久方ぶりの帰還
途中、立ち寄った伯爵家ではなにごともなく。
……いや、王女殿下のご訪問に伯爵以下みんな緊張しまくってはいたが。
おおよその事情と立ち寄る予定は知らせていたので話で揉めたりはしなかった。
伯爵は俺とリリアーナの結婚を喜んでくれ、リーシャが俺の第二夫人になることに同意してくれた。
『リリアーナ殿下。どうかリーシャをお願いいたします』
『ええ。リーシャはわたくしにとっても大切な人です。無下に扱ったりはいたしませんわ』
もちろん、リリアーナが俺の妻なんじゃなくて俺がリリアーナの夫(扱い)。
最高権力者は王女であるリリアーナである。
『ステラ様。今後の活躍をお祈り申し上げております』
『ありがとうございます。……って、どうしてわたしに敬語を?』
『リリアーナ殿下の配偶者となられた時点でステラ殿は敬うべき方ですからな』
まあ、リリアーナが偉いだけで実権のない俺は序列で言えば領地を持ち部下を持つ伯爵より下の立場になるらしいのだが。
俺を怒らせるとリリアーナや、下手したら国王を怒らせかねないので伯爵としても基本丁寧な対応をしなくてはいけない、らしい。
もちろん俺も伯爵を呼び捨てにしたりせず敬意を持って接する。人付き合いの基本は礼儀である。
『ところで、皆様は件の屋敷に滞在なさるのでしょう? よろしければ当家からも追加のメイドを用意いたしますが』
『いえ、せっかくのお言葉ですがお気持ちだけいただきます。離宮からかなりの人員を割いて参りましたので』
というわけで、ようやく冒険者の街に到着。
見慣れた外壁が見えてくると俺たちは揃ってほっとして、
「さすがに懐かしい気がするわねー、この街も」
「うん。ようやくの凱旋」
「なんだか故郷のような気がするのだから不思議なものね」
「ひとまず街が壊滅していたりはしてないみたいですね。よかった」
「ステラ様……。そんな事件があれば王都まで伝わっていると思いますが」
初見のリリアーナは目をきらきらと輝かせて、
「これが『冒険者の街』……! 質実剛健の佇まいで、都とはまったく別の印象です。ああ、とっても素敵……!」
「気に入ってくれてありがと。でも、危ないやつも多いから細い道に入るんじゃないわよ」
「あと、人混みを歩く時はスリに気をつけて」
「喧嘩の仲裁はご自分で行わず、衛兵に声をかけるほうが安全ですよ」
「……さすが『冒険者の街』。雑多な雰囲気の街なのですね」
なお、街に入るとめちゃくちゃ目立った。
そりゃそうだ。王家の紋章入りの馬車が連れ立って移動してるのだ。
さらに、屋敷へ到着すると伯爵の部下である街の長と冒険者ギルド、商業ギルドの長が揃って待機していた。
もちろんリリアーナへの挨拶のためだが、ついでに俺にも丁重な挨拶があって若干気後れしてしまった。
それでもフレアたちは相変わらずで、
「預けてあったあたしたちの報酬、ちゃんと用意できてる?」
「近日中に取りに行くから耳を揃えて払って欲しい」
国王からも当面の生活費としてかなりの額をもらってるし、装備の更新も必要ないので別に金には困ってないのに……。
◇ ◇ ◇
「大きなお屋敷……! さすが『
「ま、リリアーナの離宮に比べたら大したことないけどね。実質あんたがここの主になるんだし、くつろいでちょうだい」
屋敷に盗賊が入った形跡もなし。
変わっていたのは空けていた間に積もった埃がすごいことくらいだった。
「これは……まずは掃除から始めなければなりませんね」
侍女たちを代表してプラムが呟く。
彼女はくるりとシェリーの方を向くと、
「では、侍女長。仕事の割り振りをお願いします」
「え。……えええ!? どうして私が侍女長なんですか!?」
「先任を立てるのは当然のことでは?」
俺たちが離宮に滞在している間、シェリーは必死に侍女の振る舞いを覚えようと奮闘していた。その頑張りはプラムたちも認めているところであり、
「シェリーさん。やってみたらいいと思います」
「……ステラ様」
「このお屋敷のことはシェリーさんが一番よくわかっているんですから、確かに適任だと思います」
「そうですね。……シェリー? 頑張ってくれるかしら?」
「リリアーナ様までそう仰るのでしたら……。大任ですが、精一杯努めさせていただきます」
プラムに侍女長補佐を努めてもらうことにして、晴れてシェリーが大抜擢である。
真剣な表情で頷いたメイド──改め侍女長は、そこで俺をじっと見て、
「では、ステラ様。私のことは今後呼び捨てでお願いします」
「え。どうしていきなりそこに繋がるんですか!?」
「主人にいつまでも『さん』付けをされているわけには参りません。きちんとご自分の立場を自覚なさってください」
そこまで言った彼女は「……二人きりの時は呼んでくださるではありませんか」と耳打ちしてくる。
うん、そういうことを急に言うのは止めて欲しい。なんかえっちな気分になるから。
で、それからシェリーの指示のもと、屋敷の大掃除が開始。
無事に俺たちを送り届けたら帰還予定になっていた護衛たちにも力を借りて、屋敷は三日でぴかぴかになった。
◇ ◇ ◇
掃除が始まる中、俺たちがなにをしていたかと言うと、
「みなさまにお手伝いしていただくわけにはまいりません。最優先でお部屋を整えますので、それまではお庭で鍛錬でもなさっていてください」
と言われて屋敷の中庭に移動していた。
「さて。この半年でリリアーナを徹底的に鍛えないとね。いいわねステラ?」
「はい。わたしもリリアーナの鍛錬を最優先にします」
今まではみんなが俺をこぞって鍛えてくれていたけれど、鍛えられる対象が新人のリリアーナに移った形だ。
「ここなら面倒なあいさつ回りも公務もない。自分のことに集中できる」
「しばらくは積極的に依頼を受けるようにしましょうか。場数を踏んでいただくことも大事だものね」
「ええ。よろしくお願いいたします、先輩方」
リリアーナも意気込みと共に拳をぎゅっと握って、
「ですが、先ほどご挨拶いただいたとはいえ、ギルド等々に顔を出す必要はあるのでは?」
「そんなもん面倒臭ければ放っておけばいいし、どうしてもって言うなら一日でぱぱーっと済ませればいいのよ」
「そうそう。ここにいるリリアーナは冒険者であって王女じゃない」
「なるほど。自由人ならではの振る舞いというわけですね」
まあ、フレアとエマのスタンスを真似するのはほどほどにして欲しいが。
「わたしも、リリアーナと一緒に『新しい力』を訓練しますね」
「そうね。ステラとリリアーナ様があの力を習得できれば大きな戦力になるわ」
『新しい力』とは『竜の花嫁』の効果が中途半端に発揮された結果、俺たちに宿ったものだ。
ウィズいわく、
『おそらく、今のあなたたちはドラゴンの力を部分的に引き出せる状態よ。言ってしまえば一種のドラゴンプリーストね』
ドラゴンプリースト、あるいはドラゴンシャーマンは『竜化魔法』なる独自の魔法を操る者たちだ。
俺も実際に会ったことはない。
あまり人里には現れず、僻地に集落を作って鍛錬に励んでいるとされる彼らがどんな力を使うのか、断片的にしか伝わってはいないが、
「《ドラゴンクロウ》」
少なくとも、俺とリリアーナが「腕を竜のものに変えたり」とかできるようになったのは確かだった。
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