再び、冒険者の街へ

「第四王女リリアーナ。其方には焔竜ヴォルケイノを討伐するまでの間、冒険者パーティ『四重奏カルテット』の元で生活し、護身の術を身につけると共に見聞を広めることを命ずる」

「謹んでお受けいたします、陛下」

「うむ。……全てが成った暁には勇者ステラと共に凱旋するが良い。十分な褒美も用意しておくことにしよう」


 国王との謁見を終えるといよいよ翌日、冒険者の街へと出発となった。

 なんだかんだで荷物が増えたせいで馬車何台にもおよぶ派手な帰還である。

 さらに護衛の騎士と兵士までついてくる。

 まあ、王女が移動するんだから当然と言えば当然だが、


「それじゃあ、またね。半年後にまた会いましょう」

「うん。師匠も痴情のもつれで死なないように気をつけて」


 『魔女』ウィズとはしばらくのお別れになる。

 彼女は飄々とした態度で俺たちの出発を見送ってくれた。


「半年後までにもっと強くなっておきなさい」

「言われなくてもやってやるわよ。見てなさい」


 馬車にパーティ全員は乗りづらいので別れて乗り込む。

 一台は俺、リリアーナ、リーシャにシェリー、プラム。

 もう一台にフレア、エマと侍女三名。


「ああ、楽しみです。長期間城の外に滞在するなんてこれが始めてですから」


 出発時からリリアーナは目をきらきらとさせている。


「あまりはしゃぎすぎると疲れてしまいますよ」

「大丈夫です。わたくし、そんなにか弱くできてはおりません」

「リリアーナ様。楽しむのは構いませんが、外ではくれぐれも勝手な行動を謹んでくださいませ。魔物や野盗の襲撃がないとも限りませんし、中には毒のある植物もあるのですから」

「わかっています。冒険者の心得はあなたたちからたっぷりと聞きましたから」


 名目上はドラゴン討伐の準備だからか、出発の見送りは城からも大勢が参加する派手なものになった。

 ひょっとすると半分くらいは「死にに行く王女への餞」みたいなノリかもしれないが……。

 都の大通りに入ると住民たちもこぞって見送ってくれる。

 リリアーナはそれにできる限り手を振って応えていた。


「なんだかすごいことになっちゃいましたね」


 俺の呟きにリーシャが微笑んで答えて、


「そうね。向こうに付いても賑やかな生活になりそう」

「騎士の方も何名か滞在してくださるんですよね?」

「三名ですわ、お姉さま。と言っても屋敷の警護が任務ですので冒険には参加いたしません。ご安心くださいませ」


 いよいよ俺たちの屋敷がなにかのアジトじみてくるな。



    ◇    ◇    ◇



「リリアーナ様が冒険者になられる以上、今後は野外活動にも慣れていただく必要がございます。よって今回は野営も積極的に取り入れることといたしました」

「ええ、もちろん。野営なら結婚式のときにも経験しているもの。問題ないわ」

「っても、あの時とはだいぶ違うわよ、リリアーナ」

「うん。冒険者の野営はほとんど野宿」


 大規模な騎士、兵士が同行する際の夜はテントをいくつも張って大規模な野営になるが、俺たちは普段そこまでちゃんとしたことはしていない。


「テントって重いのでなかなか持ち運べなかったんですよね」

「ええ。今は魔法の鞄マジックバッグがあるから問題ないけれど」

「だとしても、有事の際には起きて危機に対処しなければなりません。短時間でしっかりと休むことと、小さな違和感に反応できることを両立する必要があります」

「……それは確かに難しそう。頑張らなくちゃ」


 今回はまだそれなりに人が多いのでそこまで気負う必要もない。

 他のテントに囲まれるようにテントを張って、形ばかり交代で見張りを立てることにした。


 ちなみに冒険用装備も王都で新調したり、国王その他複数名からあれこれ世話してもらったりしてさらにパワーアップしている。

 具体的には、リリアーナは装備できる限りの防御用アクセサリーを装着し、旅装も魔法強化の施されたオーダメイド品。

 俺たちも魔法のアクセサリーが一つずつ、魔法の鞄の二つ目、新しい上等な旅装等々で一気に強化された。


「今日は練習ということで五交代で見張りを立てましょうか」

「おっけ。じゃ、プラムたちはあたしたちとは別でシフトを立ててくれる?」

「かしこまりました。こちらも交代で夜を明かすこととし、万一リリアーナ様が寝入るようなことがあれば声をかけさせていただきます」

「む。大丈夫よ、プラム。わたくしそんな失敗はしないわ!」


 と言っていた王女だが、プラムたちからの報告によると見張り中にうとうとしかけること数度、さらに気を張りすぎたのか担当の時間が終わる頃にはかなり気疲れを起こしていたらしい。

 その分、翌日の馬車で少しでも仮眠を取ることとなった。

 俺の肩に寄りかかって寝息を立てる少女。それを見つめたプラムは目を細め、


「……リリアーナ様がここまで無茶をなさる必要はない。そうも思うのですけれど」

「頑張るのは悪いことではないと思います。それに、わたしたちもいますから」

「そうですね。一歩ずつ前に進んでいただけるよう、私たちも全力でサポートいたします」


 そして、俺たちは昼頃に襲撃を迎えた。

 ちょうど馬車を止めて昼食の支度をしていた時のことだ。

 一団の外周で警戒していた兵士が警笛を鳴らし、敵襲を知らせてくる。


「ま、魔物ですか!?」


 ばっと身構え、腰に下げた剣に手をかけるリリアーナ。

 俺たちは慌てず姿勢を正しつつ、


「そうみたいね。相手は──」

「ゴブリンだ!」

「なんだ、ただのゴブリンか」


 雑魚じゃん、とばかりに若干落胆する俺たちにプラムが眉をひそめ、


「強敵を期待しないでくださいませ」

「だって、騎士団の討伐に同行したり、ステラたちの式の時に出くわしたくらいで最近戦ってなかったし。魔物戦の勘を取り戻したいなって」

「もちろん、増援の可能性や数の多い場合は警戒するけど」


 遅れて伝わってきた敵の数も十匹ちょいとごくごく普通。

 わりとしっかり煮炊きしてたせいで美味しいにおいに釣られてきたか……?

 その程度なら任せておいても問題はない。

 いちおう護衛という体なんだし、俺たちが動く必要もないが、


「そうだ。わたし、ちょっと行ってきます」

「なに、ステラ。そんなに勘が鈍ってるわけ?」

「それもないわけじゃありませんけど、一匹、ゴブリンを生け捕って来ようかと思いまして」

「生け捕り? ……ああ、そういうこと。行ってらっしゃい」


 わざわざ生け捕りなんかにしてどうするのかというと、



    ◇    ◇    ◇



「リリアーナ。このゴブリンを殺してください」


 軽く縄で拘束したゴブリンを示しながら、俺は王女に宣言した。

 人に似た形をしてはいるものの、美しいリリアーナとは似ても似つかない醜悪な姿。

 言語と呼べるほどのものも持っておらず、簡単な単語だけで構成された独自のゴブリン語を話す、小鬼の魔物。


 それをあらためて間近で目にしたリリアーナは少しばかり怯んだ様子で、


「わたくしが、このゴブリンを……ですか?」

「そうです。魔物も殺せないようでは冒険者になることはできません。……時には自分の身を守るため、魔物どころか同じ人間でさえ殺すのがわたしたち冒険者です」


 俺の言葉にフレアが肩を竦める。


「そうね。こういうのはあたしよりステラとかエマのほうが向いてるわ」

「フレア、初めて魔物を殺したのは何歳?」

「うーん……三歳くらいかしら? ママの炎が甘くて、虫の息で転がってきたのがいたからこう、足でぐしゃっと」

「……相変わらずフレアの経験は参考にならないわね」


 外敵は殺すのが当たり前の環境で育ってきた紅髪の少女。


「私は師匠と旅に出てすぐ。たぶん八歳くらい」


 俺と同じく平民の出で、魔物はわかりやすい敵だった黒髪の美女。


「わたくしは恥ずかしいけれど、フレアたちと組むようになった後ね」


 地母神の教えによって「和解できない魔物は駆除」するのが当たり前の、銀髪の女神官。


 俺は、冒険者を志して村を飛び出した後に初めてゴブリンを殺した。

 今まで正面から相対して来なかった魔物。

 殺意をむき出しにしてくる相手への恐怖と、生き物を殺すことへの引け目が手と足を震えさせてうまく武器が握れなかったのを覚えている。


「そんな経験、しなくてすむならしないほうがいいと思います。でも、冒険者になることを望むなら手を汚さないで済ませることはできません」


 これができないのなら、大人しく離宮で待っていてもらったほうがマシだ。

 真っ直ぐに目を見て覚悟を問うと──十四歳になってまだそう経っていない少女は、しっかりと頷きを返して、


「覚悟はできています。……お願いします、ステラお姉さま」


 魔剣をナイフに変えてゴブリンの縄を解く。

 とん、と、リリアーナの前に押し出してやれば──そいつは「殺らなければ殺られる」とすぐに理解したのか、眼の前にいる美しい少女に狙いを定めた。

 奇声を上げる醜悪な魔物に王女はびくっと身をすくませつつも腰の剣を引き抜いて、


「───っ!」


 一閃。

 飛びかかって噛みつこうとしたゴブリンは、首と胴体を両断されて一瞬のうちに息絶えた。


「お見事。なかなかやるじゃない、リリアーナ」


 地面に落ち、赤黒い血を流す死体。

 生き物の死体を前に笑顔を浮かべ、殺しの手際を褒めるフレアがリリアーナには得体の知れない化け物に見えたかもしれない。

 それでも彼女は呼吸を整えると笑顔を浮かべ「ありがとうございます」と答えた。


 本当に、この子はすごい。

 俺なんかよりもよっぽど才能とセンスに優れたまだ幼い少女を、俺は尊敬と愛情を込めて抱きしめた。


「お疲れ様でした、リリアーナ」

「……ステラお姉さま。ありがとうございます」


 彼女の身体は、やっぱり小さく震えていた。

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