第3話 鈴木実花留

 数分前まで大泣きしていたのが嘘のように気持ちが浮かれ、出会ったばかりの女と映画館に――鈴木シネマに入った。

 

 窓口で身分証を見せ、約束通り鈴木ミカルが二人分の料金を払う。

 私たちはど真ん中の座席に座った。上映までまだ少し時間がある。

「ミカルさんはよく鈴木シネマに来るの?」

 私はすっかり、洋平さんの浮気相手かもしれない鈴木ミカルに気を許していた。

「ええ、たまにね」

「私は何ヶ月ぶりだろう。洋平さんと最後に観に来たのは……」

 私は籍を入れたばかりの夢みたいだった日々を懐かしんだ。

「……覚悟して観なさいよ」

「え? 映画の内容知ってるんですか? どこでその情報を……」

 すると、前席側の扉から入ってきたお客さんがこちらの席に近寄ってくる。あれ? このおじさんどこかで見た気がする。

 そのおじさんは私の一つ隣の席に座った。

 あっ、映画に出てた人だ! 洋平さんと初めて鈴木シネマで観た映画に……。確か、鈴木憲一さん。この辺に住んでるのかな?

 私は思わず主演俳優とこんな近い距離にいることに興奮した。

 それからお客さんが次々と入ってきて、席がほぼ埋まった。さすが全国名字ランキング第二位の鈴木。この町にも結構いるんだなぁ。


 照明が暗くなり、映画が上映された。どんなお話なんだろう。胸が高鳴る。

 

 …………………………。

 ……………………。

 ………………。

 …………………………え!?

 よ、洋平さん!? 


 息が止まった。洋平さんが映画に出ている。なんで!? 似てる人……じゃない。確かに洋平さんだ。


「ど、どういうこと!? 洋平さん、俳優だったの!?」

 スクリーンに映るのは最近の堕落した雰囲気とは違う、眼鏡をかけて真面目そうな姿の洋平さんだ。


「ミカルさん、何か知ってるの!?」

「しっ、他のお客さんの迷惑になるでしょ」

 注意を受け、私は仕方なく黙りこみ、スクリーンに目を向ける。……って、あれ!?

「なんで私も出てるの!?」

 私と洋平さんがこの鈴木シネマの前で喋っている映像が映し出されている。私が初めて洋平さんに声をかけたときのシチュエーションに似ている。何これ!? もしかして、盗撮……?


「止めてもらうよう言ってくる!」

「無理よ」

 私は立ち上がったが、ミカルに手首をつかまれて止められた。

「これは洋平の望みで上映されているの。最後まで観ればあいつの考えていることがきっとわかるから」

「洋平さんが考えてること……」

 とりあえず、私はミカルの言うとおり、最後まで観ることにした。

 その後も洋平さんと私の、身に覚えのある過去の姿が流される。婚姻届を出し、レストランで食事をし……。

 待って、そのまま進むと……。

 二人はマンションの部屋に入る。そしてソファで抱き合い、キスをした。やめて!! 恥ずかしい!!!

 呆然とした。頭が真っ白だ。

「しっかりして。ここからが、あなたが知らない洋平よ」

 ミカルに肩を揺さぶられ、なんとか意識を取り戻す。


 シーンが変わり、洋平さんが大学の大教室にいる。授業が終わり、女子に声をかけられた。その女子は……。

「ミカルさんじゃん!」

 

〖「洋平、結婚おめでとう。びっくりしたよ〜、洋平が学生結婚なんて。どう? 落ち着いた?」〗

 スクリーンの中のミカルが洋平さんに微笑む。

〖「うん。授業けっこうサボっちゃった。だから実花留様! ノート見せてください!」〗

〖「しょうがないなぁ。はい、ノート。……ねぇ、でも本当に良かったの? さきのこと」〗

 ん? サキって?

〖「あいつのことはもういいんだ。あいつは夢を叶えるために東京へ行って……。僕とは見る景色が違う」〗

 洋平さんはおどけた顔を真面目な表情に変えて言った。

 すると、ミカルがバッグの中から雑誌を取り出して、付箋のページを開いた。

〖「咲からね、連絡もらって。オーディション受かったって」〗

〖「……咲!」〗

 それは映画の情報雑誌で、オーディションで主人公の妹役を勝ち取った鈴木咲という人の小さな紹介記事だった。

 洋平さんは食い入るようにサキさんの写真を見ている。

〖「本当は洋平も咲と一緒に東京へ行って、夢を応援したかったんじゃない?」〗

 だ、だめ! そこは私を選んで!

〖「……実花留、何言ってるの?」〗

 そうそう、さすが洋平さん!

〖「そういうことは結婚前に言ってくれないと」〗

 ええーーーーっ!!!!


 洋平さんは立ち上がり、ミカルから雑誌を奪って教室を出た。外へ走り出して公園のブランコに座り、雑誌を開いて「サキ、おめでとう」と涙を流し、「でも、僕に一番に知らせてほしかった。隣にいて一緒にお祝いしてあげたかった」とつぶやき、フラフラと歩き出して「ちくしょうっ」とか叫びながら空き缶を蹴り、やるせない表情をして夕日を眺めていた。


 ……………。

 家に帰ることが少なくなって、うつろな表情をしていたのはサキさんのことを考えていたからだったのか。

 

 そしてエンドロールが流れる。中途半端な終わり方だ。この続きはどうなるの?

 出演、鈴木洋平、鈴木咲、鈴木実花留……。そして最後に鈴木映真。

 私がトメだなんて。ベテラン俳優扱いだ! なんて喜んでいる場合じゃない。

「ミカルさん、ちゃんと説明して!」

 正面を向いたままのミカルの顔を見ると……涙ぐんでいた。

 おーーーーーーい!!!!

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