Stargazer 《スターゲイザー》〜成り損なったオレは彼女と新世界を得る〜

チン・コロッテ

ボーイ・ミーツ・ガール

第1話 Stargazer《スターゲイザー》

 中世の街並み残るスコットランドの首都エジンバラにその店はあった。


 古びた看板には《アンデルセン・クラフト・ワークス》と記されており、中には骨董品の様な地球儀や天体望遠鏡、天体模型などの天体などに関する雑貨が並んでいた。そして、店内には「ハリーポッターに出てくるゴブリン」と言われればつい納得してしまいそうな、小柄で気難しそうな白髪の老人が、机の上でカンテラの修理をしていた。


 まだ五歳の僕は軋む扉を開けて中に入り、店内を見回しながら歩き始めた。すると、ゴブリンの様なアンデルセンはちらりと一瞥をした後、作業しながら訛りの強い英語で話しかけてきたのだった。



「チャイニーズか?」

「うんうん、ジャパニーズだよ」

「ほぅ、ジャパニーズ。この街にジャパニーズの子供なんて珍しい……。旅行か?」

「違う。父さんの仕事で少しの間この街に住むんだって」

「ジャパニーズのが?仕事でこの街に住む?留学か?しかし、ファシズム傾向の強いうちの教会がジャパニーズを受け入れるとも思えねぇ。やっぱり仕事なのか?」



 アンデルセンが疑問を呈した。どうやらそのとやらは、仕事で外国に来るということは珍しいらしかった。アンデルセンは続ける。



「しかし、他国に召集されるなんて、相当実力のあるスターゲイザーということか。だが、そんな奴が来なきゃいけないような大変な案件は聞いちゃいないが……。坊主、父さんの名前は?」

「リョウスケ・セイノ」

「セイノ?知らない名前だな……。まぁ、いい。考えても埒が開かねえ。それで坊主の父さんは何が欲しいと言ってたんだ?星燈武具か、武具のパーツか、それとも星燈札か?」



 僕は首を振った。どれも聞き馴染みのない言葉だったから。



「歩いていたら、ただ気になったから見に来ただけ」



 すると、アンデルセンはやっと顔を上げて僕を訝しんだ。



「なんだ?坊主。お前もしかしてスターゲイザーじゃねえのか?父親か坊主自身がスターゲイザーだと思っていたが……」



 僕は頷いた。何やら勘違いしていたと気付いたアンデルセンが目を丸くした。



「ほう……?この店は普通の人間がこの店を認識できないよう、"人払いの術"を掛けている。だから、一般人は入れはしねえのさ。もう一度だか聞くが、本当にスターゲイザーじゃねぇのか?不思議な術を父親から教えてもらったりしてねえんだな?」

「うん。そのスターゲイザーってなんなの?」



 アンデルセンが口をあけて唖然とする。今まで普通の人間がこの店に迷い込んだことなどなかった。だから、当然にこの店に来るのはスターゲイザー本人か、スターゲイザーに術を習っている親族や弟子のみと決め付けていた。それがどうしてか一般人が入り込んできたらしい。

 アンデルセンは最初の方の会話の噛み合わなさがようやく腑に落ちて、戸惑いながらもこの店に迷い込んだ僕に説明を始めた。



「なんて小僧だ……。ええっとな、スターゲイザーってのは……」とアンデルセンが語り出した。



 Stargazer《スターゲイザー》。

 それは、占星術士や陰陽師など国や時代により呼称は違うが、ずっと世の中に在り続けた"星の観測者"——星の導きや力を借り、超常的な力を発揮し、人を導き闇を祓う者。それがStargazer《スターゲイザー》。

 大きな分類としては魔法使いのカテゴリの一つといえる。魔法使いと聞けば幅広いが、その中でも水晶を覗いて他人の様子を盗み見る魔女がいたり、五芒星を使って魔法を発動する者がいたりするだろう。それらは、スターゲイザーの力の一つであった。



「——……星の力、これを"星燈せいとう"と言うんだが、星燈を不思議なエネルギーに変える"星燈術せいとうじゅつ"というものを発動して、そこにある長いライフル銃なんかに力を込めて、悪さする妖精をやっつけるんだ」

「あの銃で?レプリカのアンティークじゃないの?」

「へへっ、あれは本物さ。千八百三十三年製"ベイカーライフル"。骨董品だが、このフォルムが好きでな。星燈術を使う時のオレの愛機だ。こいつはオレの改造により星燈をエネルギー弾とし発射することができる。普通のライフルなら亀の甲羅を数枚ぶち抜く程度だが、これなら甲羅百枚ぶち抜ける」

「すごっ!」

「へへっ、まぁ今のは言い過ぎだが」

「ねぇ、スターゲイザーは他にどんなことができるの?」

「そうだな……例えばオレは道具に力を込めるのが得意だが、一般的には未来が見えたり、明りを灯したり、自分自身を強くしたりってとこだろうな。さっき言った人払いの術も星燈術の一種だ。人が認識できないようにする力を込めた札を店先に付けている」



 アンデルセンがドアの下部を指し示す。ドアの下部に魔法陣の様な不思議な模様が書いた札があった。僕がドアからアンデルセンの方に向き直ると、アンデルセンは手を合わせて机の上に置き、僕を見つめた。



「ところで、坊主名前は?」

「ルクスだよ。……ルクス(光)・セイノ(清野)」

「ルクス……お前さんは素人にもかかわらずオレの人払いの術を破った。スターゲイザーならいざ知らず、"全くの素人が"だ。それは普通できることじゃない」



 素人が星燈術を破るなど、歴史に残る英雄達ですらそんな逸話はない。いくらスターゲイザーの素質があろうとも、本格的に鍛える前の素人時代は勘がいい程度のもので、大抵は「今日は雨が降りそうだ」と思って雨が降る、「気分を変えてこっちの道に行こう」と思っていつもの道で大規模な事故が起こるなど、「こうした方が良い」と悟る程度の話でしかない。

 素人に星燈術の認識阻害を打ち破ることなど出来るわけがなかった。さあらば、この少年は一体。アンデルセンは昨日見た大きな流れ星を思い出していた。あの青い光を放った流れ星を。そう、きっとこの少年は……。



「おそらくは星が導いたんだ。人払いの術すら破るほどの導きをお前さんは得ている。つまり、スターゲイザーとしての才能があるってことさ。いや、それだけじゃない。それだけ強い導きだ、きっとお前さんにはがあるんだ。星燈術を身に付けて、何かやるべきことが。……どうだ、ここにいる間この店に通ってみないか?」



 アンデルセンが口角をあげて、慣れない笑顔をみせた。気難しいアンデルセンは弟子を自ら取ろうとしたことは今までなく、そもそも他人に必要以上に関わることもなかった。

 しかし、この少年の未来を見てみたくなった。ただ、そう言ってみたものの、いつもと違う自分の行動にアンデルセンは照れていた。



(まさか自分がこんなことを言うとはな。腹がムズムズするぜ、まったく。弟子を取るなど考えたこともなかった。しかし、これもまた……星の導きだろうか)



 赤くした鼻をかき、目を背けたアンデルセンに向かい、僕は力一杯大きく頷いた。





 ——そんなあの日のアンデルセンの微笑みを思い出す。そうだ、これはかつての記憶。オレはもう少年ではなく、二十二歳の青年……結局スターゲイザーにはなれなかった憐れな青年、清野光せいの るくすじゃないか。意識の覚醒とともに、あの頃と比べて随分と大きくなった身体が徐々に感覚を取り戻していく。



 オレは静かに目を開けた。


 ……雲もなく"満天の星"が広がっていた。天の川ミルキーウェイ、いつ見ても綺麗だ。



「もう夜か。早く起きないと……」


 暗い夜の世界の中、子供の頃と比べて随分と重くなった身体を面倒くさそうに起こして、両目をこすった。


 ここは東京都渋谷区のビルの屋上。


 ビルと言っても誰も通うこともない廃ビルだ。壁はひび割れ、窓は全て割れたままで、砂まみれ。蔦が絡まり、廊下にすら雑草が生えている。何年も人が訪れた形跡がないビル。


 それどころか今の都心にほとんど人が居ない。東京の"灯り"はすっぽりとどこかに消えてしまったのだ。


 十年前のオレに言っても信じないだほうが、東京はもう無い。


 ……"東京はもう死んでしまった"のだ。



 そう、オレがいつもの癖で、これが夢であることを祈りながら、屋上の縁から東京都心を眺めと、そこにはやはりいつ見ても信じがたい光景が待っている。





 ——東京の街の真ん中にぽっかりと穴が空いている。


 隕石が落ちたと思える半径数キロにわたる巨大なクレーター。

 そして、その周りに残存する焼け焦げた瓦礫と地面、それを囲う原型止めぬビル街、そして暗く静かな壊れた東京の街並み、と続く。


 オレはいつもこの風景を見て、「夢であってほしかった」と思ってしまう。


 たまたまオレは被害を免れたが、友人や沢山の人々がこの破壊の中で死んだ。そのことを思い出して、胸がギュッと締め付けられる思いになるのだ。


 だが、それでも現実を受け入れたくない心が、歯痒い思いに勝り、オレは毎日見てしまうのだった。

 東京がこうなった原因は—…。




 七年前。その日、月が半壊した。



 破壊された月の破片は流星群となり、夜空を流れた。


 その光景は綺麗だったが、すぐに地獄と化した。何万という月の欠片が地上に降り注ぎ、あらゆる都市を破壊したのだ。


 東京もその一つ。沢山の物が壊れ、沢山の人が死んだ。


 世界人口の七割が死んだといわれる大災害。未曾有の事態だった。


 ただそれだけ……それだけだったなら、人はいずれ復興できたに違いない。人は何度も立ち上がって来たのだから。


 しかし、それだけではなかった。寧ろ、それだけではなかったことの方が、人類にとって大きな支障となってしまった。


 それは結果として、人類の進歩を奪った。



 月の破壊と共に発生した"ある一つの存在"が、この世界の理を変えてしまったのだ。




 〈石炭色の悪魔コークス〉——。


 全身が黒く、目が赤いモンスター。その姿は四足長虫人型種々存在するが、奴らに共通するのは黒い姿と赤い目、そして夜に現れて生き物と光源を破壊すること。


 奴らは空から降ってきて、生き物を捕食してその特徴を得るようだった。



 壊滅した都市機能に、追い討ちのように奴らがやってきたことで、奴らと戦いながら生活をすることになり、人は元の状態を目指すことを辞めた。


 倒しても倒しても現れる奴らがいる限り、満ち足りた生活はもう取り戻せないと悟った。


 諦めた人類は、今では小さなコミューンを作成し、〈石炭色の悪魔コークス〉から身を守るため壁を作り、日々誕生する〈石炭色の悪魔コークス〉の処理に追われ、産業革命以前に似た自給自足の質素な生活となった。



 一方、オレはというと、コミューンの暮らしに馴染めず、一人壊れた街に住みながら、ジャンク屋として、捨てられた街に落ちていた武器やパーツを集め、コミューンに売ることで細々と暮らしていた。



 こんな生活をしていると、どうしてもアンデルセンの言葉を思い出す。



「——きっとお前さんにはがあるんだ。星燈術を身に付けて、何かやるべきことが」



 しかし、そう言ったアンデルセンは出会って六ヶ月で突然死を迎え、結果オレは星燈術をものにできず、スターゲイザーにはなれなかった。


 それでも芽を出さなかった種が芽を出そうと地面の中で悶えるかのように、自分の中を巡る星の疼きみたいなものを感じることがあった。


 しかし、疼くだけで何度やってみても星の力は使えなかった。


 星はオレの行くべき道筋を照らしてくれず、アンデルセンのいう"果たすべき役割"は未だに見えずにいる。


 いつかそんなものに出会えるのか?それまでこの世界で生きていられるのか?


 …アンデルセンにまた会って、また機械を弄り、星燈術を習いたい。

 こんな真っ暗なトンネルを抜けて、行くべき道を行くために。今のただ生きるだけの日々と違う、何か噛み合わずに歯車が回っていないような日々と違う、自分が"生きている"と実感できるそんな日々を送るために……。



 そんな考え事をして、焦点のあっていない視界の中で、何かが蠢いた。

 オレは咄嗟に静かに隠れた。隠れたビルの淵ごしに、ゆっくりとその何かがいた方を覗き見る。




 ——やはり……〈石炭色の悪魔コークス〉だ。

 子供くらいの大きさのカエルの様なコークスが道路上を歩いていた。



 オレはため息を吐いて、空を見上げた。いつまでこうして怯え続けるのか。昔と違い、死がすぐ近くにあり、楽しさや華やかさとは程遠い世界。そして、何かが足りない、どこか不満の募る日々。



「なぁ……オレは一体何をすればいい?」



 問うても、星は煌めくだけで何も答えてくれなかった。そんなとき、いつも思うことがある。



「スターゲイザーだったなら……」


 きっと星が行くべき道を示してくれるのだろう。


 時々起こる星の疼きは、ただ闇雲に「力を早く使いなさい。早くアンデルセンとの約束を守りなさい」とそしるようで、オレに焦燥感を抱かせるだけだ。


 不健全な精神の毎日で、無為に繰り返し続く日常で。それでも目的がないままでオレは毎日を死なないように気を付けて生き抜いていた。





 そう、君と出逢うまでは——……。

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