クラスで一番の美少女に失恋したら日本一可愛い幼馴染がカノ女になりました。モテキ?否。偽装です

神楽耶 夏輝

春—①

第1話 桜舞い踊る新学期にて――

「おい! 来たぞ」

「来たな」


 教室がにわかにざわつき始め、緊迫感が漂う。


 桜舞い散る、新学期初日の朝。

 今日から俺は、高校2年だ。


 クラスの全男子がざわつくのも無理はない。

 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花とでも言いましょうか。

 凛と伸ばした背筋はまさに白い芍薬のように美しく。

 形のいい切れ長の目元には、穢れのない澄んだ瞳。

 長いまつ毛がうっすらと影を作ってるのもまた儚げで、いい!


 艶を帯びた唇は、きゅっと引き結ばれて近寄りがたさを物語っている。


 枝毛なんて物には縁のなさそうな黒髪をさらりとなびかせて。

 ちょうど、ど真ん中辺りの席に、すっと椅子を引いて腰掛けたのは、言わずもがな高嶺の花と崇められている白川いのりである。


 今朝、昇降口に貼りだされていた新クラス票に、新2年A組全男子のテンションは爆上がりだった。


「おい、白川さん、髪に桜の花びらが付いてないか?」

 俺の机の上で膝を抱えている安楽慎吾が、顔を寄せてきて声を潜めた。


「付いてるね」


「お前、教えてやれよ」


「なんで俺が」


「話しかけるチャンスだろ!」


「お前が行けよ」


「やだよ。無視されたら死にたくなるだろ」


「大げさだろ」

 と言いつつも、俺なら軽く死ねる自信ある。


「頼む! リョータ! ちょっと話しかけて来てくれよ」

 現実を直視できないヘタレな友人、安楽に拝み倒され

「わかったよ」

 と渋々立ち上がったはいいが、膝がガクガクと震え、喉がカラカラして来た。

 心臓はバクバクと脈打つ。

 

 脈なしなのはわかってる。

 どうせ全男子が無視されるんだ。

 俺だけじゃない。

 だから、無視されても大丈夫だ。

 しかも、忘れてはいけない。

 俺には、これがあるじゃないか。

 ポケットの中。いつも持ち歩いている恋愛成就のお守りをぎゅっと握りしめた。


 勇気を出せ! 俺!!


 ゴクっと唾で喉を潤し

「あーあーー」

 軽く発声練習をして、そっと背後から近づいた。


「あ、あああああのっ」

 かっこ悪く声が裏返る。


 彼女は、振り向かない。


「あの」


 俺は正面に回り込んだ。


 彼女はスクールバッグから、カバーのかけられた文庫を取り出し、ふと俺の顔を見た。


「双渡瀬……君」


 ひぃえぇぇぇええええ。俺の名前、覚えられてる!

 いや、存在自体が認識されていたんだ。

 初めて同じクラスになったというのに! だ!


 お守りが入っているポケットを軽く叩いた。

 ありがとう、神様!


「し、白川……さん、だよね」


「ええ」


 嘘だろう。


 幻の笑顔ーーーー!!!


 そう、彼女は滅多に笑顔を見せない事でも有名で、密かに雪の女王なんて呼ばれている。

 触れたらだれもが凍り付く、あの雪の女王だ。


 その白川いのりが、今、俺を見てほほ笑んでまーす!!


「あ、あの。これ」

 肩にかかる髪にひっかかっていた一枚の花弁をそっと指先でつまみ、彼女の目の前に差し出した。


「引っかかってた」


 その花びらをしばし見つめて、彼女は更に口角を上げ、頬を桜色に染めた。


「ありがとう。双渡瀬君」


 眩しい。笑顔が眩しすぎる。


 一気にお花畑にワープした俺は、おぼつかない足取りで自分の席に戻った。


「おい! 白川笑ったな。奇跡が起きたな」

 安楽はぽかんと口を開けている。


「すげーじゃん、リョータ。今度からお前の事、雪解けとろとろ王子って呼ぶわ」


 とろとろになりそうなのは俺の方なんだが。


「良太ー。なぁに鼻の下伸ばしちゃってるの? ばっかみたい」

 鈴のように転がって来た声で我に返ると、教室が更に騒がしくなっている事に気付いた。


「美惑!」


 全日本美少女コンテスト優勝という経歴を持つ、黒羽美惑。


 彼女は『可愛すぎる女子高生』と、メディアが押し掛けるほどの人気者で、学校一の美少女と言っていいだろう。

 男子の間で密かに執り行われている人気投票では、いつも白川と競り合っている。


 現在は、アイドルになるべく特訓中。


 アイドル級の愛嬌に、小悪魔のような立ち居振る舞い。

 しかもロリ顔でFカップ。

 雄である以上、誰もがその容姿にはひれ伏してしまうのだ。


「あたし、B組やった。良太と離れ離れやーん。ショックー」

 と、目の下をゴシゴシ、お道化た泣き真似をして見せた。


 なかなか抜けない博多弁も、一部の界隈にはそそるらしい。

 俺にはちっともわからないのだが。


「何しに来たの?」


「何しに来たのとは何よ! こんなに可愛い幼馴染がはるばる隣のクラスから会いに来たって言うのにぃぃーー」


「やめろ。勘違いされるだろ」


「ヒューヒュー。相変わらず仲いいよな。羨ましいぜこのとろとろ王子!」


「なに? とろとろって」


 美惑は小首を傾げて、大きな瞳をぱちくりと見開いた。


「あ、いや、何でもない」


 はっきり言って美惑は可愛い。

 それに、見るからにエロい。

 ぷるんと柔らかそうな唇に吸い付く妄想なら、誰もがしているだろう。

 ブレザーのボタンがはちきれんばかりの胸が揺れるたび、男たちの理性も揺らいでしまうのだ。


 しかし、だ。


 俺と美惑は、同じ日に、同じ病院で生まれた。

 里帰り出産した俺の母と、美惑の母親は、たまたま同じ病院で、数年ぶりに再会した、小中学の同級生だそう。

 それまではすっかり疎遠になっていたらしいが、再び縁が繋がって今では子供時代よりも強固な絆で結ばれているらしい。


 とはいえ、美惑の住まいは福岡。俺は東京でそれぞれ成長してきたわけなんだけど。


 美惑は毎年、盆や正月、ゴールデンウィークやシルバーウィークに、母親に連れられ東京に遊びに来ていて、その度にうちに泊まったりもしていた。


 今は、アイドル養成所と高校生活のため、うちに居候している。


 俺にとっては幼馴染を通り越して、親戚のような物で、とても恋愛感情なんて物は芽生えない。


 それなのに。


『あたし、良太の事が好きっちゃん。ずっとずっと好きだった』


 そう言って、俺の前で涙をこぼしたのは、つい1週間ほど前の事だ。


『ごめん。俺は美惑の事、幼馴染以上に思えない。他に好きな人がいるんだ』


 と言ったにも関わらず、そんな言葉聞こえなかったかのように。或いはなかったかのように、グイグイ距離を詰めて来る。


「せっかく、いい事教えてあげようと思ったのに、やめよっかな」


 そう言って、白川の方に視線を向けた。

「へ? なに? いい事って」


 白川関連の情報か?


「知りたい?」


「知りたいっていうかー、気になるだろ! そんな言い方されたら」


「じゃあ、放課後一緒に帰ろ」


 手を後ろに組んで、こちらに顔を突き出した。


「ああ、いいよ。どうせ帰る場所、一緒じゃん」


「イチョウ通りの、ケーキバイキングに行きたい!」


「ああ! いいですよ。お供しますよ」


「ふふ。良太の奢りだからね! じゃあ、後で」

 顔の横で、手をグー、パーと握った後、くるっと回れ右。

 

 去り際、色めき立つ男子達に愛嬌を振りまく事も忘れない。


「美惑ちゃーん! 俺のココ空いてます」

 と腕を上げるヤツ。


 目をハートにして手を振るヤツ。


 股間を抑えるヤツ。


 そんな輩にも、美惑は笑顔で手を振る。


 あいつらに、美惑をふっただなんて知られたら、俺はきっと殺されるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る