第4話

「点呼!」

「一!」「二!」「三!」「四!」


 春の中ごろ、天気のよい朝方、学院の近くにある森のはずれにて。

 おれは四人の若い子たちを引率し、ここまでやってきた。


 年齢は十三歳から十六歳の男女で、いずれも学生である。

 いや、正確には学生として紹介された者たち、と言うべきか。


 だって、ねえ。

 ちらり、と端に立つ、狩人を真似た格好をして立っている少女を見やる。


 幻影魔法で髪と目の色を黒にして、適当にそばかすまで入れて、髪型も変えて、ついでに軽い幻影の魔道具で隠しているけれど……。

 どう見ても王女さまです。


 あなた、そもそも学生じゃないよね?

 卒業生だよね?


 目が合うと、姫さまは悪戯っぽく、一瞬だけちろっと舌を出した。

 てへ、じゃないんだよ。


 まあ、学院の出資者としてこの新しい試みの視察に来た、と言われれば……いや、どうなんだ?

 そういうのは部下に任せろよ、姫さまさあ。


 とりあえず、知らんふりをしておく。

 万一、事故があったとして、何も知らなかったということにすればおれの責任にはならないだろう。


 たぶん。

 だったらいいなあ。


 はあ、胃が痛い。

 ちなみに、残りの三人はぱっと見た感じ、普通の学生のようだ。


「さて、これから三泊四日で森の奥に赴き、薬草や鉱石の採集を行う。森の中では、おれの指示に従うこと。何かトラブルが発生したらすぐ知らせること。自分の判断で動く場合、必ず声に出してから動くこと。みだりに大声を出したり大きな音を出さないこと。これらを厳守の上、行動するように。ここまでで、質問があれば挙手」


 十三歳で今回最年少の少年が手を挙げた。


「先生!」

「あ、おれのことは教官と呼ぶように」

「では、教官! 移動の際に魔法を使っても構いませんか?」

「どんな魔法だろうか」

「強化魔法です。一日、歩きづめなら、四肢を強化したいと思います」

「まる一日、強化してもまだ戦う余裕があるなら構わない。魔力のコントロールとペース配分はできるか?」

「できます。故郷では農作業に魔力を使っていました」


 あ、こいつ、強化魔法の才能を認められて学院に入ったタイプか。

 そういう経緯なら、そりゃアルバイトしたいよな……。


「なら、よし。他の者も、それをまる一日続けられるなら、魔法を用いても構わない。ひとりでも脱落者が出た場合、実習はその時点で中止、学院に帰還する。このことを念頭に置いて、安全第一で行動するように」


 それ以上の質問はなかった。

 よろしい、とうなずき、皆を先に歩かせ、おれは最後尾で彼ら全員が視界に入る位置につく。


 しばらく歩いたところで、姫さまが横に並んだ。

 目配せしてくるので、おれは軽く手を振り、魔法を使う。


 風の魔法で声をコントロールし、まわりに音が流れぬようにした。


「さあ、どうぞお話ください、敬愛する姫君」

「何のことですか、教官。わたくしはいち学生です。名をメリアと申します。お見知りおきを」

「そういうの、いいから」


 姫さまは、唇を尖らせて不満の意を表す。

 そんな可愛らしい仕草をしてもごまかされないぞ。


「自由気ままなところ、あなたの母にそっくりですよ」

「まあ、嬉しいことですね」


 にっこりとするメリアちゃん十五歳。

 皮肉が通じない。


「で、何でついてきたんですか」

「こういった活動に興味があった、ということでは駄目でしょうか」

「護衛のひとりもついて来ていない時点で駄目でしょう」

「そこは、あなたを信用しております」

「そんな言葉でごまかされませんよ。四日も城を空けること、よくまわりが承知しましたね」

「たいへんでした。城を抜け出すのは」


 黙って出てきたのかよ!

 今ごろ、城の方で大変なことになってるんじゃないの?


 誘拐と勘違いされたりしたら、まずいな。

 いっそ、いまからでも引き返すか?


「きちんと書き置きは残しておりますので、問題ありません」

「問題しかないです」

「絶対にあなたの責任にはならない形でまとめますので、ご安心ください」


 おれは深いため息をついた。

 マジで何を考えているんだよ……。


 まあ、こうなったらいまのおれに出来ることは、何もない。

 諦めて、職務を全うするだけだ。


 実際のところ、姫さまは他の三人によく気を配り、疲れ知らずで働き続けて、無事に一日目を終えることに貢献してくれた。

 身体は魔道具で強化しているみたいだけど、それにしたってタフだな、このひと。


 タフじゃないと王族の業務なんてやってられない、とは聞くけども。

 魔力の高い血統同士で婚姻を繰り返して、彼女自身もかなり魔力が高いということは知ってたけども。


「メリアさんは力持ちですね。ぼく、羨ましいです」


 森の奥、キャンプ地となった大樹のそばで、手際よくテントを張ってみせた姫さまを、最年少の少年が憧れの者を見るような目で彼女を眺めていた。

 他の者たちもそこそこ野外活動には慣れているようだが、姫さまひとり、頭ひとつ抜けて動きがいい。


 あーこれ、軍のブートキャンプとかで鍛えられてるのか。

 たしかに有事ともなれば貴族、王族も兵と肩を並べて戦うべし、というのがこの国の気風ではあるのだが。


 戦いに関する魔法は得意じゃないみたいだが、それでも魔力がある、ということは相応に負荷のかかる魔道具を起動できるということである。

 戦において、魔力があるだけでやれることは多い。


 無論、魔力が全てではない。

 大賢者は、魔法という概念をヒトに伝える際、それを発展させるさまざまな手管もまたヒトに教えた。


 まあ問題は、その手管の数々をヒトは自分のものとせず、大賢者を失ってから、ようやくあれこれと調べ始めたんだけどね。

 そのあたり、いろいろ根の深い問題があるのだが……いまは、それは置いておこう。


 夜、テントのまわりに生き物警戒の魔法をかけた。

 ある程度以上の生き物が接近してくると、おれの頭の中で警報が鳴るというシロモノだ。


「見たことのない魔法ですね」


 姫さまが不思議そうに、魔法の範囲の境界で揺らめく魔力を眺めていた。


「空間の残留魔力を使った、おれのオリジナルです。ある程度以上の魔力持ちが複数人いないと残留魔力が足りないため、普通の狩人などに教えてもあまり意味がないですね」

「またあなたは、軍が喜びそうなものを……」


 姫さまの目が、きらりと光る。

 やっべ、余計なものを披露したか?


 まあいいや、これは普及させるつもりがないし。

 正直、完成度が低くて、おれ以外には使えない、実質的には失敗作なんだよね……。


 で、魔法で警戒はできるけれども、念のため交代で見張りを立てる。

 目視を怠ることは危険だ、とあらかじめ説明してあったからか、全員が熱心に見張りをしてくれた。


 こういうのも、実習の一環だからね。


 で。

 二日目、薬草の採集の最中に、おれたちはヒトの胴体ほどの太さがある巨大な糞を発見した。


「三つ首狼か獅子熊だな」


 どちらも、馬の三倍以上巨大な森の生き物だ。

 魔物、とも呼ばれる類で、ヒトを襲うことでも知られている。


「さて、こういう生き物への対処方法だが……何か提案は?」


 試しに、学生たちに訊ねてみた。

 こちらの用意した正答としては、魔物除けの護符、と呼ばれる魔道具の準備や森の生き物が個々に持つ縄張りの外に移動する、等であるが……。


「臭いの魔法で、相手の嫌う臭いを出して追い払います」


 即座に挙手した最年少の少年の返答に、あれ、と首をかしげた。

 姫さまを含めた残りの全員がうなずいている。


「教官が臭いの魔法を開発したのは、このためなんですよね!」


 いいや、違うよ?

 全然違うよ?


「臭いの魔法ができたおかげで、狩人たちの仕事がとても楽になったって、父も喜んでいました!」


 ああ、この子、森を歩くのが上手いと思ったらお父上が狩人なのね。

 いやそうじゃなくて、ちょっと待って、待って、いつの間にか、狩人の間の常識が変わっちゃってる!?


 おれが時代遅れの冒険者ってこと?

 意味ないじゃん、この実習!!


 学生たちが臭いの魔法の開発者であるおれを褒め称える。

 姫さままで、いっしょになって褒めてくれている……ってこのひとは笑ってるな、いい性格してるぜ。


 素知らぬふりで、彼らに魔物を追い払う臭いを出させて、ことなきを得た。

 いや、おれどの臭いでどいつを追い払えるとか詳しくないし……。


 たぶん、この学生たちの方が臭いの魔法について詳しいんだよ。

 知り合いの狩人に、後でよく聞いておかないと。


 まだまだ、フィールドワークもできる研究者のつもりなのだから。

 そういうわけで、魔物たちの気配はあったものの、こいつらは皆、おれたちを避けて遠くに行ってしまった。


 臭いの魔法の効果がいかにてきめんであったか、実地でよく理解させられた。

 それはそれとして、実習の先行きが不安だ……。


 三日目は鉱石の発掘である。

 魔法によってある程度の探知を行ったあと、どうすれば手際よく目的のものを集められるか簡単な講義を行いながらやっていく。


 これに関しては、姫さま以外の三人の方が手際がよかった。

 単純に、幼い頃からそういった仕事をやって、金を貯め、学院の試験にパスした苦労人たちだから、ということのようである。


「三人とも、将来有望な方々です。彼らの努力をこの目で見られてよかった。わたくしはこの数日のことを、生涯忘れないでしょう」


 姫さまはそんなことを言って、壁面から採掘するつもりで砕いてしまった鉱石を見下ろした。

 賢しいことを言ったつもりで貴重な鉱石を台無しにしたことを有耶無耶にするつもりらしい。


 こんなのを賢女って呼んでるの? 本当に?


「いい性格してますよね、ほんと」

「よく褒められます」


 にっこりとするメリアちゃん十五歳(二回目)。

 この子、ほんとさあ。


「そろそろ、あなたの行動の理由を説明していただけませんか」


 三日目の夜。

 ふたりきりのタイミングで、そう訊ねた。


 焚き火から少し離れて、草原に仰向けに寝そべり、満天の星空を眺めている彼女のもとへ歩み寄る。

 メリアを名乗る少女は、半身を起こし「もう、よろしいでしょう」と呟き、おれを見上げた。


「どうやら宮廷の深いところに間諜が入り込んでいた様子です。このタイミングで動くというところまでは突き止めたのですが、さて具体的に何をするか、となると……」

「なるほど、どう動かれるかわからないから、あえて隙を見せてみた、と。それ、この場を襲撃される危険もあったのでは?」

「わたしは学院に籠もりきりで、とある実験の手伝いをすることになっています。まさか森にいるとは思わないでしょう」


 それって学院が危ないんじゃないの?

 いや、あそこには他の王族も通っているから、相応に警備も厳重だ。


 ともあれ、かなりの確度で、王宮の深刻なところに他国の間諜が入り込んでいるんだろう。

 そいつらがやらかす際に、彼女だけでも安全圏に置いておきたかった、と。


 他の王族の身には危険が及ぶ、ということだが……。

 それだけのリスクを背負ってでも、ここでケリをつけたかったということか。


 まあ、大陸全体の情勢が悪すぎるからね。

 国を守る立場の者たちであれば、相応に危機感を抱くというものである。


 幸いにして現王は健康も万全でまだ四十代、治世は大過なく、おおむね国内は安定しているといえる。

 彼女たちには将来のための時間が充分に与えられていた。


 そのはずであった。


「姫さま、この場の安全を預かる者として、隠しごとはなるべくナシでお願いします。他に何か、深刻な懸念材料があるのでは?」

「さすがの洞察力ですね。南の国境に怪しい動きがあるそうです」


 やっぱりあるのかよ!

 こんちくしょう、厄ネタてんこもりか!?


「南の国が軍を揃え、間もなく動くという情報です。その前に、できれば宮廷内部の掃除をしたかったのです」


 思ったより状況は悪いのかもしれない。


「いずれにしても、明日には戻ることになります。問題ありませんね」

「ご迷惑をおかけします」


 姫さまは立ち上がり、深く頭を下げた。

 王族の頭はそう軽いものじゃないのだが、いまはただのメリアという少女であるからか。


 いずれにしても、おれとしては事情を知ったからといって何ができるわけでもない。

 黙って、彼女の謝罪を受け入れいておく。



        ◇ ※ ◇



 翌日、夕方。

 おれたちは森を抜け、王都が見える小高い丘まで戻ってきていた。


 そこで、知る。

 王都から無数の煙が立ち昇っていた。


 王都に隣接する学院は、堀の水を氷として屹立させ、長大な壁としていた。

 噂に名高い氷の壁、初めて見たぜ……。


 完全に臨戦態勢だ。


 そして、王都と学院の間に陣取る一軍があった。

 その数、およそ五千といったところか。


「なるほど」


 姫さまが、呟く。


「宮廷の鼠が内部で騒ぐうちに、南の国はかくも迅速に軍を進めた、と。思ったより動きが早い」

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