、命からがら逃げ出したんだ。この事件により天葉は滅亡。その後、俺は古くからの友人だった
音羽は一般の医者であると同時に、医学では考えられない症状に見舞われた患者を診察する医者でもあった。彼女もまた、特殊な力を持つ一族の生まれなのだ。
春空と颯真は月東家を訪れたあの日から離れにある空き家だった一軒家に現在も住まわせてもらってる。
鞘があのような状態のため、颯真の世話は春空が一手に引き受けなければならなかったので、尚更助かっただろう。
本当に音羽には感謝しかないと春空から話を聞かされた際、思った颯真だった。
颯真は今何時なのかを思い出し、スマホで確認する。
「母さん、そろそろ行くね。カフェで叔父さんを手伝ってくる」そう言って颯真はドアへと向かう、そして去り際に「また明日の朝、来るから」と言い残して部屋を出て行った。
その夜の事だ。
ギギギ......という声を発する何かが月東家を取り囲んでいる。それは決して人間が発する「ギ」ではなく、言葉すらしゃべれないバケモノの類が発するものであった。
「......!」
その不気味な声は月東家の住居スペースにいた音羽の耳にもかすかに聞こえていた。彼女は急いで離れの蘇芳家に連絡する。
「どうやら招待した覚えのないお客さまが我が敷地内にいらしたみたい。おそらく目当ては裏山に眠ってる鞘さんでしょう。彼女が生存している事がバレたのかしら?」
そう話しながら、音羽はどこで知られたの?と考えた。裏山の存在は医院の患者なら知ってるし、敷地内に裏山を持つ名家として降稜市でも有名だ。それとも誰かが好奇心で裏山に登り頂上にあるあのガラス張りの部屋を見つけたか。でも部屋にはカギがかかっているから入る事は出来ないので棺の存在は知らないハズ。
「少し手荒にはなるけど、お帰りになっていただけるよう、こちらも動きましょうか」
連絡を受けた颯真は急いで春空に知らせた。
「よし。ここは俺と音羽さんで食い止める。颯真は裏山へ向かって!」
「はい!」
早速、外に出た2人をギギギ、と声をあげながらボサボサ髪に般若のような顔をしたバケモノの軍団が待ち構えていた。
「ホントだ。招待した覚えのない客が揃ってる事」
「かなりの大人数だね」
「ああ。でも問題ない。だからお前は早く裏山へ急げ!」
颯真はうなずくと春空と音羽に「気をつけてね!」と声をかけてから裏山へ急いだ。バケモノのひとりが颯真を追いかけようとしたが、突如炎に包まれ跡形もなく消えた。
「おいおい忘れるなよ。お前たちの相手は俺だからな」
そうバケモノたちに言い放つ春空の手のひらからボッと炎がゆらめいていた。同時に瞳にはあの瑠璃色が浮かぶ。その一方で彼はもう片手を空に向かってかざすと月東家敷地内に結界をかけた。
「これで心おきなくお前たちを炎で消しズミに出来る」
その頃、月東家の外で対峙してる音羽は力によって具現化したメスをバケモノの首めがけて振り下ろす。するとうめき声をあげながら緑色の血液を首から流しその場に崩れ落ちていった。
トドメをさすのは春空だ。
「1匹残らず消え失せろ!ーーー火葬の舞!!」の言葉と共に、最後の仕上げと春空が手から放った炎が粉状になり、バケモノたちに降りかかった。
その言葉通り、バケモノたちは炎に焼かれ消しズミになり、砂のようにサラサラと影も形もなくこの世から消え去った。
敵を最後には跡形もなくこの世から確実に消し去る。チリ一つ残さず。
これが「消滅」守護士の由来だ。
お見事と春空を賛える音羽。考えてみると消滅守護士としての彼を目の当たりにするのは久しぶりだと気づいた。
褒められた春空は音羽に礼を言いつつも「まだ気は抜けられないよ」と気を引き締める。
「......!」
何かに気づいた春空は裏山へと意識を向ける。
「倒したコイツらよりもはるかに強いヤツが......裏山にいる......」
一方、裏山の頂上にたどり着いた颯真はガラスの棺がある部屋の屋根に立つ人影を目にする。その者はそこからちょうど真下に置かれている棺を見下ろしていた。中で眠る鞘の姿も見えており「素晴らしい......!私のコレクションにぜひ加えたいものだ」とつぶやいた。
だが、その言葉は颯真には聞こえていない。
わかるのは、そいつもまた音羽の言う招待した覚えはないお客だという事だ。
全身黒で覆われている。
「アンタは何者だ?その部屋に何の用がある?」
颯真から尋ねられたそいつは、棺を見下ろていた顔を颯真へと向けた。黒ずくめだから夜空に混ざって区別がつかないものだが、ちょうどそいつに月明かりが射していたためハッキリとわかった。
「私は悪魔にして犯罪伯爵ギソイヒシャ。女性を人形と化しコレクションする事を最高の趣向としている。もちろん、この真下の棺に眠っている娘もぜひ持ち帰りたいと思ってね」
一見イケメン風だが、舌なめずりしながらの自己紹介に颯真は言いようのない嫌悪感に包まれた。
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