迷宮三度(3)
「……これ、腕のいい聖職者がいなかったら地獄でしたね」
隠し部屋が思った以上に効いている。
守護者を倒してしまえば通路一本きりの安全地帯。俺たちは適度なところで探索を切り上げては隠し部屋で休息を取ることを繰り返し、地下へと降りていった。
俺のこれまでの最深記録も更新。
地下九階を攻略し終えたところで、探索開始から六日が過ぎていた。
浄化の奇跡がなければ汗に埃、血でどろどろだったところ。
精霊使いがいなかったら使える水も限られるし、古代語魔法使いがいなかったら罠の発見・対処に失敗して大きな被害を負っていただろう。
「シェリーさんの食事にも助けられています。本当にありがとうございます」
「そんな、私なんて。戦闘では大したお役に立てませんし」
「なに言ってるのよ。あんたが戦わないといけなくなったら全滅の危機よ。そうなる前に帰らなかったあたしたちの責任」
たっぷり持ってきたので食料にはまだまだ余裕がある。
とはいえ、消費によって
魔物の討伐証明や回収した素材が詰め込まれているからだ。
あと、隠し部屋から回収したマジックアイテムもろもろ。
「そろそろ潮時かしらね」
ウィズが呟いたのも無理のない話である。
「隠し部屋の魔物討伐で遺跡の魔力もだいぶ奪ったはず。次の十階を攻略しきれば単独パーティでの探索としては快挙の部類よ。切り上げてもいい頃合いでしょう」
「全百階のうちの十階と考えるとたったの一割りですけれど……」
「その一割を復元するのに何日分の魔力が必要か、という話よ。これまでだって氾濫は数回しか起こっていない。ということは、成り行きに任せていても十年単位で安全な可能性が高いということ」
今が何年目で猶予がどのくらいだったか、という話はあるが、意図的にこれだけ戦力を削れば大幅に伸びたはずだ。
ついでに、俺たちの戦闘経験もぐっと増えている。
多種多様な魔物と戦い続けられるこの環境は修行にもなかなか適しているのかも。
「じゃあ、次の十階が正念場ですね」
「本当にね。ここまで来ると
これらに剣だけで対処する術も嫌でも学ぶことになった。
「……隠し部屋にはいったいなにがいるか。想像するだけで怖い」
休憩を重ねながらの行軍とはいえ、次はおそらく十分に死線。
「では、英気を養うためにも豪勢に行きましょう!」
シェリーが努めて明るく言い、俺も「いいですね」と乗る。フレアが「酒も飲んじゃいましょうか」と言うとエマが目を輝かせ、リーシャが「ほどほどにね」と笑いながら嗜める。
穏やかな中に決意を固めて、翌日。
◇ ◇ ◇
十階の一角、通路を塞ぐように現れたのは全身が炎でできた存在。
支配された
支配者の命令を受けて侵入者を攻撃するだけの彼らの姿が俺には痛々しく思える。しかし、いちいち解放してやる意味もない。
精霊の命は儚いし、そもそもおそらく魔力で作り出されただけの存在。助けてもその後、存在を維持してやる手立てを取れない。
『わたしが蹴散らしちゃおうかー?』
「いえ、これくらいならわたしたちがなんとかします」
「そうね。炎が効かないのが難点だけど……っ!」
やることは単純、攻撃を受ける前に近づいて剣を振るだけ。
魔法の武器であれば精霊や非実体型アンデッドにもダメージを与えられる。
剣で斬れるなら精霊だろうと他の魔物と同じだ。
むしろ脆いくらいで、落ち着いて戦えばあっという間だった。
続いて出くわしたのは
「では、今度はわたくしが」
聖なる光を受け動きを抑制されたそいつらを一掃。
「……ふぅ。ま、なんとかなるわね」
「油断しないようにね。この階には確かあいつらが……」
言っていると、通路にとてとてと小さな足音が複数。
現れたのは白い羽毛を持つ小動物だ。
つぶらな赤い瞳は愛らしく、魔物にはとても見えないが、
──ウサギ。
それは、冒険者の間では伝説的に語られる「絶対に油断してはいけない相手」。
ある種のウサギは、文字通り『首を狩る』。
一般のウサギも後ろ蹴りはかなり強い。首刈りウサギのそれはその最上位であり──桁外れの筋力と後ろ足の強度、技の鋭さが生み出すのは、骨ごと人の首を千切る威力。
「《ファイアーボール》」
エマは迷わず範囲火力を繰り出し──「詰めが甘いわ、エマ」。
火力が足りなかったか、生き残った約半数のウサギにウィズの《ファイアーボール》が追い打ちをかけた。
「出し惜しみせず《ブリザード》を使うべきだったわね。余力を残そうとして敵を生き残らせたら逆効果よ」
「……うん、もっと精進する」
どの魔法でどの魔物までなら倒せるか、ってのも経験がないとわかりづらいよな……。
魔法使いだって都度成長していくわけだからいつまでも同じ威力じゃないし、状況や集中具合によっても威力にばらつきは出る。
凄腕と呼ばれて実際凄腕でも、学ぶことは尽きない。
そうして、魔力を小出しにしつつ隠し部屋の入り口に到達して。
「……広いわね」
扉を開ける前の時点で地図に違和感。
妙にスペースが開きすぎているのだ。昇降機はかなり広い部屋だったが、その手前の部屋はこれまでそれほど広くはなかったのに。
まるで、かなり大きな魔物が守護者を務めているかのよう。
「今までは部屋に入るまで石像だったけれど、今回もそうとは限らない。念の為に注意しておきなさい」
「おっけ。……ステラ、もし死んでも蘇生費用は出してあげるから安心しなさい」
「考えてみるとわたし以外がシーフ役はありえませんでしたね」
俺にしか開けられない扉なので必然的に俺が最初に中を確認することになる。
適度な防御魔法をかけてもらったうえで深呼吸し、意を決して開くと──幸い、敵は今回も石像の状態で待ち構えていた。
ただし、デカい。
天井も高く、部屋も明らかに広い。
それはすべて、今回の守護者──九頭の蛇頭を持つ魔物が十分に暴れるためだ。
いや、しかし、これは。
「──ヒドラ」
これも竜と見做されることは少なく、殺した者がドラゴンスレイヤーと呼ばれることはないものの、場合によってはドラゴン以上に恐れられる。
水場じゃないのが救いか。
ヒドラは水棲。水中に逃げられると攻撃が届かなくなる。
ただ、
「九本の首のうち、正解は一本だけ──なんでしたっけ」
「そう。そして、正解以外の首を落とすと倍になって再生する」
「それから、正解の首は不死身。殺せるのは最後の一本にした時だけ」
馬鹿なのか、と言いたくなるような盛りっぷり。
ヒドラは「再生する魔物」の最上級。
巨人と力比べできそうな巨体に個別の知能を持つ九本の頭、無限に等しい生命力は、解法を知らなければドラゴンスレイヤーでもどうしようもない。
そんな敵を前に、ウィズは。
「いいじゃない。要は死ぬまで殺せばいいんでしょう?」
そう言って不敵に笑ってみせた。
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