これはおまえのたまごです

寝舟はやせ

ぐしゃぐしゃ


 二十年ほど前の話だ。

 小学生の頃。近所で路上販売をしているおじさんが居た。


「ちょっとおじさんの話を聞いてよ。そしたらタダであげるよ」


 当然、誰も話を聞こうとはしなかった。

 大人からも「あのおじさんはいいの」と言われたので、何か事情があったのかもしれない。


 その頃、自分はちょっとした諍いでクラス内で孤立していた。

 元々友達が少なかったから、仲違いをしたらあっという間に一人になった。


 学校を休むことは考えなかった。

 原因は些細なことだったし、逃げるようで嫌だったのだ。

 気にしないようにして、普段通りに振る舞った。


 けれども、確かにストレスになっていたのだろう。

 段々と身体に不調が出始めて、早退するようになってしまった。


「ちょっとおじさんの話を聞いてよ。そしたらタダであげるよ」


 家も学校も関係のない人と話したかったからかもしれない。

 気づいた時には、おじさんに話しかけていた。


 おじさんは笑顔で、何度も礼を言った。


「おじさんはもう助からないんだけどね、それでも出来ることはやった方がいいからね、聞いてもらうことにしているんだ。聞いてくれたらタダであげるからね。大丈夫だからね。この話を聞いて夢を見たとしても、それは夢だから心配しないでね」


 その時に聞いた話は、よく覚えていない。

 覚えていたくない、というのが正しいのかもしれない。


「ありがとう、君はいい子だね」


 話し終えたおじさんは、流行っていたゲーム機をくれた。

 親に頼んでも買って貰えなかったものだ。

 友達との諍いの原因は、そのゲーム機だった。


 これがあれば、また仲間に入れて貰えるかもしれない。

 思った時には受け取ってしまっていた。


 それからしばらくして。

 妙な夢を見るようになった。


 目を開けると鶏小屋に居る。

 中にいるのは一羽の鶏と、自分だけだ。

 その辺に卵が幾つか転がっていて、鶏はそれらを割って食べているようだった。


 何故か、嫌な予感が胸に広がる。


 近くに転がる卵を拾い上げると、『おまえ』と書かれていた。

 慌てて、他の卵も拾う。


  『父親』

『母親』

 『祖父』

『妹』


 鶏が突いて割れてしまった卵を確かめる。

 『祖母』と書かれているのがかろうじて読み取れた時、目が覚めた。



 それからすぐに、祖母が亡くなった。


 夢だから心配しないでね。

 おじさんは笑顔で言っていた。


 だから多分、ただの偶然なんだろう。

 おじさんが言っていたからだ。



 しばらくの間、寝るのが怖くて堪らなかった。


 結局、夢を見たのはその一度切りだった。

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