PocketCity

徳山 匠悟

第1話 ひょいひょいメット①

 ネコ型ロボットが、ダメな主人公を助けるためにポケットから取り出す秘密道具は、時間を飛び越えてやってくる未来。それはアニメの世界の話だ。現実の世界では、資本主義しほんしゅぎが育てる金の卵から未来はやって来る。否応いやおうなしに便利べんりになる世の中で、金さえあればみんながのび太になれるのだ。どこでもドアにタケコプター、ほんやくコンニャク、etc.これらはきっと実現するだろう。それを肌で感じる場所がある。

 ここは政府と企業が共同で運用・管理する実験都市。住人は日常生活の中で、様々な新興技術しんこうぎじゅつが詰まった製品の試験に協力している。そんな未来の入り口のような場所が、ゆう 優太ゆうた(十六歳)が生まれ育った街である。


 けたたましい音を鳴らし続ける目覚まし時計が、あちら側にあった意識を無理やりこちら側へとるので、心地良ここちよい眠りは名残惜なごりおしくも終焉しゅうえんむかえてしまう。無意識に伸びた手が目覚ましを止めるのだが、感覚や思考は一向にぼんやりとして定まらず、上体を起こしたままの格好かっこうで、しばらくのあいだホウけていた。遠くを走る車の細い音や、甲高かんだかさえずすずめの会話に耳をかたむけながら、窓から差し込む淡い光に身をゆだねていると、寝ぼけた意識は次第に覚醒し、不明瞭だった視界が鮮明になっていく。カーテン越しの光に照らされた室内には、安物の勉強机と椅子いす、自分が今いるベッド、白い壁に取り付けられたクローゼットの扉だけがあり、余計な物は存在しない。

 あくびをしながら大きく伸びをした後、ベッドのヘッドボードに置いてあるメガネ型のウェアラブルデバイスを装着する。と、殺風景さっぷうけいな部屋の景色は一遍いっぺんしてにぎやかになる。

 足元には愛らしい眼差まなざしを向けつつ、尻尾を振って一つどころをグルグルと回りながら吠えるイヌが一匹。頭をでてやるが感触かんしょくはなく、ぬくもりも感じない。だけど、イヌはうれしそうに喜んで甘える仕草しぐさびて来る。

 壁に目を向けると好きなアーティストのポスターがってあり、触れると勝手に曲が流れ出す。気分が乗らないのでポスターをはじくようにスライドさせると、別のアーティストのポスターに変わり、曲もそれに合わせて切り変わる。その隣にはカレンダーがあり、これにれると今日の予定が現れる。確認した後にもう一度いちどれると、登校までのタイムスケジュールと、導火線どうかせんに火の点いた爆弾が飛び出した。伸縮しんしゅくを繰り返す爆弾は、転がりながら付きまとい、家を出る前に爆発すれば遅刻となる。

 机の上ではテンション高めの小人こびとが数人おり、朝のニュースを談笑だんしょうまじりにしらせてくれる。その内の一人が本日の天気はどうですか、と空に向かってけると、デフォルメされた太陽とデジタル時計が天井に現れる。時の経過にともない立ち込める暗雲あんうんが太陽をおおかくし、十二時ちょうどになると土砂どしゃりの雨がり出した。もちろん本物ではなく、ただの視覚情報しかくじょうほうなのだが、こんな風に雨に打たれると、何があっても傘を持って行かねばという気持ちになる。

 着替えようとクローゼットをひらくとおススメのコーディネートが表示される。私服の高校に通う者にとって、これは助かる機能だと感じたが、かぶりが多発するのでおススメは絶対に選んではいけない服装になっていた。着替えるために一旦デバイスをはずすと、殺風景さっぷうけいで静かな部屋が姿を現わす。先程の喧騒けんそうが嘘のような静寂せいじゃくの中で、寝巻ねまきを脱ぎ捨て手近てぢかにある服に着替える。そして再びデバイスを装着すると、また騒がしい風景が戻って来る。

 椅子いすに掛けてあるかばんを手にして部屋を出ようとすると、脱ぎ捨てた服に足を取られ、壁に頭をぶつけてしまった。痛みを我慢がまんしつつ洗面所に行き、顔を洗い歯をみがく。歯磨はみがの残りが少なくなっていたので、デバイスに搭載とうさいされた人工知能が勝手に買い物リストに追加したことを通知してくる。おかげで買い忘れという言葉は、ここら辺では死語になりつつある。

 朝食に表示されるカロリーを鼻で笑い、がたい空腹をたすべく、無我夢中むがむちゅうで口の中に頬張ほおばっていると、イヌが手紙をくわえてやってきた。でてやるとメールの内容が目の前に開示される。差出人さしだしにんは【新興技術しんこうぎじゅつセンター開発局かいはつきょく】、件名は『AR問題の解決にご協力ください』となっていた。どうやら試験者に選ばれたようだ。内容を読むと、口のはしが勝手に上がりみがこぼれる。

 ――これなら――これなら、あの女に一泡ひとあわかせる事が出来できるかもしれない。

 手話しゅわのようなジェスチャーをすると、宙に浮いたキーボードが目の前に現れる。素早すばや了承りょうしょうむねを打ち込むが、指に打感だかんは残らない。その代わり、キーに触れると色が変わり、波紋のようなエフェクトを発生させて、打った事を知らせる視覚補助機能しかくほじょきのうはたらいている。打ち終わり再びジェスチャーすると、希望を乗せたメールは送信されて行った。 

 突如とつじょりた幸運へのときめきを、もう少し味わいたかったが、足元に転がる爆弾は赤く肥大ひだいして、限界が近い事をアピールしてくる。仕方しかたなく玄関に向かおうとした矢先、いきおい良く足の小指を椅子にぶつけ、うめきながらうずくまる。しかし、かいさずあおり続ける爆弾にかされて、どうにか外に出た途端とたん、突然アラート音が鳴り響く。その瞬間、傘を忘れていた事に気付き、あわてて取りに戻った。

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