第10話 忍び寄る邪悪

 寮に帰った俺はやることがなかったためぐでーんとベッドに倒れていた。開けた窓から入ってくるそよ風が気持ちいい。もうすぐ夕方かぁ。そろそろご飯の準備しようかなぁ。


 そう思って立ち上がった俺は、足元に何かがいるのを発見した。それはサソリのような体型に蚊のような複眼を持ち、蝶のような口をした虫だった。どちらかというと虫というより蟲に近い感じがする。


「うわああああああ! どっから入ってきたこいつ!?」


 開けた窓から入ってきたに違いない。だが冷静さを失った俺はそんなこと思いつきもしなかった。身近になったティッシュペーパーの箱で蟲を潰そうと振りかぶった瞬間、そいつは素早く俺の口の中に入ってきた。


「ギャアアアア! 蟲飲んじゃったアアア!」


 吐き出そうとするが、どうやら既に胃の中まで入ってしまったらしい。終わった。あんなキモい蟲を食べることになるなんて。


「ウオッホン、聞こえるか……?」


 その時、俺の耳に誰かの声が聞こえた。低くてしわがれた老人のような声だ。しかし辺りを見渡せど誰もいない。


「なんだ幻聴か。」


「幻聴ではない……! 我だ……」


「いや誰だよ! 姿を現せ!」


「よいだろう。暫し待て。」


 幻聴と会話をしていると急に喉が気持ち悪くなってきた。思わずオエッとなると、口からさっきのキモい蟲が飛び出してきた。


「うぎゃああああああ! キモい蟲!」


「キモい蟲ではない! 我が名は大魔王デスミナゴロスである!」


 キモい蟲は誇らしげに胸を張ってみせた。


「ま、まさかとうとう幻覚まで……? やっぱりさっきのが相当心に来てたのか……?」


「幻覚ではない! 我が名は大魔王デスミナゴロス。人間に取り憑き、邪悪な心を増幅させ、力を与え、世に破滅をもたらす者よ!」


 はー、幻覚がなんか言ってらー。なーにが大魔王だよ。そんなんラノベかゲームでしか聞いたことないっつーの。


「矮小なる人間よ、聞くがよい。我は貴様を依り代として選んだ。我に取り憑かれ、世界を滅ぼすのだ!」


 幻覚蟲はそう言うともう一度俺の口に入ってきた。だけど幻覚ならもうどうでもいいやー。気にしなーい。


「ハッハッハ。矮小なる人間よ。我に取り憑かれたことを光栄に思うがよい。さぁ、まずはその悪しき心を暴走させるのだ!」


「なーにが悪しき心を暴走、だ。最近の幻覚はずいぶん厨二チックになったなぁ。」


「貴様、よもや我を侮辱するつもりか? 人間ごときが我に楯突くなど許せぬ。身の程を弁えねばどうなるか教えてやろう。」


 途端にお腹が痛くなった。まるで中からかじられてるみたいな痛みだ。


「ぐっ……、この痛みは、まさか幻覚じゃない……?」


「さっきからそう言ってるであろう。我が名は大魔王デスミナゴロス。貴様に力を与え闇に落とす者。」


「力を与える……? もしかして、俺のレベルを上げてくれるってことか?」


「そうではない。貴様の潜在能力を解放したり、我のスキルを与えたりするだけだ。レベリングは貴様の不断の努力によって行うものである。」


 こいつ、魔王の癖にパワーレベリング否定派かよ!


「全ては我の復活のため。汝、身を捧げよ。」


「復活? そういえば魔王ってわりにはただの蟲だったけどもしかして封印とかされてるの?」


「魔王ではない。大魔王デスミナゴロスだ。我は異界の勇者に打ち倒され、力の大半を失ったのだ。貴様が力をつければその力の何割かが我の力になる。貴様から力を奪い、我は再び大魔王として復活するのだ!」


 なるほど。つまりこいつは寄生してスキルをあげる代わりに経験値を折半しようぜって言ってるのか。


「貴様に拒否権などない。さぁ、悪しき心を暴走させるのだ!」


 大魔王デスミナゴロスがそう言うと、突如として俺の心のネガティブな部分が増大した。


「グ……カハッ……こ、これは……?」


「ハッハッハ。我には人の邪悪を増幅させる力がある闇に溺れ、悪に身を落とせい!」


 俺の心が闇に染まっていく。俺の意志が汚されていく。


「嫌だ、やめろ! 俺はそんなことしたくない!」


「我に逆らうなど不可能。さぁ、邪悪を振るってみせよ!」


 大魔王デスミナゴロスの言葉に逆らえず、俺の体は邪悪を実行しようと勝手に動いてしまう。まずい、このままではまずいと頭で分かっていながらも、止められない。そして……。


 次の日。午前6時24分。


「フゥ~、ezezezezezez~。敵弱すぎ~。死体撃ちしたろ。ギャハハハハハハハ!」


「やはり我の見込んだ通り、この者は邪悪そのもの。この者なら我を必ず……。」


「よーしじゃあ次の試合へ……ハッ!? 俺はいったい今まで何を!?」


 邪悪なる大魔王デスミナゴロスに心を操られるまま、俺は徹夜でFPSをしながらオープンVCで相手を煽り、挙げ句の果てには死体撃ちまでしていた。


「な、なんということをしてしまったのだ……! 俺は……俺はッ!」


「クックック。ハーッハッハッハッハッハ! もがき、苦しめ! 我が邪悪に溺れ、その身を悪に落とすがよい!」


 まずい。このままでは大魔王デスミナゴロスによって生活習慣はメタメタにされ、学業に集中できなくなってしまう! おのれ大魔王デスミナゴロスめ、許せん!

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