第3話 俺は夢の中で俺に会う?
ふと気が付くと、俺は江戸時代の或る農村を、空中に浮かんで眺めている。(なぜ江戸時代と言い切れるのか?それは夢の中でそう思ったからであって合理的理由は無い。)あの田んぼやこの田んぼで、夏の炎天下、たくさんの農民たちが汗水を流して作業している。暑そうだ。宙に浮かぶ俺もまた、降り注ぐ日光が痛いほどだった。どの農民も、宙に浮かぶ俺に気が付いていない。見えないのかもしれない。あの農民この農民と眺めていると、驚くことに、俺と同じ顔をしている者がいることに気付いた。気になって、その者のもとへ舞い降りてみた。
やはり彼は俺の姿を見えないようで、真横に立ったのに何事もなく農作業を続けている。彼は、ギラギラ太陽光を気力で跳ね返すように鍬を振る。額は汗で光り輝いている。見ていて実に暑苦しい。俺も汗が噴き出てきた。
それから時間は過ぎた。あちこちで作業は終了したよう。農民たちは片付けをはじめる。俺と同じ顔をした農民も一区画に鍬を入れたところで作業をやめた。それから、田から出て広げていた他の道具と鍬をまとめると歩き出す。
俺は彼について行った。やがて、彼は自身の家(だろう)に入る。俺も付いて入る。そこは台所なのか甕や竈が有った。彼は置いてあるやかんに口をつけて一気飲みした。顔を上げると、ふうっとため息もついた。俺も喉を潤したい。冷えたビールなら最高だろう。だけど、お酒は週一もしくは禁酒。夢の中だが、意思を強く持った。俺は、彼が置いたやかんを手に取って拝借した。ぬるい。喉越しはよくないが、渇きは落ち着いた。
やかんを元の位置に置いた瞬間、視線を感じてゾクッとした。
恐る恐る顔を上げると、やかんを置いた向かいに立つ、「俺と同じ顔をした農民」と、目が合ったのだ。俺を見えているのか?彼の表情は複雑だ。
大切なことを訴えているようにも見えるが、底理解をされ得ぬと悟っている呆れのようなものも感じる。悲しさも混ざっているように感じる。耐えられなくなった俺は目を逸らそうとした。
だが、目が動かない。また、身体も全く動かない。俺は、彼の強い視線に穴の開く程にさらされている。苦しい…。
その辺りで、はっとした。周囲は、暗い部屋。今まで見ていたものが夢であったと知った。
喉にはやかんのぬるい水の感触が残っていて、気持ちよくない。身体はぐっしょり汗をかいて、寝間着のジャージがまとわりついている。不快だった。
また、ひどくビールを飲みたかった。コンビニに行こうか?いやダメだ。
俺は起き上がるとキッチンへ行って蛇口をひねった。調理器具のボウルに、1リットル程も水をついで一気に飲んだ。ふうっと溜息をついてボウルを流しに置く。そのまま、数分間じっとしていた。何も考えないように努めた。その内に、渇きは落ち着いてきた。
危ない。お酒に手を出すところだった。だけど、この夢は、はじまりに過ぎなかった。
不思議な事に、江戸時代の農村の夢、「俺と同じ顔をした農民」の夢を、翌日もさらに翌日も、毎日見続けた。
さらに、日に日に、夢の中の太陽の強さ、夢から覚めた後の渇き、「俺と同じ顔をした農民」の悲しそうな表情等は、厳しくなった。それでも、お酒には手を出さずにいた。
さて、布団に入って電気を消した俺は思った。明日は週末。お酒を飲んでもも良い日としようか?でも、この禁酒の流れは良い。飲まないかな?俺は、目を閉じた。
そしてやはり、江戸時代の農村の夢を見た。だが、いつもと様子は違う。
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