長い探索の終わり

 隠し部屋の入り口には相変わらず魔法無効化の結界が張られている。

 逆に言うと、狭い通路に留まっていれば流れ弾の心配も、ヒドラに首を突っ込まれる心配もかなり少なくなるわけだが──俺たちは作戦会議の末、全員で部屋へ踏み込むことにした。


 最初に足を踏み入れたのは、ウィズとエマの師弟。


「「《パラライズ》」」


 それぞれの手に握られた魔晶──魔力の蓄積された石が音を立てて割れる。そこそこ値が張るが、道中でたっぷり手に入れたので、ここはちょっと贅沢に。

 麻痺の魔法が、石化を解かれたばかりのヒドラを二重に襲う。

 直接的な攻撃魔法と違い、抵抗は一回ごと。二人でかけたからと言って効果が二倍になったりはしないが、成功率は上がる。

 九本の首を持つ不死の魔物は、咆哮を上げようとしたところでその動きを大きく鈍らせた。


 巨体のせいか完全に動けなくはならないようだが──。

 このチャンス、逃すわけがない。


「一気に行くわよ、ステラ!」

「はいっ!」


 燃える魔剣を手にしたフレアと、自在の魔剣を構える俺は、麻痺の魔法がかけられる前からヒドラに向けて走り出している。

 入り口で立ち止まったリーシャが全員に守りの奇跡を付与して、


「《火炎武器ファイアウェポン》」


 エマが俺の剣を燃え上がらせる。


「《ライトニングバインド》」


 ウィズが雷の網でヒドラを絡め取って、


「ヒドラの不死性を妨げる方法──それは火よ」


 つまり、あのバルログよりも俺たちとの相性は格段に良い。

 跳躍した俺たちはヒドラの首を二本、まず切断する。

 本命の首を見極められないので当てずっぽうだが、斬られると同時に火で炙られたにも関わらず、フレアの斬った首が再生を始めた。


「残念、ハズレね!」

「当たりがハズレというのもなんだか不思議な話ですけど……!」


 ヒドラの首は、焼けば再生を防げる。

 ただし、本命の首だけは焼いても再生するのだ。こっちを防ぐには「他の首を全部落としてから攻撃する」しかない。

 でもまあ、今のでどれがハズレ(本命)かはわかったわけで。


『要するに、火が弱点なんだから焼きまくればいいのよ』

『そんな身も蓋もない言い方ってあるわけ?』

『フレアが言うとまったく説得力のない抗議』


「《ファイアボルト》」

「「《ファイヤーボール》」」


 シェリーの精霊魔法に加え、エマたちの古代語魔法が着弾。

 ヒドラに近い俺たちは敵の胴体に飛び乗って魔物を盾にして被害を回避。フレアはその間に剣から炎弾を飛ばしてさらに敵を焼き、

 さらに一本ずつ、これで計三本の首を燃える剣で落とした時、ヒドラの巨体が動きを早めた。


 咆哮。


 怒りを全身で表しながら、残る六本の首が牙を剥いてくる。

 再び「《パラライズ》」がかけられるものの、今度は不発。


「残念。拡大しておくべきだったかしら」


 魔晶の魔力と自身の魔力は併用できない。どばっと魔力を使って威力を引き上げる『拡大』に制限がかかるのが難点だ。


「まあいいわよ、手数は三分の二に減ったわけだし!」


 食いついてきた本命の首をかいくぐり、再度根本から断ち切るフレア。

 俺は魔剣を槍に変え、首の一本を串刺しに。迫ってきた二本をなんとかかわしつつ、槍を短剣に変形させながら引き抜いた。

 これで、残り五本。

 ヒドラから二人揃って飛び降りたところで炎の魔法のおかわり+リーシャの銃光がさらに敵を襲った。


 シェリーにもいくつか魔晶を渡したので魔法はまだまだばんばん撃てる。


『昔の英雄は首を斬り落としてから松明で焼いたらしいけれど、最初から燃える剣で斬ってもいいし、なんなら遠くから焼き殺しても問題はないわ』

『確かに。要は八本の首を殺した後に九本目を殺せばいい。焼ければ再生しなくなるんだからファイアーボールの餌食』

『……私、ヒドラの丸焼きを思い浮かべてしまいました』


 まあ、言うは易し、ではあるのだが。

 実のところこのパーティには「焼く」ことにかけてはトップクラスの存在がついているわけで。


「ママ、お願い!」

「はいはーい。……ふふっ。こんな大きな獲物は久しぶり」


 フレアが剣から火の大精霊──ヴォルカを解放、自由となったフレアの母はとても楽しそうに全身を燃え上がらせて。


「みんなの魔力も私にちょうだい。一気に焼き尽くしてあげる」


 この場にはさらに俺、フレア、シェリーという三人の精霊使いがいる。

 その三人の魔力をどばーっ、と消費して。

 ヴォルカの手の中に生まれたのは、生き物どころか鋼鉄さえも溶かしそうな劫火。

 それが一直線にヒドラへ向かい──まるで意思を持つかのようにその全身を包み込み、絡め取り、戒めていく。


 水棲の生き物にこの熱量は、あまりに毒だ。


 全力でヒドラから離れながらそれを見た俺たちでさえ、あまりの熱気に汗が吹き出した。

 リーシャの防御だけでは足りそうにないとフレアが熱防御の魔法を使い、


「《ファイヤーボール》」「《ファイヤーボール》」「《ファイヤーボール》」


 エマたちが嫌がらせとばかりにさらなる熱量を交互に叩き込んだ。

 ……どうしよう、ちょっとヒドラが可哀想になってきた。

 そもそも、肉体を再生可能だとして──沸騰した血液は補充できるのか。

 今回は思いっきり焼いて再生自体を止めにかかったので答えは定かではないが。


 炎が収まっていくと共に、生きていた五本のうち四本の首が焼け落ちていく。

 胴体も黒焦げ、再生能力を失っており、敵はもはや満身創痍。


「「《ブリザード》」」


 魔法使い師弟が部屋の熱気を下げようとするように吹雪を生み出し、なおも再生しようとする本命の首を凍えさせて。

 なおも燃え上がったままの魔剣を携え、俺が駆ける。

 魔剣をハルバードに変え、大きく振りかぶって。


 最後の首を一気に飛ばせば──それが、戦いの終わりだった。


 胴体が力を失って倒れ、先を失った首も全てくたりと落ちる。

 再生のきざしはなく、試しに胴を突き刺せば、こぽ、と、申し訳程度の血液が溢れてきた。


「成分に影響が出ていそうだけれど、いちおう採取しておこうかしら」


 ウィズはヒドラの血を瓶にため始め、俺たちはヒドラの牙を斬り落として荷物に収めた。

 終わってみればあっけない──しかし、それは戦力を惜しげもなく投入したから、かつ前もって相談と準備の時間を取れたからで。

 野外でいきなり出くわしたのならこうはいかなかったのかもしれない、とも思う。


 ともあれ今回は、俺たちの勝利である。



     ◇    ◇    ◇



 隠し部屋の奥の昇降機にはやはりアクセスできず。

 代わりにというか、奥のほうの箱の中に収められていたアイテムは今までよりも豪華だった。

 相変わらず魔晶がごろごろしていた他、それ自体がマジックアイテムである魔法の瓶に収められた薬が三本。


 透明だが揺らすと複雑な色合いに一瞬ごとに変わり、液体にはとろみがある。


「師匠、これなんだかわかる?」

「横着しないであなたも分析しなさい」


 エマたちが二人して魔法で調べた結果は──。


「おそらく、若返りの薬」

「ああそう若返り──胸が大きくなるとかじゃないんだ、って、若返り!?」

「ええ。一瓶ごとに一歳程度若返るはずよ。……ひょっとして、隠し部屋のアイテムは掃除道具ではなく景品的な意味合いだったりするのかしら」

「景品って……。お祭りの屋台じゃないんですから」


 ナイフ投げに挑戦して的に当てられたら景品、みたいなのに男時代出くわしたことがある。店主のおっさんはあれこれ難癖付けては等級を下げてくる嫌な奴で……って、それはどうでもいいが。


「若返りの薬なんて国宝級の代物ですよ……!?」

「まあ、言っても一歳だけどね。全部飲んでも三歳……国宝とされるのはそれでも欲しがる人間が多いのと、製法が確立されていないから」


 最後の最後ですごいものが手に入ってしまった。


「売ったらいくらになるのかしら……」

「できれば私とエマに一本ずつ売って欲しいところね。こんなものなかなか手に入らないもの。研究用に使いたいわ」


 ほくほく顔で言ったウィズは「まあ」と真顔に戻って、


「その前に一階まで戻らないといけないけれど」

「……あー。そういえばそうだったわ」


 ようやく探索を打ち切ったと思ったら今度は帰るのに苦労する羽目に。

 ヒドラの死体を浄化して片付けた後、隠し部屋で一泊、最短ルートで街に戻って、空を見上げれば星空。


 九日間に及ぶ長い探索だった。

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