第5話 鈴木映真
実家に帰り、両親に洋平さんと離婚する決意を話した。父も母もさぞかし呆れていることだろう。
「
母が涙を浮かべながら言った。
「え……」
「あのね、お父さん昇進して転勤することになってね。これを機に今より少し広い部屋に引っ越そうかと話していたの、ね」
母が父のほうを向き、父がうなずく。
「映真とまた一緒に暮らせるなら、大きな映画館があるところにしない? 映真はもう鈴木シネマに行けなくなっちゃうでしょう? また他の鈴木さんと結婚するなら別だけど」
二人は笑っている。
「しない!! もう絶対にこの町で鈴木って人とは結婚しない!! お父さんとお母さんについていく!」
「ふふ。何、ムキになってるの。じゃあ、決まりね。K駅周辺で部屋を探しましょう」
この町から電車で二時間ほど離れたK駅の商業施設には大きな映画館がある。そんなところで暮らせるの? 嬉しい!!
お母さん、お父さん。突然結婚するとワガママを言って、一年ほどで戻ってきた娘を優しく迎えてくれてありがとう。
私、二人の子供でよかった。「高橋」でよかった。「親ガチャ失敗」なんて思ったこと、本当にごめんなさい。
***
私は洋平さんに映画を観たことを伝え、別れを告げた。離婚届を差し出すと、洋平さんは何も言わずに記入し、判を押す。
その離婚届は私が預かり、後日、一人で提出しに行くことになった。
「東京の会社に内定がもらえたんだ。卒業したら、咲の元へ行って一緒に暮らすことになった。本当に自分勝手でごめん」
洋平さんは深く頭を下げた。
もう、責める気持ちにはならない。私だって鈴木シネマ目当てという不純な理由で洋平さんと結婚したのだ。
この様子ももちろん撮影されているはずだ。きっと、後編で使われるんだろうな。
「洋平さん、内定おめでとう。東京でしっかりサキさんを支えてね。私は映画の後編を見ることはできないけど、素敵な結末を願ってるから」
「後編? 映画はあれで終わりだよ」
「え!?」
「だって、この町を出て住民票を移したら鈴木シネマへの出演はできないし。映画に出たのは……映真との日々の記憶を残したかったら。誰かに知ってほしかったから」
「え? ええ?」
「嬉しかったよ。僕は咲のことを忘れるために鈴木シネマに足を運んでいた。他の人たちの人生に涙したり、笑ったり。夢中になったよ。僕もそんな映画のような人生に憧れた。そして、君が現れた」
洋平さんは私の目をまっすぐに見つめた。
「映画好き同士、気が合って……君に会うたびに心が癒されて好きになっていった。僕にもこんな出会いがあって、咲の他にも好きになってくれる人がいるんだって自信がついたから、結婚もできたんだ。だけど、自信過剰になってしまったのかな。もっと夢を見たいと思ったら、咲のことを考えるようになってしまった。諦める必要なかったんじゃないかって」
「……」
「そう感じさせてくれたのは、映真のおかげだ。僕は君を忘れたくない。本当に好きだった。結婚式、お金がなくて挙げられなかっただろ? だから、確かにあった映真との人生の記憶を残すため、オーディションを受けたんだ」
私との恋愛や結婚は演技ではなかったんだ……。いや、そんなのわからない。この言葉も演技、嘘かもしれない。
だけど……スクリーンの中ではない、目の前にいる洋平さんを信じよう。
もう鈴木シネマに行くことはないのだから。
***
――とは言ったものの、最後に一度だけ、と役所に行く前に鈴木シネマに寄った。これを観終わったら離婚届を提出するつもりだ。
なんだか少し名残惜しい。私のこんな人生も映画にしたら面白いんじゃないかって、少しだけ思ってしまった。
そして最後に観る鈴木シネマの映画が始まった。
「S大学入学式」と書かれた立て看板が映し出される。S大学って……洋平さんが通っている大学だ。え、まさか!?
すると、スーツ姿の女の子のアップになった。黒髪のポニーテール。今とは雰囲気が違うけど、あれはミカルだ。よく出てるなぁ。
って、あれ? カメラはずっとミカルを追っている。
えぇ……、ミカルさんが主役? 鈴木シネマに出たい奴の気が知れないとか言っておいて……。ちゃっかりオーディション受けてたの?
数分後、スクリーンに派手な姿の今のミカルが現れた。洋平さんも出ている。私も出演するのだろうか。
やれやれ。やっぱり、勝手に人のうちに入ってくる奴はろくでもない。
私は映画の途中で席を立ち、鈴木シネマをあとにした。
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