第130話 戦争の厄災

 バンキング学長は急いで誰かに電話しようとした。が、当然山の中なので繋がらない。いや、あるいは繋がるのかもしれないが、敵も電波妨害くらいはするだろう。連絡手段は絶たれているようであった。


「こうなったら、私の命と引き換えにしてでも生徒達を……!」


「その心配はいらんよ、バンキング。」


 バンキング学長が踏み出した1歩を咎めるように、老人は声をかけた。


「バンキングよ。お前は昔からそうだったな。大した能力もないくせに1人で抱え込んでは失敗する。その度に誰かにケツを拭いてもらわなくてはならなくなる。」


「そ、それは……。」


「白髪を生やしてもそこは変わらないな。学習しない男よ。」


 そう言ってキックイン校長は片手を挙げた。


「中斑、やれ。」


「あいよ。」


 生徒達の波を割るようにして、くたびれた格好の中年男性が現れた。英雄の称号を持つ男、中斑だ。


「……は?」


 今度絶句したのは放送の声だった。そうか、知っているんだ。英雄が戦争の厄災のカウンターになることを。


「戦争さん、ちょーっとばかしミスったねぇ。この程度の人数制圧するのに、人造人間10万体もいらんやん。せいぜい100体いればこと足りる。なのに自己顕示欲暴走させてわざわざたくさん持ってきちゃった。」


 中斑は最前列に立つと深く腰を落とし、右手を引いた。正拳突きの構え……?


「分散させるとか、他にももっとやりようはあったんちゃう? ま、おっちゃんとしてはこっちの方が好都合やけどな。」


 そのまま彼は、引いた右手を人造人間の群れの方角に突き出した。ただそれだけの動作。ただそれだけの動作なのに。


「〈国家への一撃クー・デター〉」


 拳が大気をまとったように。あるいは、拳の衝撃が空気中で倍増しながら伝播していったように。彼の単なる正拳突きは、恐ろしい威力を持って人造人間達へと襲いかかった。俺の〈リーサル・ドゥーン〉なんか、屁にもならないくらいの圧倒的衝撃波。それはまるで山や海、あるいは天のような威圧感を携えて直進していき、そして……。


 一瞬にして、侵攻していた人造人間が全て消えた。


 蠢く黒い点がそっくりそのまま消えたのだ。そして一拍後、その背後にあった山が消滅した。その先の地平線を露わにしたのだ。俺には分かった。中斑の放った正拳突きが、人造人間達を、そしてその背後にあった山すらも、消し飛ばしてしまったのだ。だが、理解が追いつかない。


「バ、バカな……、なぜそいつがここに……。」


 放送の声は明らかな焦りを含んでいた。中斑はヘラヘラしながら手足をぶらんぶらんさせ、さも余裕そうに振る舞ってみせる。お前らの用意した兵器どもは俺が消してやったぜとでも言いたげだ。


「で、お話がなんだっけ? 戦争さん。」


「……これで、こんなことで、勝った気になるなよ……! おい西海道! 作戦は続行だ! 残りを分散投下する!」


 なにを……と思ったのもつかの間、突如として空間に裂け目ができる。前に、後ろに、頭上に。そしてそこから檻を頭に装着した異形の怪人どもが姿を現した。


「今生徒達用に使えるのは雑兵せいぜい10体。だがガキども殺すのには十分だ。」


 俺達生徒は人造人間に挟まれた。だがこっちには中斑さんがいる。


「英雄……中斑……! 俺達がまさか貴様の対策をなにもしていないとでも思ったのか? 貴様がいかに特効を持っていようと関係のない対策を、用意しているのだよ!」


 中斑さんのすぐ隣に、空間の裂け目が発生。そこから現れたのは別の人造人間。だが……デカイ。普通の人造人間は2メートルほどだが、今出てきたのはその倍はある。破壊された拘束具を身にまとっており、幾人もの人を無理矢理結合させたような醜悪さを持つ。異形の中の異形といった感じだ。そいつは顔中に散らばった眼球をギョロギョロさせながら中斑に近づいた。


「対Sランク用人造人間だ! かのSランク冒険者を簡単に殺してしまえるほどの最強人造人間! 俺達戦争の厄災の最高傑作だ!」


 だが、その人造人間を見ても中斑はヘラヘラしていた。だからなんだと言わんばかりである。そんなものは取るに足らないと、彼の表情が語っていた。


「を、20体用意してやったぞ!」


 その言葉を聞いた瞬間、中斑の顔が青くなる。空間に次々と裂け目が発生し、おぞましい人造人間達が続々と姿を現す。


「かの有名な英雄さんは、生徒達を守りながら20体のSランク級モンスター達と戦えるのかな? ん?」


 中斑の、さっきのような攻撃はこの距離では使えないだろう。生徒達が近くにいるからだ。巻き込まれてしまう。とはいえ、中斑も英雄という称号があるなら20体くらいなんとかしてくれないと困る。さいわい、普通の人造人間10体程度であれば生徒達だけでワンチャンなんとかなるだろう。教師達もいるし。だからここは中斑にそれ以外の一切を相手してもらうしかない。


「西海道はバンキング学長の相手をしろ。」


「あいあい。」


 金髪ギャルはいつの間にかバンキング学長の近くまで、緩やかな足取りで接近してきていた。バンキング学長は丸太のような腕を振るい、彼女を仕留めようとするが、それを彼女は片手で受け止めてしまう。


「じゃ、私と踊ろうか、おじさん。」


 バンキング学長を助けにいかなくては。そう思ったが早いか、声が更なる絶望を俺達に叩きつけた。


「南海道は俺と生徒どもの相手だ。生け捕り優先だが殺しても構わない。」


「わかったなのー!」


 空間の裂け目から現れた、新手。いや、戦争の厄災の主導者と言った方が正しいのだろう。不健康そうな青年と、純真無垢な顔つきの幼女。不健康そうな青年の声は、先ほどまで聞いていた放送の声と同じであった。2人の視線がこちらを射貫き、そして彼らは口角を上げた。


「さぁ、蹂躙だ。」

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