転生したら人間だった件 〜刈田岳・蔵王山(熊野岳)〜

早里 懐

第1話

初めに断っておくが、私は霊的な現象を肯定しているわけではないし、いわゆるオカルト的なことを実際に体験したことなどはない。


更に付け加えると、偏った宗教観を持ち合わせているわけでもない。


しかし、少なからず誰にでも思い当たる節はあると思うが、暗闇を歩いていて人の気配を感じたり、変な物音が聞こえたりといった経験はある。


しかしながら、それが霊的な現象なのかと問われれば冒頭でも述べた通り、いささか懐疑的である。



今までの私であれば…。


そう。

つい先ほど妻が発したあの超自然的な言葉を聞く前の私であれば…。






子供たちの部活動がないことで1日空き時間ができたため今日は妻と2人で蔵王連峰の主峰である熊野岳に登ることにした。


身支度を済ませて車に乗りエンジンをかけた。


カーナビゲーションが起動すると聞き慣れた機械的な女性の声で「今日はUFOの日です」と私たちに伝えてきた。


76年前にアメリカで未確認飛行物体が目撃されたことから6月24日をUFOの日と定めたそうだ。


私は後ほど月刊ムーで事の真相を確かめるため、ノートにこのことを認めた。



道中は終始どんよりとした天気だった。


天気予報は登山日和であったため、私達は戸惑いを隠せなかった。




そんな中、蔵王エコーラインを車で走っていると青空が顔を出した。


私と妻のテンションは一気に上昇した。


しかし、そんな状況も束の間、大黒天駐車場に着く頃には強風が吹き荒れ土砂降りの雨に変わっていた。


私と妻のテンションは地面を突き刺し地殻まで辿り着く程に急降下した。


しばらく車内で様子を見ることにした。


30分待ったが天候は変わらない。

いや、それどころか風雨はさらに激しさを増していた。


この時点で妻の心はすでに山から離れていた。


その事は明白だった。


なぜなら山形で有名な千本団子を買って帰ろうと言い出したからだ。


私は山より団子の妻をどうにか説得し、あと30分間待機することにした。



残酷にもタイムリミットが訪れた。


私達は諦めた。


肩を落として、大黒天駐車場の少し下にある駒草平のトイレに向かった。


私は車から降りてトイレに向かった。


その時だった。


先程まで降り続いていた雨が止んだ。


私のテンションは成層圏に達するまで上昇した。振れ幅の凄さに耐えられないほどだ。


車の中にいる妻に駆け寄り、雨止んだよ。

と伝えた。


すると、妻は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。


すでに妻の頭の中はあんこがたっぷりとのった千本団子だったのだ。


そんな妻をどうにか説得し、私達は再び大黒天駐車場に向かった。


あたり一面霧に包まれているが風雨はおさまっている。


私は嬉しい反面、自然という手も足も出す事ができない絶大な力に弄ばれている感覚を受けた。


また、今日は何かとてつもない事が待ち受けているのではないかという得体の知れない不安も押し寄せてきた。




私達は準備を済ませて出発した。


あたり一面霧の中だ。


刈田岳山頂までは1時間程度の登りだ。


石や木の階段の連続で、登山道はとても整備されているため登りやすい。


所々霧が晴れて、木々の間から火山ならではの無機質な山肌を拝む事ができた。


程なくして私達は刈田岳山頂に到着した。


社務所で山バッチを購入して、神社を参拝し、熊野岳を目指した。


少し下ってレストハウス前についた頃には更に霧が深くなっていた。


御釜も霧の中だ。


私達はそのまま足を進めた。


熊野岳の取り付きまでは平坦な縦走路となる。


晴れていたら絶景が拝めるはずだが今日は真っ白だ。

晴れてる日にまた来ようねと言いながら、平坦な縦走路を歩いた。


熊野岳の取り付きから山頂まではザレ場であるが傾斜はそれほどでもない。


あっという間に山頂に辿り着いた。


山頂も相変わらずの白さだ。


しとしとと雨が降ってきたため、早々に撤退して下山することにした。




下山時に私が抱いていた不安が的中した。


俄には信じがたい、とてつもない事が起きたのだ。



レストハウスに向かう道中で霧が晴れてきた。


御釜の方向に目をやると、うっすらとその姿が見えてきた。


私は心の中で祈った。

霧よ完全に晴れてくれと。


その願いは通じた。


御釜がその全貌を現したのだ。


エメラルドグリーンに輝くそれは周りの無機質な地層を従えて輝きを放っていた。


今までは霧の中にその姿をくらましていたため、本当に御釜という火口湖は存在するのかと思ったほどだった。


しかし、それは確かに存在していた。

とてつもない迫力を放ちながら。



私と妻はしばらくその絶景に見惚れていた。



すると突然妻が御釜って泳げるのかな?と私に問いかけてきた。


私は立ち入り禁止だから無理だよと妻に対して言った。


しかし、妻は一切引かず、しきりに御釜って泳げるのかなと問いかけてくる。



世の中に一般常識というラインがあるとすれば、そのラインから1mmたりともはみ出す事なく生きてきた妻がこのような荒くれ者の考えを口にしたのだ。


私は心底驚いた。



何かに取り憑かれたかのように御釜って泳げるのかな?と繰り返し問いかけてくるのだ。


暑さから朦朧としているのか?


いや、太陽は出ていないしそこまで気温も高くない。



妻なりのジョークを言っているのか?


いや、ジョークだとするならば妻のジョークはもっとナンセンスなはずだ。



私はそんな考えを巡らせながら妻に対して軽蔑の眼差しを向けた。


その時だ。

ふと非現実的な考えが私の頭の中に浮かんだ。




妻はきゅうりが好きだ。


冷やし中華を作った日にはこれでもかというほどきゅうりの千切りをトッピングする。


きゅうりが好物で泳ぐことが好きときたら、まさしくあの生物が妻の支離滅裂な言動を引き起こしている可能性がある。



畏れの山。霊山蔵王。

何が起こっても不思議ではない。



私はこの超自然的な事柄の疑いがある件について、モルダー捜査官さながらの推理力を発揮して考察した。


そして、妻に取り憑いたモノを祓うべく。

妻に優しく問いかけた。


「きゅうり好きだよね」


「えっ!?」

妻(得体の知れぬ者)は驚いている。


私に正体を見破られたからだろう。

驚くのも当たり前だ。


よく見ると口もとんがってきているし、背負っているザックも甲羅に見えてきた。

帽子を脱げば頭のてっぺんに皿もあるはずだ。



私はもう一度繰り返した。

「きゅうり好きだよね」


妻(得体の知れぬ者)は笑顔で答えた。

「そう。前世きゅうりだからね」


私「!?」



なんと妻は取り憑かれたのではない。

前世の話をしているのだ。



私の推理は外れた。


その超自然的な言葉を聞いた私は絶句した。


まさか、織田無道や宜保愛子、更にはRADWIMPSまでもが声高らかに主張している前世というものが本本本当に存存存在したとは。


しかも、それをとても身近な存在である妻の口から発せられるとは。


私はその事実に身震いが止まらなかった。


背中には悪寒が走り、まるで体内を巡る血液が足の裏から地面に吸収されていくかのように血の気が引いていくのを感じた。



しかし、その反面、私は思った。



それを言うなら「前世カッパ」だろ…と。



そう思った私は屈託のない笑みを見せ続けている妻に対して念のため防御の姿勢をとった。


しりこ玉を抜かれないように。

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転生したら人間だった件 〜刈田岳・蔵王山(熊野岳)〜 早里 懐 @hayasato

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