夏―①
第1話 夏の序章はやっぱり王道で!
Side—良太
美惑に振られ、彼女が家を出てから2ヶ月余りが過ぎ、もうすぐ夏休みを迎えようとしていた。
それなのに俺は未だ、心にぽっかりと空いた穴を埋められず、学校では美惑の姿ばかりを探している。
徐々に登校する日数や時間は減って行って、学校で美惑を見かけるのはハート形のピノぐらいレアだ。
たまに廊下ですれ違った日には、やたら心臓がバクバクと脈打って頭が真っ白になる。
美惑は、俺の事なんてまるで眼中にない様子で、声すらかけて来ない。
話したい事や聞きたい事はたくさんあるのに、彼女に関する話題はいつも人づて。
「おい、リョータ。ポプラブ、もう聴いたか?」
後ろの席から安楽が俺の背をつつく。
「ポプラブ? 何それ? 新しいコンビニか?」
「は? お前知らないの?」
「なんだよ。もったいぶるなよ。早く言えよ」
「ポッピングラブ! 美惑ちゃんが入ってるアイドルグループだよ!」
「は? まだデビューしてないだろ」
「デビューはまだだけど、プロモーションはもう始まってる。昨日から各動画サイトでPV上がってたぞ」
「うそ! マジか」
俺は慌ててスマホをポケットから取り出し、ハローチューブを開いた。
ポッピングラブを検索窓に打ち込むと、公式チャンネルがヒットした。
ピンクや水色の、制服っぽいセクシーな衣装でポーズを決めた5人組の女の子がアイコンになっていた。
「うわぁ、美惑だ!」
「やっぱり美惑ちゃんがセンターぽいな」
確かにちょうど真ん中に、ひと際大きく美惑が写っている。
しかも、もう既に80万回以上再生が回っている。
「いいねの数も、コメントもすげーよな」
「うん。すげー」
にわかに興奮したが、益々、美惑との距離は遠くなったような気がする。
もう、俺の事なんて忘れたんだろうな。
この小悪魔じみた笑顔はもう、俺を見ていない。
震える指で、動画の再生ボタンを押した。
疾走感あふれるイントロの直後、ダイナミックに踊りながら歌っていた。
表情はみんな若干ぎこちないが、編集の力なのか、5人の息はピッタリ。に見える。
『♪陰キャな君がヒーローで 笑う度 ツンデレがざわつく
ずっと側にいたはずでしょ
知らなかったよ君が
実は王子様 のフェイクで
フェイクラブだって ドキドキで
幼馴染のボーダーを 超えたいけれど怖くて――』
https://suno.com/song/350a6b55-6bd7-4308-b08c-fcc3dd8cd283
それぞれの顔が写るのは一瞬。それも派手なフラッシュエフェクトが邪魔をする。
彼女らの姿は逆光で影になっていて、わざとビジュアルは分かりづらくしてあるようだった。
無駄のない体と、切れのある動きだけが、生々しく映し出される。
「お、覚えやすそう……な、曲、だな」
「なんだよ、リョータ。感想、それだけか?」
「あ、いや……」
胸がいっぱい過ぎて、言葉が出なかった。
俺の知らない美惑が、そこにいた。
「ごめん。ちょ……、トイレ行ってくるわ」
スクールバッグを机に置いて、足早に教室を出た。
各教室の前を小走りで通り過ぎ、トイレに向かう。
訳も分からず涙がこぼれて来て、そんな顔を誰かに見られないようにと、下ばかりを向いて、歩いていた。
美惑がいなくなり、案外メンタルに来てるって事を今さらながら自覚する。
その時――。
「キャッ」
という悲鳴と共に、俺は尻もちをついた。
突如、胸元に何かがぶつかった。
または、突き飛ばされた。
そんな感覚だった。
「いってーーーー」
じーーーんと尾骶骨が痛みを訴える。
一瞬、ぐるりと回転した視界が落ち着いたと同時に、同じように尻もちをついている女子生徒が見えた。
いや、真っ先に見えたのは、捲れたスカートの中の、ピンクのパン……ピーーーーー。
「いったーーーーい」
その声で、我を取り戻す。
両サイドの低い位置でまとめたふわふわの長い髪は、キャメルみたいな色だ。
高校生にしては、派手な髪色だと思ったが、幼い顔立ちが派手さをカバーしている。
日本人離れした、透き通るような肌の色だった。
目をぎゅっと閉じて、お尻をさすっている。
どうやら、彼女とぶつかったようだ。
「あ、ごめん、なさい。大丈夫?」
俺は慌てて立ち上がり、彼女に手を貸そうと差し出した。
「はっ、はっ、はーーーーっ!! ふ、ふ、双渡瀬、先輩」
彼女はそう叫んで、両頬をりんごのように赤く染め、両手で口を覆った。
「へ? あ、あー」
俺の事を先輩って呼ぶという事は……
「一年生?」
「は、はい! 1年C組、村崎ことりです!」
彼女は、差し出した俺の手を恐々掴んだ。
「ごめんね。ついよそ見しちゃってて」
「い、いい、いいえー。私の方こそごめんなさい。ぼーっとしちゃってて」
「怪我はない?」
「はい、双渡瀬先輩も、怪我はないですか?」
「あ、うん。大丈夫」
彼女はすっかり立ち上がったが、まだ俺の手を握ったまま。しかもキラキラした瞳で、じーっと俺の顔を見つめている。
ん? なんだこの雰囲気は?
もしかして、チャラ神の仕業か?
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