幽世食堂

白ウサギ

一灯

ちりんちりん...

店主「いらっしゃいませ。御好きな席へどうぞ。」

「.............」

店主「えぇ確かにそのお客様でしたら、先ほどまでそこでお食事をされていらっしゃいましたよ。」

「.............」

店主「あら、お帰りになられてしまわれるのですか?」

「.............」

店主「今お帰りになられますと、先ほどのお客様とは、出会われないと思われますが、よろしいのですか?」

店主「そんなに悲しそうな顔をしないで下さい。何事にも順序というものがございますので、御好きな席でお待ちください。まもなく御食事が出来上がりますよ。」

店主「御代は結構ですよ。もう頂いておりますので。」



ちりんちりん...


店主「いらっしゃいませ。常連さんじゃないですか、御好きな席へどうぞ。」


店主「はい、先ほどいらっしゃったお客さんですよ。お利口さんで、可愛らしいですよねぇ。ご主人様をお探しになられて、ここまでいらっしゃったらしいんですよ。」

常連「店主さん、店主さん、あのお客さんのご主人様は、もういらっしゃらないのですか?」

店主「えぇ、今お客様が座っておられる席がございますでしょう? そこで先ほどまで御食事をされておられまして、ちょうどお客様と入れ替わりで行かれましたよ。」

常連「では、あのお客様も?」

店主「いえいえ、あのお客様はまだですよ。ただ、あのお客様の選択次第では、長くはなさそうです。」

常連「..............」

店主「それで、常連さんはいつものでよろしいのですよね?」

常連「はい、あれが食べたくて来ちゃうんですよね。」

店主「それでは、少々お待ち下さい。あちらのお客様の料理を御運びしないといけないので。」


「..............」

店主「お待たせいたしました。お客様の12年の思い出を添えたステーキと、雪水です。少し冷ましてあるので大丈夫ですよ。」

店主「何故、12年なのか.....ですか?」

店主「それはお客様がよくお分かりになられているのではありませんか? 私はお客様の御要望通りの食事を御運びしただけですので。」

「..............」

店主「ところでお客様は、本当にご主人様にお会いになられるのですか? 会ってしまわれると、もう二度と戻っては来られないことはお分かりなんですよね?」

「...............」

店主「しかし、ご主人様は帰ってこられなかったのでしょう? あなた様を置いて寒い冬の家の中でずっと待ち続けているのは辛くはなかったのですか? 怨んではいなかったのですか?」

「...............」

店主「恩を感じることはあっても、怨んだことはなかったのですね。」

             ・

             ・

             ・

店主「お客様、最後の忠告です。そこへは全うした方のみが許される場所であり、生きている方が来られるような場所ではございません。それでも行かれるのでね。」

「..ワン..」

店主「御食事も済んだようですので、御送りいたします。こちらへお越しください。」

店主「お客様、先ほどのご主人様についてのお話ですが、一つ訂正がございます。少し嫌な言い方をしてしまったのですが、、、あなたがいらっしゃる前にご主人様ともお話をさせて頂きました。ご主人様の心残りはあなたを一匹あの家に残してそのまま帰ることが叶わなかったことだそうです。」

「..クゥン..」

店主「素敵なご主人様ですね。羨ましい限りです。」



店主「それでは、私はここより先へは行けませんので、まっすぐお進み下さい。」



常連「あのお客さん、やはり行かれたのですか?」

店主「えぇ、あの方のご主人様に、もしうちの犬がきたら、嫌な言い方をしてでも追い返せと念を押されていたのですが。」

常連「だからですかぁ....いつもよりトゲトゲしぃ口調だったのは。」

店主「えぇ....ただ、最後に決めるのはお客様自身だと私は思っていますので、これで良かったのではと思っております。」

店主「ただ、あの方のご主人様がまたここへいらっしゃっることがあったなら、私は怒られそうですけどね。」

常連「ハハ.....では、私も食事が終わったので、お会計の方よろしくお願いします。」

店主「はい、はい、ではこちらへどうぞ。」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る