第18話 羽山 風舞戦(3)

 *羽山 風舞の視点


 アタシは天才だった。中学2年生の時にはレベル4になっていた。


 周りは皆レベル1。ちょくちょくレベル2の奴もいた。だけど、レベル3以上の奴は、私の通っていた学校には私しかいなかった。


 初めてレベルが上がったのは9歳の頃。周りよりちょっとだけ早かった。ただそれだけで、将来の見込みがあるって家族は喜んだ。


 周りも徐々にレベル1になってきて、それから12歳までは何事もなかった。転機は、アタシにとって最大の転機は12歳の誕生日の日だった。アタシはそこでレベル2になった。初めてのスキルも手に入れた。アタシの背中からは翼が生えた。カッコよかった。すごくカッコよかった。アタシは神様に感謝した。だってそうでしょ? 誕生日の日にレベルアップだなんて、神様からの贈り物に違いないもの。


 それから中学校に入って、すぐにまたレベルが上がった。レベル3。一般的には軍人クラスだって言われてる。周りの誰も、アタシには敵わない。そう思うと気分がよかった。先輩達にちょっかいかけられた時も、力で追い払った。その時から、アタシは自分のことを天才だと思うようになった。


 中学2年生の夏、レベルアップした。レベル4だ。新しいスキルは風の魔法だった。魔法系スキルは極めればどんなスキルよりも使い勝手がいいスキルだって、おじいちゃんが言っていた。そんな魔法系スキルを手に入れた。アタシは神に選ばれた天才だった。


 神に選ばれた天才のアタシは冒険者になりたいと思った。人類を厄災から守り、ダンジョンから未知のアイテムを持って帰ってくる、ヒーローみたいな存在。アタシはそれになりたいと思ったし、なれるとも思った。だから東京の私立学園ギラの入試を受けた。


 合格した。やっぱりアタシは選ばれし天才なんだ。ウキウキした気分で学校に行った。


「私は安倍 奏明。よろしくね。」


 入学式が終わって、教室で先生に促されるまま始まった自己紹介。最初の子は線が細くて貧弱そうで、なんだか守ってあげたくなるような子だった。背はアタシより高いけど、アタシなんかよりよっぽど貧相。いくら冒険者を養成する最大クラスの学校って言ったって大したことないのね。アタシはそう思った。


「あなた達、すっごく弱いのね。」


 アタシは顔をしかめた。だけど、怒りは湧かなかった。だって自分より弱い奴に何を言われたって響かないじゃない。それと同じ。多分彼女も地元じゃ天才だって持ち上げられていたのだろう。それでちょっと傲慢になっちゃってるだけ。すぐに現実を見ることになる。


 だけど、中にはアタシと違って冷静ではいられなかった人もいたみたい。


「テメェ……今なんつった?」


 いかにもガラの悪そうな人が青筋を浮かべていた。アタシはあ~あと思いながら、配られた教科書に目を落とした。


 それで一悶着あって入学初日は終わり、それから数日過ごしているうちに、アタシは大変な事実を知ってしまった。


 あの安倍とかいう女、八英の1人らしい。しかもその女に突っかかっていたガラの悪そうな男も八英だ。


 八英。それは入試で優れた成績を残した者に送られる称号。つまり、初日にいがみ合っていたあの2人は、正真正銘アタシより格上。……あの2人が? 冗談言わないでよ。あんなバカ共がアタシより優れてるわけないじゃない。


 アタシはある日、安倍を呼び出した。そこでこう言ってやったんだ。


「アタシと八英の座を賭けて勝負しろ。」


 そしたら安倍はなんて言ったと思う?


「でもあなた、とっても弱いよ?」


 アタシは、ちょっとヒステリックなところがある。感情が爆発しちゃうというか、些細なきっかけでドーンとなっちゃうタイプなんだ。その時もそうなった。入学初日は取るに足らない雑魚の戯れ言だと思って聞き流したけど、八英という格上の立場からそれを言われると、アタシはムカついちゃったんだ。


 それで勢いのまま勝負を仕掛けて、一撃で負けた。彼女はアタシのことをハエでも払いのけるように一撃で沈めたんだ。HPがピッタリ1だけ残るような、精密な一撃だった。アタシはまばたきした瞬間地面に倒れていた。


 その時アタシは理解したよ。あぁ、アタシは天才なんかじゃなかったんだってね。


 本物の天才は彼女みたいな人のことを言うんだ。アタシのプライドはボロボロのズタズタに引き裂かれ、アタシは天才から凡才へ成り下がった。そして凡才のアタシは……天才の引き立て役をしなくちゃいけない。そう思うようにいつの間にかなっていた。


 だからこそ、アタシは安倍派を作った。アタシと同じように安倍という太陽に焼かれたイカロス達はワラワラと集まってきて、いつしかクラスの中で2軍と呼ばれるほど大きくなった。


 安倍は強い。安倍は天才だ。アタシは彼女の引き立て役なんだ。アタシだけじゃない。クラスの全員が、1年生の全員が、この学園の全てが、彼女を飾る舞台装置なんだ。そうであるべきだ。そうでないとアタシは、何のために生まれたんだ?


 だからこそ、アタシは安倍の舞台装置になりたがらない1軍と3軍を……特に白市を憎み始めた。白市は安倍に反抗する。あんな雑魚が安倍に勝てるわけがない。違う。勝ててはいけないんだ。だってアイツが勝ったら、アタシが間違っていることになる。弱者は強者の贄でしかないんだ。じゃないとアタシは、アタシは自分の才能に酔って、自分の才能を自分で潰したバカになってしまう。


「お前はバカではない。」


 そうだ。アタシはバカじゃない。


「バカなのは白市とかいうガキだ。」


 そうだ。悪いのはアイツだ。白市だ。


「力をくれてやる。殺せ。お前の邪悪を果たせ。」


 力が溢れてくる。スキルも、ステータスも。これなら、アタシは、アタシは白市に勝てる。アタシは自分の愚かさを否定できる。否定できる、否定できる否定できる否定できる否定できる否定できる否定できる否定できる……はずだったのに!!!


「アタシからこれ以上、何も奪うなァァァァ!!!」


「〈上下左右・右〉!」


 知らない男がアタシの足首に触れる。誰だよコイツ。こんな奴クラスにいなかっただろ。いたところで大した実力者じゃないはずだ。大したことない。大したことないはずだろ!


 だったらなんでアタシの体は勝手に引き寄せられているんだ!?


 アタシの体は自由を失い、左に引っ張られていく。翼を使って飛ぼうとしてもなぜか上手く飛べない。まるで重力の向きが変わったように。


 そして木に叩きつけられた。もう一度翼を動かす。しかしやはり飛べない。触れた人間の飛行能力を奪うスキル? なんて限定的な。それでいて効果的。まさに銀の弾丸。


「クソが! クソが! クソがァァァ!」


 アタシはもがく。もがいてもがいて、もがいた。だけど体の自由は取り戻せない。飛べない。少し浮いたらまた木に引き寄せられる。


「感謝するぜ、小優。」


 目の前には腕に紫電を纏わせた白市がいた。竜化は解除されている。だけどアタシの防御力じゃ、竜化状態じゃなくても一撃喰らえば戦闘不能になる。


「アタシは、アタシは、アタシはァァァァァァ!!!」


 一か八か、超近距離での斬撃発動を試みる。だけどアタシが手を伸ばしたその瞬間、白市の拳がアタシの顔面を捉えた。

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