★8★ 魔石売りのよろずネコ
俺をパーティーから追放した貴族リヒトの登場により、とんでもない勝負をすることになった。
それは鍛冶師レオナードを懸けた勝負で、どちらが先に【ワイバーンの魔石】を手に入れられるか、というものだ。
レオナードは先に持ってきた方の提示した条件を飲むため、彼女を守るためにはリヒトに勝負で勝つしかない。
しかし、この勝負は俺達のほうが明らかに分が悪かった。
それに気づいてかそうでもないのかわからないが、リヒトが「では、さらばだ底辺冒険者よ」と言い放ち颯爽と去っていった。
アルフレッドがそんなリヒトを追いかけるように移動し始めようとしたので、俺はあいつを全力で止める。
〈よし、さっそくダンジョンへ征くぞ! 善は急げじゃ!〉
「待てっつーの。無策のまま真正面から行っても勝てないぞ」
〈何を言っておる。ダンジョンなんぞさっさと踏破してしまえばいい!〉
「あのな、そうもいかない事情があるんだよ」
俺がアルフレッドにそう切り出すと、何やら理解していないという表情を浮かべていた。
まあ、アルフレッドは冒険者になったばかりだ。仕方ないことだろう。
〈なんじゃその事情とやらは?〉
「ダンジョン【ステラの星架塔】は他と違ってちょっと特殊な仕組みがあるんだ。階層を攻略して昇ればランクが上がるって話は覚えているか?」
〈覚えとるよ。それがどうしたんじゃ?〉
「自分の上げたランク、つまり攻略した階層はギルドの転移台を使って飛ばすことができるんだよ。そうだな、例えばお前が五階層まで攻略してランク5になったとする。だけどまた一階層から攻略し直しだと効率が悪いし、何より面倒臭いだろ」
〈確かにそうじゃな。またいちいち下から昇るのは嫌じゃ〉
「そういう面倒臭さを解消するために組まれている仕組みがギルドの転移台だ。これは便利なことに攻略した階層までなら一瞬で転移して始められる」
俺が簡単にギルドに備わっている機能について説明すると、アルフレッドは目を輝かせた。
まあ、活路を見出したって感じになるよな。
だけど俺が伝えたいのはこういうことじゃない。
むしろ、俺達が置かれている絶望的な状況についてだ。
〈なんと! そんな便利な仕組みがあったのか。ならお主のランクを使ってワイバーンがいる階層まで往けるじゃないか〉
「そうもいかないんだ。パーティーを組んでいる場合、一番ランクが低いメンバーに合わせて転移先が設定される。つまり、まだ一階層も攻略していないアルフレッドに俺は合わせないといけないんだ」
〈つまり、ワシらは結局一番下から向かわないといけないということか?〉
「そういうことだ。しかも困ったことに相手は俺が苦楽を共にしたパーティーだよ。ワイバーンがいるのは三八階層って聞くから、向こうのほうが確実に接触は早い」
俺の伝えたいことがわかったのか、アルフレッドの顔が険しくなる。
そうだ、つまりお前がこのパーティーの足を引っ張っているってことなんだよ。
〈どうにかならんのか、シキよ!〉
「どうにかするために考えるんだよ。まず考えなしに突撃したら俺達は確実に負ける」
とはいえギルドの転移台が使えない以上、まともにぶつかりあってあいつらに勝てるはずがない。
これはスピード勝負だ。
あいつらが途中、苦戦する可能性があるかもしれないがそれはこっちも同じ条件といえるから期待はできない。
なら、違う方法を考えて【ワイバーンの魔石】を手に入れないといけない状況である。
金があれば【闇市】とかで手に入れることもできなくはないが、そんな金は持ち合わせてないのが現状だ。
とすれば、有用な情報をどうにかして手に入れるしかない。
そのためにもギルドへ行くのだ。
〈しかし、ギルドに行っても無駄足になりそうじゃが〉
「何もしないよりはマシだ。とにかく行くぞ」
俺達はひとまずギルドへ戻って情報を集めることにする。
慌ただしく騒ぎながらも方針を立て、鍛冶屋から去ろうとしていると様子を見ていたクリスが声をかけてきた。
「ね、ねぇ、アンタ――大丈夫よね?」
クリスの顔はとても不安げだった。
友達が失礼極まりない野郎に連れていかれそうだからそんな表情を浮かべているんだろう。
ここで気の利いた言葉をかけられたらいいんだろうが、それはできない。
なんせ負ける可能性が高いからな。
それでも、こいつをできれば安心させたいもんだ。
「力を尽くすよ。それにあのバカにはやり返したいところだ」
「だけど、どうやって?」
「これから考える」
頼りない答えだな。でも、これが精一杯の返事だ。
俺はそのまま立ち去ろうとした。
だが、そんな俺を見てクリスは「待ちなさい」と呼び止める。
なんだ、っと思って振り返るとそこには不安げで弱々しい姿のクリスはいなかった。
それどころか、覚悟が決まったかのような強い光を目に宿している。
「やっぱりアンタ達だけじゃ不安よ。私も行くわ」
「お前はお前で動いたほうが効率的じゃないか?」
「そうしたいけど、私にも事情があるのよ。それに二人より三人のほうがいい考えが浮かぶんじゃない?」
そういうものなのかな?
俺は頭を傾げながらもクリスをパーティーメンバーとして迎え入れる。
しかし、どうやって【ワイバーンの魔石】を手に入れようか。
とっとと攻略できれば問題ないが、あの広い場所で転移床を探すのには骨が折れるしな。
「とにかくギルドへ行きましょう。ダンジョンに行かなくても【ワイバーンの魔石】を手に入れる方法があるかもしれないし」
〈行くだけ行ってみるとするかのぉ。あまり期待はできんが〉
ひとまず俺達は転移石を利用して王都へ戻る。そのままギルドへ移動し、情報収集を始めようと足を踏み出したその時だった。
「ふにゃ」
あれ? 踏み出したら何か踏んだんだけど。
俺は視線を足元へ落とすと、そこにはベストを羽織ったアオブチのネコが倒れていた。
おお、なんだこりゃ!
倒れてるネコを踏んじゃったぞ。
思わず飛び跳ねるように足を退かすと、アオブチのネコはよろよろと立ち上がった。
「うぅ、ひどいにゃ。腹ペコで行き倒れていたのに、にゃーを踏みつけるなんて。それでもにゃーは血の通ったにゃーか!」
「よくわからないが、悪かった」
いや、待て。ものすごい勢いで怒鳴られたからつい謝ったけど、こいつネコなのに喋ってね?
よく見ると二足歩行しているし、なんだこいつ?
「これだから外界のにゃーは知能が低いんだにゃ。だいたいこの魔石の価値もわかってないからダメだにゃ」
「踏んづけたのはわるかったよ。というかお前は何者なんだ?」
「にゃーは【よろずネコのブッチー】だにゃ。大きな夢に胸を膨らませてダンジョンの外にきたんだがにゃ、みんな物の価値がわかってないにゃ。それなのににゃーを触りまくるからストレスがヤバいにゃ。何なんだにゃ、にゃーめらは!」
「いや、それは知らん」
それよりもこいつ、ダンジョンの外に出てきたって言ってたな。
つまり、このネコはダンジョンの中に住んでいたネコってことなのか?
あと魔石って言っていたけど、これはまさか――
「なあ、魔石を売っているのか?」
「そうだにゃ。よくわかったにゃ」
自分から言っていただろ、とツッコミたくなったけどやめておこう。
「どんな魔石があるんだ?」
「そうだにゃー、ゴブリンにオーク、コボルトやら虫型までいろいろあるにゃ」
「ワイバーンの魔石ってあるか?」
「にゃ? あるにはあるにゃ。でも高いにゃ」
マジかよ! 本当にあるのかよ、このネコ!
俺が思わず目を大きくしているとブッチーはリュックから大きな石ころを取り出してくれた。
真っ黒な輝きを持ち、妖艶な魅力を持つそれは確かに魔石だ。
「これが、ワイバーンの魔石……」
「一個三フラワー金貨だにゃ」
「たっか! 宿屋のスイートに泊まれるじゃねーか!」
「それだけ貴重にゃんだにゃ。まあ買えにゃいにゃら買えにゃいでいいけどにゃ」
く、足元を見てやがる。
くそ、どうにかして手に入れたいが、さすがに三フラワー金貨は持っていない。
かといってこのチャンスを棒に振ったらいけないってのが現状だ。
どうしたものか、と考えているとアルフレッドがブッチーに声をかけた。
〈のぉ、ネコよ〉
「ブッチーだにゃ。にゃんだにゃーは?」
〈ワシはアルフレッドじゃ。実はワシらはその魔石が欲しいんじゃが、手持ちがない〉
「じゃあ諦めるにゃ」
〈待て待て、話を最後まで聞け。確かに金はないんじゃが、もしよければ物々交換をしないか?〉
「物々交換かにゃ? まあ、ワイバーンの魔石より価値があるなら考えてやってもいいけどにゃ」
〈ふむ。ならこのテイオウグモの魔石はどうじゃ?〉
そう言ってアルフレッドはどこかから大きな魔石を出現させた。
俺とクリス、そしてブッチーは思わず目を大きくする。
「おまっ、いつの間に回収してたんだよ」
「テイオウグモって、さっき戦ったあいつ?」
「驚いたにゃ。テイオウグモの魔石があるとは思ってもなかったにゃ」
〈こう見えても手先が器用なもんでのぉ。それで、物々交換はしてくれるか?〉
アルフレッドに言葉を投げかけられ、ブッチーは考える。
確かにテイオウグモならワイバーンと釣り合う。
いや、もしかしたらワイバーンよりいいと考えるだろう。
それだけテイオウグモって厄介で強いモンスターだからな。
そう考えているとブッチーはこう返答した。
「わかったにゃ。交換してやるにゃ」
〈よし、交渉成立じゃ〉
まさかの展開だが、こうして俺達は【ワイバーンの魔石】を手に入れた。
これでレオナードを守れる。急いで彼女が待つ鍛冶屋へ戻ろう!
そう思った矢先に、思いもしないトラブルが起きる。
それは俺達の、いやこの国のターニングポイントとなる大きな出来事だ。
まさかそんな大事の中心に立つとは、この時の俺は気づきもしないでいた。
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