鈴木シネマ

いととふゆ

第1話 高橋映真

 親ガチャ失敗だ。

 こんな言葉は使うまいと思っていたのに、思わずにはいられない。

 私が住む町に「鈴木シネマ」ができてから――。


 

 私は映画が大好きだ。

 時間さえあればサブスクで映画を観ている。だけど、自宅のテレビ画面では物足りない。やっぱりスクリーンで映像や音響を体感したい。

 だから、毎週映画館に足を運びたいと思っている。だけどそれは難しい。


 理由は二つ。まずお金がかかる。裕福な家庭ではない高校生の私には映画館は贅沢品だ。

 もう一つ。近くに入れる映画館がない。入れる映画館に行くには、近くても乗り換えを経て片道一時間近くかかる。高校生の私には交通費も痛い。

 入れる映画館がない、というのは映画館自体はある。自宅から自転車で行ける距離に。


 その映画館は……「鈴木シネマ」。


 それは、鈴木さんしか入場できない映画館なのだ。

 って……なんで!? ひどい名字差別だ。映画は全ての人に平等に与えられるべきだ!!

 鈴木シネマの前を通ると、映画を観終わった満足そうな鈴木さんたちの笑顔……。 

 なんで私は鈴木じゃないの!!

 

 決めた! 私、十八歳になったら速攻結婚する。もちろん、鈴木さんと!!


 ***


 手っ取り早く鈴木さんとの出会いを求めるなら、やっぱりここ。鈴木シネマで探すしかない。よく来る人なら経済的余裕がある。映画好きなら、趣味が合う。トントン拍子で結婚は決まるはずだ。

 

 私は学校から帰ると着替えて自転車を飛ばし、鈴木シネマまで行く。映画館に入っていく鈴木さん、出てくる鈴木さんをほぼ毎日物色した。


 そして、通うこと一年。狙いの鈴木さんに話しかける決心をする。

 背が高く、眼鏡をかけている。真面目そうな雰囲気でタイプだ。

 何度か見かけるが、いつも一人で観に来ている。指輪もしていない。彼女はわからないが、結婚はしていないだろう。……よしっ!

「あの、映画お好きなんですか……?」

 私は思い切って声をかけた。

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