私のアイドル

空き缶文学

私はアイドル?

 とあるテーマパーク、大型連休という獲物を掻っ攫う最中。

 風船を持って大げさに腕を振り回す子供に、私は手を振り返した。

 最大限に愛嬌よく。

 かと思えば、後ろから、蹴られる。

 振り返ると、悪戯を楽しむ悪魔のような笑顔の子供がいた。

 もちろん、愛想よく両腕を広げて、これでもかと抱擁を交わす。

 キャッキャと笑い、風船を受け取ると走り去っていく。


 ありがとうぐらい言えや、というかアイドルよ、私も。


 喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。

 飲み込んだ私を最大限に褒めてほしい……やるせなくなるわ、あんな、小さな舞台であっても、可愛いキラキラな衣装を着てマイクを握りしめる彼女を見たら。

 みんなが集まってる。

 風船を持った子供も。


「ご来場の皆様、こんにちはー!」


 みんなも返す。


「本日はお越しくださり誠にありがとうございます! 最速のジェットコースターから動物と触れ合える広場まで盛りだくさんのテーマパーク! 心ゆくまでお楽しみください、それでは早速デビュー曲、お聴きください!!」


 アイドルらしい明るいイントロが流れる。

 サイリウムを振って応援している子もいる。

 眩しい笑顔で、可愛い声で、歌いだす。

 あったかい歌声、全部を包み込むような歌唱力に初めて聴いた人はざわつく。

 初見の反応に鼻高々なファン。

 釣られてみんなも笑顔になっていく――。



 あそこに、どうして私は、立ってないの?

 私だって、私も……私は、アイドル?



純佳すみかさん、そろそろ時間です、上がってください』


 通信機から聴こえたスタッフの声に、私は黙って控室へ。


「お疲れ様です。本当に今日はありがとうございましたぁ」


 ようやく涼しい空気が入ってきた。

 頭が取れて、「ふぅ」とエアコンの効いた部屋で一息。

 汗だく……スタッフが持った頭はクマのマスコット。


「着ぐるみの営業って、私がする意味あります?」

「いやぁまぁ、ほら、ねぇ、スタッフが急遽足りなくてピンチだったから、テーマパークの方々は助かってるし、こういう積み重ねが必要だよ」


 事務所の関係者、片平マネージャーは優しい笑顔で頬を掻く。


「……もう戻ってレッスンしたい」

「まぁまぁ、ほらアップルジュースあるよ。舞台を見てくるから待ってて」


 あの舞台が終わるまで待たなきゃいけないのか……。

 控室の雑誌に、彼女が載っている。

 大型新人、何千年に1人? 低確率SSR? 表紙の一面を飾って、優しい笑顔が眩しいから、裏返す。

 嫌いじゃないよ、アイドルとしての素質を持ってこの現代に生まれるべくして生まれた存在だもん。

 大好きだよ、でも、悔しい。

 片平マネージャーが悪い、わざわざ同じ営業場所だからってあっちはちゃんとしたアイドル活動して、私はスタッフの欠員を補うアルバイトみたいな営業って……なんじゃそりゃ!


「つめたっ」


 ブシュっとストローからアップルジュースが飛び出した。

 あー指がべたつく。

 何やってんだろう……私。


「お疲れ様です!」


 控室の扉が開いたのと同時に聞こえたあの声。

 ふわふわのタオルで汗を拭きとる仕草は控えめだけど、時々雑。

 テーブルに置かれたお茶の他に紙パックのアップルジュースを見ては、目を輝かせる。


「あれ、アップルまで用意してもらってる!」

「そりゃアイドル様の大好物なんだから、してくれてるよ」

「わぁわぁなんだか、変な感じだねぇ」


 当人は慣れない対応に戸惑い、照れた、にへら笑顔。

 ティッシュで濡れた手を拭く。


「……そうだね」

「純佳ちゃん、どうしたの? 怪我、したの?」

「は、なんで?」

「だ、だってティッシュで、片平さんに何かされたとか……」


 さっきまで笑顔だった彼女は、あわあわと青くして寄ってきた。

 片平マネージャーって信用度、ないな。


「ジュースこぼしただけ」


 大げさだし、あと、今は良い対応できないから近づかないでほしい。

 でも、本気で心配しているんだろう。


「そっか、怪我してなくて良かったぁ」


 胸を撫で下ろす小さな手の平。

 その小さな手は私から、へこませた紙パックをとる。

 まだ半分くらい残っていたアップルジュースを、飲み始めた。


「……」


 美味しそうに飲んでいる。

 今さら、を見上げていると、目が合う。


「んふふっ」


 愛嬌のある可愛い、悪戯を楽しむ悪魔のような笑顔を浮かべる。

 全て飲み終え、ごくり、と音が鳴った。

 微かな吐息を漏らす。


「おいし」

「人の飲む癖、やめなよ」

「やだ、人のだなんて、聞こえが悪いよ」


 彼女は私に擦り寄ってきた。

 しっとり、とまだ熱が残っている。

 人の気持ちも知らないで、平気でいつものようにスキンシップをしてくる。


「『純佳ちゃん』のだから、だもん」

「はぁ?」


 耳元で、冗談に聞こえない言葉を囁かれた。


「ふふっ、純佳ちゃん今日はどんな営業してたの? 舞台から見えなくて、別の場所だった?」


 片平マネージャーもわざわざ言うわけないか。

 着ぐるみで子供たちと触れ合ってましたって、なんか言いたくない。

 悔しいのはもちろんある、だけどそれ以上に、変に気を遣われたくない。


「あー……そうそう、別の場所でさ、ちっさい子供と遊んでた」

「そうなんだ。てっきり、あのクマさんかなぁって思ってたんだ」

「なんで?」

「だって、凄く私のこと……見てたから。純佳ちゃんもよく私がレッスンしてると、ジッと見てるでしょ、似てるなぁって」

「知らない。ていうかそりゃ先にデビューして、私より遥かに能力が高い子の動きは参考にするでしょ」


 嬉しそうに、にやついて、憎めないけど腹は立つ。


「嬉しい! でも、ダンスは純佳ちゃんの方が上だし、他にもたくさんレッスンをして努力してるのは純佳ちゃんだよ。だから、私も追い越されないように頑張るの、そうじゃないと……ねっ」


 私を見つめる優しい微笑の瞳が、背中をブルっとさせた……気がした、かも?

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